第14章
東京駅に向かうJRの車窓から夜の街を眺めながら、正夫は花蓮に会いに行こうか行くまいか迷っていた。
正夫は出張で東京に来ていた。
部下に任せてもいい仕事だったが、志願して自分が行くことにしたのは再び花蓮と会いたいという思いからだった。
しかし、実際に東京に来て、仕事も片付き、いざ会いに行く段になると逡巡した。
疚しさもあった。が、それよりも落ちてゆくのではないかという恐れの方が強かった。
歳を取ってから遊びを覚えると抜け出せず身を滅ぼすという話をよく聞く。昔読んだ時代小説の内容が頭を掠める。
そんな恐れと彼女に会いたいという想いが交錯し、せめぎ合う。
何度も迷った末に気持ちを固めさせたのは、今東京にいるという事実であった。
しばらく東京に来ることはない。今日、花蓮に会わなければ、いつまた会えるかわからない。そう思うと堪らなくなり、もう一度だけだと自分に言い聞かせて途中の駅で電車を乗り換えた。
店に入ると、芸人に似た店員が先日と同じように聞いてきた。
「ご指名はございますか?」
「花蓮さんをお願いします」
店員は困ったような顔になった。
「お客様、残念です。申し訳ありません。花蓮さんは先程帰ったばかりです」
正夫は落胆のあまり、声も出なかった。
「他にも若くていい子が一杯いますよ。この子など昨日入ったばかりの新人で、きっと気に入ると思いますが」
一人の子の写真を指差しながら言った。
「いや、いい。今日は帰る。また出直してくるよ」
「花蓮さんは早出なので、月曜から金曜の10時から18時までしか出勤しないのです」
店員は申し訳なさそうに言った。
愕然とし、目の前が暗くなるのを感じた。平日の昼間には絶対に来ることは出来ない。
「勤め人の方は来られない時間ですよね」
店員は正夫の気持ちを察したのか気の毒そうに言った。
「あ、ちょっと待ってください」
店員はふと思いついたように、ガラス窓の向こうのパソコンの前に座っている若い男に何か尋ねた。それから頷くと、正夫の方を向いて笑顔で言った。
「お客様、ちょうどよかったです。花蓮さんは月末に出勤することがあるのですが、ちょうど今月は月末の土曜日に出る予定です。出勤が確定しましたら、ホームページのスケジュールに載せますので、そちらの方で御確認されてください」
正夫は店を出た。さっきまでの昂っていた気持ちが嘘のように冷えてしまっていた。
俺は馬鹿だ。彼女はただ仕事で相手してくれただけだ。
あの時だって、声は一度も出さなかった。彼女の身体は全く反応していなかった。全く濡れていなかった。あの時、最後に唇を合わせようとした時、彼女は歯を閉じて舌が入るのを拒んだ。
彼女にとって、俺はただの客で、それもどちらかと言えばいやな客だったに違いない。それなのにこんなにのぼせ上がるとは。愚かで滑稽なピエロだ。
諦めに似た乾いた気持ちがまた心に広がっていた。




