第6章 秘密の愚痴会
11月中頃、もみじの紅葉が進み、お城周辺は観光客が増えている。最近は仕事も落ち着き始めて、丸川係長も文句を言わなくなってきた。
(やれやれ、新映像チームは結局、増員しなくても何とかなったな。残業時間が多いのが気になるけど、俺が手伝いに行けば、皆も交代で代休が取れるだろう。もう、忘年会の予約も済んだし、年末まではあっと言う間だろうな。小原ともあと少し、ここ2ヶ月ほどで急に仲良くなった気がするけど、変に踏み込んでセクハラにならないように、絶対に気をつけよう)
社長室で、業務報告を行う博之は、ソファに座りパソコンを操作しながら、社長の話を聞いていた。
「・・・それから丸川係長だが、何を考えとるんだかこの前、給料もっと上げてくれとか言ってきよったぞ」
「社長に直接ですか?」
「なんか、家を建てたとこで、奥さんが妊娠してるから、もっと金が要るそうだ。それに奥さんの母親が癌の治療中だとか」
「お義母さんが。・・・そうだったんですか。仕事に身が入ってないと思ってましたが。子供も5人目ですよ」
「そんなに居るんか?」
「ええ。人生設計とかあるんでしょうかね」
「それじゃ、家計厳しいだろうな。もっと仕事を振って、残業代稼がせてやれ」
「振ってるんですけど・・・・・・」
「社長、忘年会は12月8日のボーナス支給日になるんですが、出席していただけますか?」
「ああ、そうか。お邪魔じゃなければ、行かせてもらうぞ」
「9月以降は、皆本当にガンバッてますので、パートさん達にも何か報奨金のようなものを出そうかと思うんですが」
「いいじゃないか。やりなさい。忘年会で全員に何か渡したらどうだね」
「そうですね。それで考えていたんですが、社員には一万円、それと派遣とパート、アルバイトにも一律で五千円の商品券をプレゼントするのはどうでしょう」
「それじゃ現金を渡すのと変わらんな。税金で控除されるぞ。社名入りのボールペンなんかどうだ?」
「それもらっても喜ぶ人いないですよ」
「それは寂しいこと言うね」
「記念品でも利用価値の高いものならいいですが、気に入らなければ批判の対象になるだけですので」
「ますます寂しいね」
「同じ経費をかけるなら、喜んでもらえる物のほうがいいと思うんで、商品券ではと思ったんですが」
「じゃテレフォンカードみたいに、社名を印刷できるやつにしたらどうだ?」
「一応、QUOカードというのは、そんな印刷ができるんですが、額面金額にプラス手数料もかかりますので、結局はもったいないなと思いまして」
「じゃ、普通のデパート共通券とかしか、仕方ないわけか」
「はい。それが結論です。でも、そんな額の商品券でも、結局は税金必要ですよね」
「ふむ、最近は税務署がうるさいからな。一人ひとり計算すればいいじゃないか。西山さんにやってもらおう」
「はい。解かりました」
忘年会の予約を入れたのは丸川係長である。仕事はゆっくりだが、こんなことには行動が早い。博之が頼む前から、勝手に宴会場を探してくれていた。しかし、博之はと言うと、(小原の送別会を兼ねるには、少し時期が早いな。来年もう一度、新年会でやるのは変かな)などと気を使って考えるのだった。
その晩も小原とのミーティング(愚痴会)を開催した。でもこの日はいつもの仕事上の愚痴ではない。
「愛音さんが、別れそうなんですか?」
「いやあ、本人がそう言ってるわけじゃないけど、俺はそういう気がするんだよ。結納する家族が居ないって言われたことが、相当ショックだったみたい」
「それはキツイこと言いますね。それ絶対わざとですよ」
「たまたま言葉の綾かも知れないけど、本人は傷つくよな」
愛音本人だけじゃない、本当は博之もかなり腹が立っていた。
「確か34歳ですよね。別れて、急いで他の人探すべきですね」
「そんなに簡単にいかないよ。あいつは結構奥手だと思うし。小原はそういう行動早いかも知れないけど」
「私は身持ち固いですよ」
「ほお。結構経験してそうだよ。してないって言っても正直信じない」
博之もすぐに次の行動に移すほうだった。結婚を機に落ち着いたとは言え、女性に手を出さないまでも、歯に衣着せぬ話し方で、相手の秘密をどんどん引き出していくのがうまかった。
「木田さんも、そっちは得意ですか?」
「そっちってなんだよ」
「そちらこそ、そういう行動って何のことですか?」
博之は少し可笑しくなって、にやけ顔で話し始めた。
「通ってた大学の職員さんの話、前にしたことあっただろ」
「ええ、いろいろな面でお世話になったって方ですよね」
小原も不敵な笑みを浮かべた。
「俺ね、大学の頃、その女性に弄ばれてたんだよ。大分年上の人で、俺は好きとか付き合いたいとかじゃなくって、刺激的だったから近寄ってたんだ」
