第26章 結果に向けて
成人の日を挟んで翌週の出勤日。博之はまず、小原に声をかけた。
「どうだった?」
「もう、一旦落ち着きました」
「なんか話し合いでもしたの?」
「ええ、でももうなんか、喉元過ぎたみたいに言うんです」
とても悩みながら、うつむいてゆっくりと話す小原。
「反省してないって感じで?」
慎重に質問する博之。
「反省してるっちゃ、してるふうですけど。なんかこう私、納得いかないって言うか」
「そりゃ小原は浮気された側だから、納得いくはずないだろ。もういいの?」
「いやですけど、事実は変えられませんから」
博之はあっさりしている小原を見て意外に思った。(自分を裏切るようなことされて、もっと怒ると思ってたのに。悲しんでるだけなのか。いつも旦那のこと悪く言う割には、愛してるんだな)
「じゃ、後は時間が経てば仲直りってわけか」
「そうじゃないですよ。病気なのかハッキリさせてもらわないと」
思い出したように顔を上げて、急に早口で話す小原。
「そりゃそうだな。検査しに行かせたの?」
びっくりして、露骨な質問をしてしまう博之。
「まだ行ってくれないんですよ。舌のデキモノ痛がってるのに」
「ええ? なんで?」
「さあ。私はすぐに行きました」
「・・・ああ、そうか、移ってるかもしれないしな」
小原はようやく、博之の顔をじっと見て話し始めた。
「ああいう病院の先生って、冷めてるんですよ。クリスマス頃に旦那が風俗行ったって言ったら、『最近は、でしょ』って言われたんですよ」
「あ、そういう感じか。もう聞き飽きてるんじゃない?」
「そんなに頻繁に行きますか?」
「行く人はしょっちゅう行くんじゃない?」
「旦那はそうじゃないと思うんですけど、何でイヴに行ったんですかね。次の日によくクリスマスケーキ買いに行けましたよね。私喜んで損した」
「クリスマス割引があったとか」
「ケーキがですか?」
「いや、風俗のこと」
「そうなんですか? そんなのあるんですか?」
「俺は知らないけど」
「そうだとしたら、行き慣れてますよね」
「俺は知らないけどね」
「特別サービスとかあるんですかね」
「俺は知らないって」
「あかん。また腹立ってきた」
「ごめん。俺、勝手な想像で言っただけだよ」
「私も浮気してやろうか」
(誰と?)ちょっと期待でドキドキ。
「バカ言わないで」
「結婚してなかったら、もう絶対遊びに行ってたのに」
(どこへだ?)
「そんなことより、納得いくまで、ちゃんと話し合ったほうがいいよ」
「クリスマスプレゼントもまだですから。高いの要求してやろうと思います」
「指輪とかペンダントとか100万くらいの?」
「でも、それやっちゃうと、自分の首絞めるようなもんですよ」
「なんで?」
「結局は生活費ですから」
「あーあ、それじゃ反省させられないじゃないか」
「反省文を一筆書かせてやります」
(そんなの何の効果もないだろうに)
それから数日間、小原は大人しくなった。博之に相談したり、いつもの無駄話さえしに来なくなってしまった。それはそれで、博之は新・新映像チームの作業に入りやすく、仕事はスムーズになったが。
「木田部長、もう俺たちだけでも、十分やっていけると思います」
「そうか。よかった。意外に早くできるようになったな」
「部長に作業の順序と手分けを、ハッキリしてもらったからですよ」
「いーやいや、藤尾君と岩瀬君がしっかりしてるからだよ」
「丸川係長がいなくなって、自分らの好きにできるから、やり甲斐もありますし」
「そうだな。自分の思うようにやって利益を上げれば、それは自分に返ってくるから」
「後は慣れて、残業時間が減れば、利益倍増ですね」
「倍は言いすぎだ。はははは」
(彼らの言う通りだ。真面目な仕事をする者が自由な発想で行動して、結果が付いてくれば、それほどすばらしいことは外にない)
秋日子の受験も結果が報われるといいと、心から願う博之だった。そして、ついに受験の日を翌日に控えていた。
「部長、何言ってるんですか。明日は一緒に行ってあげてくださいよ」
金曜日の午後、皆で会議室で作業成果のレヴューをしている最中に、翌日の出勤予定の話になり、博之も出勤するつもりで話していたが、新・新映像チームは、博之に娘の受験を優先するように言った。
「でも、忙しいし、昼からでもきるよ」
「そんな必要ないですって、僕らだけでもがんばれば、もう十分できますから」
最近はりきっている岩瀬が、力強く言った。
「私も出勤してもいいですよ」
パートさんまでも、その意見を後押ししてくると、
「そうか? 皆と作業するのも楽しいし、気にしてくれなくてもいいんだけど、なんか申しわけないな」
「部長は休日出勤しても、給料出ないですよね」
「ああ。そうだけど」
「え!? そうなんですか? じゃ、尚更休んでください」
(このパートさん、ありがたい)
「あき。忘れ物はない? そろそろ行くわよ」
「大丈夫。全部持った」
「腕時計置きっぱなしよ」
「かばんに入れてる」
「え? じゃこれは?」
「それ、針だから見難いし、デジタルのやつ持った」
受験前日の午後、知子は秋日子を連れて家を出るところだった。電車の時間を気にして慌てている。
翌日は雪の予報で、朝から交通が乱れる可能性があったので、試験会場近くの愛音宅に宿泊することになっていた。博之だけは、仕事で遅くなるので、翌朝の雪道を試験会場まで駆けつける予定だ。
正月明けにも塾通いのために、二人は愛音の家に宿泊していたが、今回も愛音は快く引き受けた。ただ一人の厄介者“元”婚約者の拓君は、もうその家にはいなかった。受験前の秋日子のために、拓君には出ていくよう強く言って、ようやく出ていってくれたのは一昨日のことだ。




