第25章 受験直前講座
「あきちゃん。遠慮しないでね」
秋日子が受験直前講座の1日目を終えて、愛音の自宅にやって来た。
「お邪魔します。よろしくお願いします」
今日から3泊して、この家から塾に通うのだ。知子も一緒に宿泊させてもらうことになっている。愛音は二人を玄関から直接階段に上げて、2階の部屋へ案内した。
「ここが私の部屋で、この隣の部屋を使ってください」
愛音が木の引き戸を開けると、中は畳敷きの洋間だった。
「ありがとう。愛ちゃん、きれいに掃除しておいてくれてるよね」
知子が秋日子に言った。
「うん。この机使ってもいい?」
「いいよ。引き出しにいっぱい何か入ってるけど、私のお母さんのだから」
「ああ、お母さんの部屋だったの。主人が見たがるわね」
「ええ? そうですか?」
「なんでパパが見たがるの?」
秋日子は不思議そうに訊いた。
荷物を置いた後、3人は1階の居間に降りて、夕食の相談をした。
「一応、食材はあるんだけど、何か買ってきましょうか?」
愛音は申しわけなさそうに言った。
「どれどれ、うん、十分あるから何か作るわ」
冷蔵庫を覗き込んで知子が言った。知子は料理が得意なので、夕食を作ることで、泊めてもらうお礼をしようと考えていた。
「拓君の分はどうする?」
「あいつ、買ってきたもの勝手に食べてるから、放っといていいですよ」
「いつまでいる気なの?」
「車を修理に出したから、それが直ったら、すぐに出ていってくれるはずです」
「それでやっと別れられるの?」
「もーう、やっとです!」
そばにいた秋日子が、目を丸くして、
「え? お姉ちゃん、別れるの?」
大人二人は当たり前のように話していたが、この子はまだ、状況をよく知らされていなかったのだ。すぐに返事をしない愛音にもう一度、
「マジなの? え? 結婚しないの? マジで?」
そして少し悲しそうに、
「お姉ちゃんの赤ちゃん、楽しみにしてたのに」
「大丈夫! 赤ちゃんは産むから」
「もう、あきったら、お姉ちゃんにもいろいろあるのよ。変なこと言わないで」
「ふぁーい」
「あきちゃん。お姉ちゃんね。とっても不幸な女なの!(笑)」
と言って秋日子を抱きしめた。
知子は愛音と台所で並んで料理した。そこは古い台所で、お祖母さんのサイズに合わせてあったのだろうか、すべての台が低く、鍋がアルミ鍋ばかりだったり、目の前の壁に給湯器が付いていたりと、知子の自宅のキッチンとは使い勝手がかなり違った。しかも、水道には浄水器も付いていない。
「お水は水道水を飲んでいるの?」
「ええ。ミネラルウォーターのほうがいいですかね」
「まあ、水道で大丈夫だけど、ご飯炊いた時の味変わるでしょ」
「そんなにいい舌持ってないですよ」
知子は手際よく、有り物で5品ほどを、30分で料理した。
盛り付けを始めたころ、ガレージに車のエンジン音がするのが聞こえると、愛音は台所の勝手口から、外に出ていった。拓君を迎えに行ったのではない。お客が二人来ていることを、念押しに行っただけである。暫くして、勝手口から愛音が戻ってくると、玄関から拓君が入ってきたが、居間には顔を出さずに自分の寝室へと消えていった。
「車は愛ちゃんの貸してるのよね。修理した車はどうするの?」
知子は料理を皿に盛り付けながら、台所に戻ってきた愛音に訊いた。愛音は秋日子が拭いたテーブルに、箸と湯飲みを並べながら笑って答えた。
「あいつに買い取ってもらいたいんですけど。ぶつけられたし、責任取って」
「そうよね。いくらで買い取ってもらうの?」
「180万です」
「それで妥当なの?」
「買った時はもうちょっと出したんですけど、もう事故車だし、今更下取りに出しても、そんな金額にはならないらしくって」
「ふうん。もったいないね。拓君にはどうやって払ってもらうの?」
「一括は無理なんで、3万円ずつ60回でって、話してるんですけど」
「それじゃ5年かかるわね」
「最後まで払ってくれるか心配で」
「無理じゃない? 貯金もない人なんでしょ?」
「一筆書いてもらうつもりですけど、絶対に逃げますよね。あの車だって5年も乗ると思えないし」
「お金借りてもらって、一括で返してもらったら?」
「それも考えたんですけど、利息付くと可哀想じゃないですか」
「優しいわね。5年間の利息分は値引きしてあげるとか」
「でも、年収の3分の1以内しか、キャッシングできないみたいで、到底足りません」
「じゃ、本当に地道に返してくれればいいんだけどね」
知子は眉間にしわを寄せて言った。
「多少損しても、最悪、下取りに出してしまおうかとも思うんですけどね」
「そのほうが結果的には良かったってことに、なるかもしれないわね」
「でも拓君の前の車を下取りに出して買ってるから、その30万もあいつに返さなきゃならなくなるから、腹立ちます」
「修理代はどうしたの?」
「私の保険で直しました。剥がれたガレージの柱はそのままです」
「その30万返す必要ないじゃない。話がこじれたら博之さんに任せたらいいわよ。あの人殴るかもしれないけど(笑)」
「はあ。考えると頭痛くなっちゃいます」
愛音は、黙って聞いていた秋日子を見て、
「ごめんね。ムズカシイ話して」
「ううん、大丈夫。でもお腹すいた」
「そうね。早く食べよう」
テーブルに並べられた料理を改めて見た愛音は、
「すごーい。短時間でこんな豪華な夕食が」
「え? いつもはもっと種類あるよ」
「本当に? 私じゃ作れないよ。あきちゃんのママすごいね。私も家族になりたーい」
「そうね。今日から3日間、家族同様でお願いします」
知子が改めて愛音に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「パパだけあっちの家だけど。(笑)」
3人は席に着いた。
「いただきまーす」




