第28章 受験本番
「さあ、本番。秋日子、忘れ物はない?」
「ない。ちゃんと確かめた」
この日は、愛音が試験会場まで、車で送ってくれる段取りになってる。3人は玄関を出ると、愛音がドアに鍵をかけながら、同時にキーケース内のリモコンキーで、車のドアロックを解除した。
「雪降ってるから、早くお姉ちゃんの車に乗って」
秋日子は愛音の車に近づき、
「前に乗っていい?」
と訊いた。
「うん。いいよ。ベルトちゃんと締めてね」
「うわー。お姉ちゃんの車の中、カワイー! いい匂いがする」
ちょっと少女趣味寄りだが、博之の家庭ではお目にかかれない、女子力高めのセンスだ。
3人を乗せ、雪の降る中、ご機嫌で車は走り出した。
「あきちゃん、全然緊張してないね」
「うん。自信あるもん」
「県中(県立中学)って言っても、偏差値は県内1位の進学校でしょ」
「そうだよ。だから行きたいんだよ」
「すごい。お姉ちゃんはピアノしかしてなかったから、アホだったよ」
「あきも結構アホなとこあるじゃない。カワイー制服目当てでしょ」
知子が秋日子に、言い聞かすように言うと、
「今日は、“かしこ”で行きます」
「ホントに頼むわよ。受験票持ってる?」
「持ってる」
「消しゴム2個持ってる?」
愛音も訊いた。
「4個持ってきた」
「えっ、4個も」
「鉛筆は?」
「8本削ってある」
「定規とかって要るの?」
「それは持ち込んじゃダメなやつ」
「そうなの? 計算機とかだったら分かるけど」
「スマホもだめだよ」
「それは、当たり前でしょう。時計は?」
愛音がそう訊くと、知子が後部座席から身を乗り出して、
「あき、腕時計はしてる?」
「カバンに入れてる」
「もう、腕にしときなさい。お腹は大丈夫? アンパンもう1個食べとく?」
「いらない」
秋日子がリュックのファスナーを開けて、内ポケットから白いデジタル時計を取り出した。
「あれ?・・・」
「どうしたの?」
車内に不穏な空気が流れた。
「電池切れてる。点いてない」
「えっ! なんで? 昨日確認しなかったの?」
「見てなかった」
「それこそアホじゃない」
「まだ、電気屋さん開いてないですよね」
「電池だったら、コンビニで買えるから」
「交換できますか?」
「・・・・・・」
「どうしよう」
秋日子が不安な表情になった。
「大丈夫よ。お姉ちゃんがしてる時計貸してあげる」
愛音は赤信号で停車したタイミングで、左腕の薄ピンクの腕時計を外した。それを秋日子に渡して、
「針小さいけど、読み取れる?」
秋日子は文字盤をしっかりと見て、
「うん、大丈夫」
「腕にはめてみて。サイズはいい?」
秋日子は金属のベルトに腕を通して、ホックをスナップオンしてみると、
「ちょっとごそごそ(笑)」
「あ、でもそれくらいだったら見た目も大丈夫よ。愛ちゃんにお礼言いなさい」
「お姉ちゃんありがとう」
「いいのよ、お姉ちゃんも、あきちゃんの助けになれて嬉しいわ」
PPPPPPPPPPPPP・・・・・・
「あ、パパからよ。出る?」
知子はスマホを見て秋日子に言った。
「うん。・・・もしもし?」
[あ。あき? ママは?]
「一緒に車に乗ってる」
[愛ちゃんの?]
「そう」
[送ってもらってんの?]
「うん」
[パパな。そっち向かってんだけどね。雪で渋滞してて間に合わんわ]
「・・・うん。・・・それで?」
[えーと、試験開始前に顔見ときたかったんだけど、無理だ]
「別にいいよ」
[なんで? 『がんばれ!』って言いたいじゃないか]
「がんばらなくっても大丈夫だから」
[なんだよ。あっさりしてやんな。じゃ、落ち着いてやれ]
「ははは、緊張もしてないよ」
[じゃ、合格してこい]
「プレッシャー感じたら、すべるかもよ」
[どっちやねん]
この日拓君は、実家で両親を前にして、ダイニングテーブルに着いて朝食を摂っていた。突然帰宅したことについては、まだ何の説明もしてないのだった。
「どうしたの拓ちゃん、愛ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「まあ」
「正月も帰ってこなかったのに、何があったのよ」
「別になんでもないよ」
「親戚回りもしなくちゃいけなかったのに、困るじゃない」
「ああ。ごめん」
「結婚式の予定はまだ決まらないの? それに木田さんとかいう人にも、会わないといけないんでしょ?」
「別に会わなくてもいいよ。母さんが会わせろって言い出したんじゃないか」
「こういうことは、きっちりしないといけないでしょう」
「そうだな。愛音さんはしっかりしてる人だから、お前が話をこじらせてるんじゃないのか?」
寡黙な父親も心配しているようだ。
「・・・・・・」
「お母さん、明日にでも愛ちゃんに会いに行こうか?」
「いいって、そんなことやめてよ」
「拓、あの車だって、いつまでも路駐しとくわけにはいかないだろう」
「ガレージ探すよ」
「・・・拓ちゃん、それじゃ・・・・・・」
「ううーん。もういいから。だまってて!」




