第30章 爆弾
新・新映像チームの岩瀬が、資料を抱えて事務所に戻ってきた。パートの女性がそれを受け取って、自分のノートで何やら確認している。藤尾もそこにやって来て、資料に目を通して、
「やっぱり間違ってるな」
その一言を聞いて、博之は岩瀬のデスクに近寄った。
「どうした?」
「年末のセミナーのV(動画)なんですけど、ミスってますね」
「もう発送済みだよな」
「年末に丸川係長が編集してたやつです。構成の順序がコンテと全然違うんです。時系列にも合ってません」
「なんで間違ってるんだろ」
「分からないです。納品先から問い合わせがあって、今知ったばかりです」
皆有り得ないミスに困惑している。博之は責任者の藤尾に任せて、黙って聞いていた。
「編集完了後のWチェックは誰がやった?」
藤尾が訊いたが、誰も名乗り出ない。
「まさかと思うけど、Wチェックやってないのか?」
博之は我慢できず口を出した。
「チェックリストが、ありません」
パート女性が資料を確認しながら言った。
「ないはずないだろ。必ず小原主任がプリントしてくれるのに」
藤尾が眉間にしわを寄せて言った。
博之は内線電話で小原主任を呼び出した。小原はすぐに走ってきた。
「小原さん、年末のセミナーのVのチェックリストって出した?」
「年末のセミナーは木田部長が手伝われたやつですか?」
「いや、違う。丸川係長が担当してたほう」
「それなら、12月初めには丸川さんが受け取られましたけど、ないんですか?」
「ああ、君が渡したの?」
「いいえ、プリントしたのは私じゃなく、引継ぎの練習に部下にさせました」
「あ、それで間違った内容を渡したのかな?」
「いいえ、それは有り得ません。内容は私がちゃんと確認しましたので」
「小原さん、内容まで確認してくれてるんですか?」
藤尾が驚いて訊いた。
「もちろんよ」
「じゃ、その時も部下にリストを出させて、内容に問題なかったんだね」
「絶対に大丈夫です」
その後小原は部下に、そのリストを確実に丸川係長に渡したか確認したが問題はなかった。
(なんだよ。丸川のやつ、退職間際でいい加減な仕事したんじゃないだろうな)博之は信用できない彼を疑ったが、その場にいた全員がそう考えていたに違いない。
博之は一応、他の案件の資料に紛れてないか探してみたが、最終チェックリストはどこからも出てこず、それどころか、その他の資料もところどころ抜けがあったり、白紙のチェックリストのままのものもあったり、目を疑う状況だった。
「こんな資料で今までどうやって、V編集や作業報告書の入力をやってたんだ?」
この質問には誰も返答できなかった。
「何かおかしいなとか、こんなのじゃまずいなって思ってただろ」
「すみません。いつかこんなことになるだろうと薄々は感じてました」
と藤尾が申しわけなさそうに言った。
「逆にこんな状況で、よく乗り切ってこられたな。丸川係長が自分で管理してるから、ボロ出さないできただけか」
「係長がいなくなったら、誤魔化してた部分が私らには分からないから、手の打ちようが無いわ」
パートの女性がそう言うと、岩瀬が、
「こんなことが続かないように、藤尾さんが改善しようとしてくれてるんだ」
「よし! 悩んでても仕方ない。そのVは、まだパイロット版だろ。すぐに修正して交換しよう」
「はい!」
「それと、今日からの作業日報には、修正とかやり直しとか無駄な作業が発生したら、その欄は黄色にしておいてくれ。無駄な工数を“見える化”して、ちょっとでも減らせるように意識していこう」
「はい!」
その後、有給消化中の丸川に電話しても、本人は出なかった。
丸川係長退職日の1月20日になっても、本人とは連絡が取れず、IDカードや貸与品は郵送で返却されてきた。
(最後の最後に爆弾を残していきやがったな。それが分かってたから、有給消化して逃げたのか)と博之は思ったが、事務所で怒った表情をしてしまい、小原から、
「殺人犯みたいな顔になってますよ(笑)」
と注意された。
1月20日は、秋日子の合格発表の日だった。博之はこの日も休日出勤はせずともよかった。
家族3人で自宅を出て、発表の午前10時に間に合うように会場へ車で急いだが、この日も周辺駐車場に空きはなく、時間より少し遅れて県立中学に到着した。その途中では、すでに合否結果を確認した生徒や父兄が、前から歩いてきた。
嬉しそうに話す子。
電話で結果報告しながら歩く子。
半べそをかいた子。
いろんな表情をした子達とすれ違うと、秋日子もさすがに言葉少なになってきて、笑顔もなくなっていった。博之は涼しい表情をしていたが、それは無理に作った表情で、自分が子供の頃体験した何とも言えない不安感を、思い出さずにはいられない状態だった。
「どんな結果でも、大丈夫だから、心配しなくていいからね」
知子は、優しく声をかけたが、博之は、
「落ちてたら、今から私立も受験したらいいぞ(笑)」
「落ちるとか、言わないでよ」
「あれあれ? 自信たっぷりだったんじゃないのか?」
「あなた! そうだったんだけど、昨日学校のホームページに試験問題が掲載されて、それで確認してたら、算数でとんでもない勘違いをしたみたいで、昨日から落ち込んでるのよ」
「そうだったのか。何点ぐらい落としたんだ?」
「配点は発表されてないから分からない」
「きっと大丈夫だよ」
「でも大っきな問題の一つ目だったから、その後も間違ってて・・・」
「お前は内申点がいいから、大丈夫だと思うけどな」
校門を入り、合格番号が貼り出された看板が遠くに見えた。大勢がその周りを取り囲んでいる。秋日子の足取りが速くなったり、遅くなったりした。完全に動揺しているのが分かる。博之は秋日子なら絶対に受かると思っていたが、この直前に爆弾を抱えていると知って、不安も大きくなってきた。
競争率11倍、県下一の公立進学校。中高一貫教育で、東大、京大への進学者も多い。3人は急ぎ足で受験番号が掲示されている看板に近づいた。博之は3人の中では一番視力がいいので、遠くからでも歩きながら貼り出された受験番号を探した。しかし、娘の番号を見つけることができなかった。
「秋日子ちゃん、どうでした?」
小原が朝一番に訊いてきた。事務所の皆も博之を注視している。
~~~~~~ 合格発表で ~~~~~~
「あった!」
一番に叫んだのは、当人の秋日子だった。
「どこどこ?」
「真ん中の下のほう、103!」
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「・・・・・・無事合格したよ」
「おめでとうございます」
皆口々に言って、拍手が起こった。
「ありがとう。公立でよかったよ。私立に行くことになったら、年間70万も授業料が高く付くから」
「そんなに違うんですか? じゃ、ご褒美いっぱい買ってあげてください」
「そうなんだ。その足ですぐ、娘のスマホを買いにいったよ。それと絵を描くのが好きだから、パソコン用のペンタブレットと、スマホ用のVRセット。合計で12万ぐらいかかる」
「70万に比べれば安いもんじゃないですか」
「実際そうだよ。70万浮いたと思ったら、気が大きくなっちゃって、女房にもまた、ダイヤのペンダント約束してしまった。夏にはシンガポールとバリ島にも行こうとしてる」
「無茶苦茶リッチですね。部長は何買うんですか?」
岩瀬が訊いた。
「僕? あ、金魚10匹買ってもらうことになった」
「あはははははは・・・・・・」




