第35章 閑話その三
書店へ行った時、偶然、高校時代の友人と会った。友人も一人だったし、久しぶりなので、ゆっくり話をしようということになり、そばの喫茶店に入った。
話題は互いの仕事のことや家族のことが中心だった。
正夫はあまり高校時代の友達とは接触がなかったが、その友人は交際範囲が広く、情報通で他の同級生の近況もよく知っていた。
県下でトップの高校だったので、社会的に成功している同級生が多くいた。大企業のお偉いさんや裁判官や国立研究所の所長になっているやつもいた。
そんな話を正夫は気乗りなく聞いていたが、友人はふと思い出したように、
「そうそう。お前、Tを知っているよな?」
「ああ、高校の先生をしていたけれど、辞めて学習塾をしている奴だろう。なかなか繁盛しているっていう噂は聞いたことがあるけれど」
「そう。そのTだが。女が出来て、女と逃げたという話は聞いたことがあるか?」
「いや、初耳だ。一体いつの話だい?」
「三年前ぐらいじゃなかったかな。あいつの塾は半期の授業料を前納するらしいが、その金を全部持って、水商売のお姉ちゃんと北海道に逃げたらしい」
三年前というと、もう五十半ば過ぎのことになる。思い切ったことをするな、と正夫は驚いた。
「あいつ、子どもはいたよな。残された奥さんやお子さんは大変だっただろう?」
「ああ、息子さんは塾の仕事を手伝っていたらしいが、生徒の保護者から訴訟を起こすという話も持ち上がって、大変だったようだ。その後はどうなったかはよく知らないけれど。とにかく馬鹿な話だ」
友人は嘲笑した。
「そうだな」
正夫は曖昧に笑った。
つい半年前にその話を聞いたら、自分もきっと友人と同じように嘲っていたことだろう。若い女に狂い、身を滅ぼすなど愚かなことだ。しかし、今の自分には他人を笑える資格はない。
正夫は別のことを言った。
「高校の時の同級生の男子は何人ぐらいたっけ?今と違って人数が多かったからなあ。11クラスだったっけ?」
「そうだな。11クラスあって、1クラス40名で、男子の方が多かったから、三百人ぐらいいたのじゃないか。それがどうしたんだ?」
「いや、特に意味はないけれど……」




