第18章 頭ヨシヨシ
クリスマス当日の朝、事務所で小原が博之のデスクの横に、椅子を移動させてきて座った。
「もう、何なんでしょうね、あれ」
「どうした? また3人娘、なんかあった?」
「旦那」
「ケンカでもしたのか? イヴに」
「我慢しましたけど、“離婚”ってワードが頭を過りました。言わなかったですけど」
小原がそんなワードを口にしたのは初めてだった。
「何があったんだ? 楽しみにしてたのに、プレゼント貰えなかったのか?」
「はい。コート約束してたのに、あの人朝からパチスロ行くんですよ」
「ああ、一日中?」
「昼からアウトレットに行こうって、誘ってたんですけど」
「プレゼントの催促してなかったの?」
「できません」
「お前は可愛がられてるんだから、おねだりしていいんじゃない?」
「『可愛い』なんて言ってくれる回数、木田さんのほうが多いですよ」
「あ、俺言い過ぎ。デリカシーなくてゴメン」
「甘えられてはいるんですけど、それってやっぱり面倒なだけ。・・・ふうー」
小原は、深いため息をついた。普段の強気な彼女は、どこかに行ったみたいだ。
「で、結局どうなったの?」
「3時前に帰ってきて、『今からアウトレットは、面倒だからやめよう』って言うんです」
「ええ? マジか?」
「それじゃ、食事だけでも食べに連れっててもらおうと、お願いしたのに、『今からじゃ、予約取れないだろ』って」
「イヴじゃ難しいかもな」
「でも私、スマホで探したら、結構まだ予約できる店あったんですよ。木田さんに勧めてもらってた『洋食 Shi-ba』も夕方なら空きがあったんですけど、旦那はその店の話、無視して寝ちゃったんです」
「なんで?」
「木田さんから勧められたって言ったからかな?」
「なんでなんで?」
「さあ?」
博之は(こっちでも疑われてるのかな?)と、拓君と重ね合わせて考えるのだった。
「それで、エスタシオンホテルのレストランにしたんですけど、一駅だし、30分もあれば着くから、予約の1時間前に旦那を起こしたら、もっと早く起こせって怒るんですよ。もう、悲しくなってしまって私・・・」
「それは可哀そうに。スロットで負けたんじゃないか? 旦那さん」
「そうみたいです。で、食事中もほとんど喋らない感じでした」
「そんなに大負けしたのか?」
「いいえ、私がちょっと不貞腐れてたからだと思います」
「で、プレゼントもなし、何もしてもらえないで落ち込んでるわけか。仲良し夫婦だと思ってたのに」
悲しそうな顔で、頷く小原。博之は(この目線に、男は弱いよな)と思ったが、周囲に誰もいないのをいいことに、抱きしめるわけにもいかず、
「じゃ、今日はお前から甘えて、仲直りしてみろよ」
「いいです。それはイヤです」
「なんで?」
「いっつも甘えられて、無視してるのに、自分からできないです」
「お前も甘えられないタイプか。なんで無視するの?」
「露骨に嫌がったりしてないですよ。聞こえないふりしたり、話を逸らしたりしてる程度です」
「そんなことするから余計に甘えるんじゃないの? どれくらい・・・全然してないの? あれ」
「全くというわけではないですけど・・・」
「でも新婚さんでしょ」
「もう月に一回くらいです」
「ええー? 少な! マンネリしてしまってるのか? じゃ、変わったことしてみるしかないな」
「ええ? どんなことですか?」
「変なことって意味じゃないけど、ちょっとコスプレとかやったことない? お前、女子会でよくコスプレパーティみたいなことしてたでしょ」
「はあ、旦那は興味ないと思います」
「そうかな? 俺はむしろ“あり”だけど・・・じゃ、思い切ってエロ下着とか?」
「ガーターベルトぐらいなら、経験ありますけど。でも、どうせ脱ぐんなら一緒じゃないですか」
「ガーターベルトは脱がなくてもできるじゃない。パンツの前に着けるのが正解だろ?」