「肉体関係とかは?」
「その人とはなかったよ。でも、結構俺のこと可愛がってくれて、しょっちゅう奢ってもらってたから離れられなくって、そのうちに、その人のすごい秘密とか教えてくれるようになってきて、その頃、可愛い女は皆ずるいなって知ったんだ」
「ああ。意味がなんとなく解かります」
「お前もそんな感じに見える」
「ずるい女にですか?」
「ずるいって言うのは聞こえ悪いけど、そういうことしてる女の人から話を聞くと、すごく酒がおいしくなるし、逆に秘密の多い女って可愛いなと思ったり」
「私は木田さんの秘密のほうが、凄そうに思いますよ」
「秘密なんかないよ」
「奥さんに内緒にしてることとかって、ありますよね?」
「うん、言ってないだけで、秘密ってわけじゃないんだ」
「それを秘密って言うんですけど」
「そうかな? バレないように気をつけてるだけで、もしバレても開き直れば、大体何話しても平気だな。俺がこんなだから、女房が男友達と飲みに行ってても、あまり気にならないから、お互い秘密にする必要がほとんどないよ」
「そんなだと気が楽でいいですよね」
「ん? と言うことは、小原にもやっぱり言いにくいことがあるってことでしょ?」
「・・・う、そうですね。旦那に言えないことあります。でも、ヤバイことじゃないですよ。いちいち打ち明けてたら、面倒かなとか思うくらいで」
うまく博之のペースに引き込み始めた。
「な、言ってないだけだろ? 例えばどんなこと?」
「それは言えないですよ」
「二股かけてたことがあるとか」
「そういうわけじゃないです」
「嘘だろ。お前くらい可愛いかったら、二股の一回や二回はあるはずだ(笑)」
「そんなことないですって(笑)」
「誰に聞いても、可愛い女の人は『実は二股だったんですよね~』って言うよ」
「えー? どんな会話したらそうなるんですか?」
「俺もその大学職員さんに恋愛相談したら、『バレないように、二人と付き合っちゃえ!』てアドバイスくれるから、『女の人もそういうもんなんだ』って、なってしまって。でも、その状態をずーっと引っ張っていくわけでもなかったんだけど」
「乗り替えるってことですか?」
「そう。恋愛って、その相手のことを好きで好きで堪らなくなってから『付き合ってください』て告白して、『よろしくお願いします』ってなる?」
「そんな型にハマッてはないかな」
「だろ。それじゃ、中学生じゃないか」
「確かに」
「今付き合ってる人はいるけど、他に気になる人ができて。タイミングが合ったら一緒に遊びに行ったりして。仲良くなれたと思ってるうちに体を許してしまって。それから付き合おうと真剣に考えるでしょ」
「ありがちですね」
少し身を縮めて答える小原。
「その時にふと振り向くと彼氏がいて、『こいつもう邪魔だな』って考えるわけじゃないか」
大げさに身振りを交えて話す博之に、小原が苦笑いを始めた。
「その二人との交際が重なってる間が、多少長くなったりするだけでも二股だよね。そういうことは誰もが経験しうるはずなのに、それは秘密にしてるだろ」
「えへへ。正直なところその通りです」
博之は笑いながら頷いた。
「な。でも世の中の男女は、完全にそういうことは隠して、表面上は清廉潔白で接してる。それは夫婦になっても同じだよ」
「過去は、知られてない前提ですからね。でも新しいもの求めちゃいますよね」
「俺もそんなことばっかりだったよ。だから常に、女性に奢るとか、プレゼントを贈るとか、ほんのささやかなお土産とかでも、その裏には物凄い下心があるって、当たり前だと思うんだよ」
「普段、そこまで意識して受け取ってないですけど」
「でも、そんなことを意識して欲しいと願う男もいるってことだよ」
「私に言ってます?」
「え? 違う違う、口説いてるんじゃないよ。危ない危ない」
「なんか、そうなのかと不審に思いました」
「ごめんごめん。一般論だよ。刺激を求めるって話。愛音のことを考えながら話してたんだ。あいつら結婚しようってのに、男のほうがそういうことに無頓着で、二人に刺激がなくなってしまってるんだと思うんだ」
「愛音さんも奥手なんだったら、あんまりそういう恋愛経験少ないのかも」
「あいつ子供の時から、ピアノしか知らないみたいだから」
「きっぱりと割り切れなくって、ズルズルしちゃうんですね。よし! 別れさせましょう!」
「そう簡単に言うな」
「木田さん。本当は別れて欲しいんですね」
(え? 俺はそんなこと願ってるのかも)突然それに気づいた博之は、一瞬止まってしまった。
「やっぱり、愛音さんのこと好きなんですか?」