「ああ、そうですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「何の話してるんだ? 俺」
「旦那も最初はあんなんじゃなかったんですけどね。何でこうなっちゃったのかな」
「倦怠期? 気が抜ける時期なんじゃないか?」
「プレゼントだって決まってたんですよ。ブランドも、値段も」
「じゃ、買いに行くだけなのに? あり金全部摩ったのかな?」
「おかしいですよね。絶対」
「じゃ、わざと焦らして、実は買ってあるとかじゃない? 今日がクリスマスだから、家に帰ったら何か演出があって・・・」
「そうだったら、私余計に怒ります。そんな渡され方って、喜べないです」
「そう・だよな」
「木田さんは、奥さんに何プレゼントしたんですか?」
「俺も、コート買ってやった」
「高いやつでしょ」
「俺が選んだんじゃないけど」
博之は申しわけなさそうに言った。プレゼントを用意する暇がなく、昨日、知子と愛音の買い物に付き合って、滑り込みギリギリで買ったので、胸を張れないという思いと同時に、落ち込んでいる小原を気遣ったからだ。
「去年は、ヴィトンのマヒナも買いましたよね」
「ああ、でっかいショルダーバッグ。今年の誕生日に、同じマヒナの財布をプレゼントした」
「いいな、奥さん。いっぱい貰えて」
「妻の宝飾品は夫のプライドみたいなもんだから。いつも、料理とかしっかりやってくれるから、感謝の気持ちで、プレゼントは大事だと思うんだ」
「そうか、私がやり足りないってことですね」
「いや小原、それは違う! 人それぞれに取り柄ってもんがあって、無理しないで。お前は可愛いんだから、甘えておねだりするだけで十分なはずだって」
「それじゃ、旦那を適当にあしらってるみたいじゃないですか」
「そうじゃなかったの? さっき知らんぷりするって言ってたじゃん」
「うーん。確かに。・・・私どうしたらいいんですか?」
「・・・プレゼントと貢物の違いって分かる?」
「ええー、ちょっと・・・」
「プレゼントは相手のために送るもので、貢物は下心があって送るもの」
「ああ、そうですね」
「旦那さんに魅力を振りまいて、貢がせるぐらいの気持ちでいこうよ」
「それって、私がひどくないですか?」
「旦那のほうこそ、プレゼントに気持ちが込められなくなってるんだと思うよ。クリスマスとか誕生日とかだから、何か用意しなきゃと思って、日頃の感謝の気持ちとかじゃなくなってるんだよ。ましてやクリスマスプレゼントをスルーしてしまうなんて、プレゼント交換の儀式さえ億劫になってるようじゃ、そのほうがひどいと思うよ」
「そういうことですよね。やっぱり」
とても悲しそうな表情をする小原を、励まそうと頑張る博之だが、
「だから、何か相手のためにできればいいんだけど、家事は苦手なんだろ?」
「はい・・・」
「じゃ、小原の魅力で、もう一度貢ぎたくなるようにさせればいいじゃない」
「そうですね。それができないと冷める一方ですよね」
「飼い犬にアクセサリー買ったりする人いるでしょ。俺の場合それと感覚が一緒なんだ。相手がどう思っていようと関係なくて、ただプレゼントしたいだけ」
「それは木田さんだからですよ。うちの旦那は・・・」
「お前はもっと可愛く振舞って、そのペットみたいに可愛がってもらうだけでいいんだよ。それに対して、感謝の気持ちでプレゼントを返せばいいじゃない」
「木田さん、いつも上手に言いますよね。結婚式の挨拶、社長じゃなくって木田さんにして欲しかった」
博之は苦笑いしたが、小原は一所懸命に、憂鬱そうな可愛い顔を作っている。
「木田さんの幸せの1/2(半分)でいいから、分けてほしい」
小原は悲しいというより、博之に何かを求めている雰囲気にしか受け取れなかった。
「可哀そうに、頭ヨシヨシしてやろうか?」
博之は冗談ぽく言ってみた。
「・・・・・・それ、お願いしてもいいですか?」




