第11章 二人の二次会
「どうするんですか?」
「そりゃ、産むんでしょう」
「でも、別れるんですよね」
「別れる。そう言ってたね」
「一人で育てていくんですか?」
博之は、大きく溜息をついて、小原にこう言った。
「その決心が着くまでは、婚約を解消できないんじゃないかな」
そして、忘年会の間中、昨晩の出来事を小原に説明した。
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病室のベッドに横たわり、呆然とする愛音の側に、博之と知子が立っていた。愛音は、腕に器具を取りつけられ、心拍数がモニターに表示されている。大事を取って今晩は病院に泊まることになったのだ。
「今日はもう疲れただろうから寝なさい。一緒にいてやるから」
「あなたは、帰ったほうがいいわ。送って、私がまたここに来るから」
「ありがとうございます。知子さん。でも、もしもの時は病院なんだし、私一人でも大丈夫ですから」
「けど、一人だと心細いだろ。遠慮するな」
「ううん。いいの、一人で考えたいから」
「じゃ、明日の朝、また来るからな」
「いいよ。そんなに早く朝の面会やってないと思うよ。パパ会社でしょ。夜は忘年会だって言ってたじゃん」
「そうね。明日の朝、私が来るわ。それで退院になったら、家まで送るから」
博之が自宅に着いたのは、深夜2時を回っていた。秋日子をベッドに寝かせ、翌日のことを知子にお願いした後、二人も床に着いた。
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忘年会がお開きになって、店の前に出た時、小原は博之の側を離れて立っていた。パートの女性陣が博之のところに集まってきていて、二次会について話していたからだ。それを見ていた小原は、
「木田さん、二次会なんてやってる場合じゃないんじゃないですか?」
その言葉でパートたちは、顔を見合わせその場から散っていった。
「帰らなくて大丈夫ですか?」
「愛音のこと? それがね、一晩経ったらピンピンしててね。今、電話してみたら、もう心配なさそうだって」
「それは愛音さんの強がりですって」
「でも女房が言うには、もう退院しても問題ないらしくって、夕方頃、自宅まで送っていったそうだよ」
「へえ、でもその車の中でどんな話してたんでしょうね」
「どんなって?」
「赤ちゃんをどうするかとか。婚約者にどう言うかとか」
「さあ。帰ったら訊いてみるよ」
「じゃ、この後カラオケ行きますか?」
丸川係長が皆に声をかけた。
「ハーイ」と半数が手を挙げたが、小原は挙げていない。
「カラオケの気分じゃないな」
「そうですね」
小原の部下の3人がカラオケに行くと判って、小原も遠慮したようだ。
「もう1軒だけ、飲みに行きますか?」
「誘ってくれるのか?」
「はい。もう少しの付き合いですから」
また、小原の最高の作り笑顔を博之は見せられた。
二人は会社の皆と別れて、駅のほうへ向かった。二人だけでどこかに行くところを見られて、変に勘ぐられるのは拙いので、二人とも自然と駅の方向に歩き出したのだ。
「どこ行こうか?」
「駅の近くには、飲み屋さんあまりいいとこないですよね」
「たしか、中華屋さんのビルの上に、バーがあったと思うけど、行ったことある?」
「いいえ。知らないです」
「昔行ったことあったんだけど、最近行ってないからどうかな」
「そこにしましょう。外は寒いから、一刻も早く」
「そうかごめん。手袋もしてないからな」
「ポケットに入れときますから」
「女房だったら俺のポケットに入れてくるよ」
「ええ? 仲いいですね。私、旦那のポケットになんか入れませんよ」
「手繋がないの?」
「いや、繋ぎますけど。私が繋ぎたい時だけ(笑)」
「新婚なのに」
「もう1年経ちましたね」
バーに着くと、結構大勢の客で賑わっていた。博之はカウンターに座るのが好きだ。しかし、この日はクリスマスの飾りつけがされていて、カウンターでは飲めそうになかった。部屋の隅のボックス席に案内されて、場末のスナックのような硬いソファに腰掛けた。
「さ、何飲む?」
「ビールですね」
「またビール飲むの? 好きだな」
「他にお勧めあります?」
「それなら、ビールベースのカクテルは?」
「ああ。あんまり飲んだことないですね」
「飲み易いのあるよ」
「『シャンディ・ガフ』とかですか?」
「そうそう。俺それ飲もっと」
「私には何をお勧めで?」
「オレンジジュースで割るのは?」
「気持ち悪そう」
「そうか? 夏みかんで割ってみたら、すごく美味しかったけどな。」
「へえ。意外な組み合わせ」
「うん。夏みかんの微妙な苦みが、ビールによく合うんだ。」
「自分で果汁絞るんですか?」
「ご近所のお庭の甘夏の木からもらってきて、『甘い夏の経験』とか名づけて(笑)」
「ふふふ。色々やってるんですね。トマトジュースで割るやつなら飲んだことあります」
「『レッドアイ』か、じゃそれにする?」
「それでも、気持ちよく酔えなさそうで」
「文句多いな。じゃ、ジンで割ったやつは?」
「そんなのあるんですか?」
「きつめのカクテルだけど、何て言ったかな? ねえ、お兄さん、ジンで割ったビールってなんて言ったっけ?」
博之は、たまたま横を通った店員に訊いた。
「あ、『ドッグ・ノーズ』ですか。かしこまりました」
「あ、あれ? 注文通ちゃった。・・・ああ、それと、『シャンディ・ガフ』も!」
「私に、きついやつ飲めってか?」
「ごめん、俺がそっち飲むよ」
こんな安っぽいバーじゃ、格好つけようにも、店の対応がなってない。博之はソファの低い背もたれに、首を載せるように深々と腰をかけた。
「今日、あの3人に『力になってよ』ってお願いしてみたけど、暖簾に腕押し、糠に釘状態だったな」
溜息混じりに言った。
「でしょうね」
「お前が頼めって言ったのに、何それ?」
少々口を尖らせて言うと、
「きっとこれで変わりますよ」
うっすらと笑いを浮かべて言った。
「でも本当にもう少しだな、退職まで」
「ですねぇ。もう、あっという間ですね」
「気苦労が絶えないよ」
「私の退職と、愛音さんの婚約解消、どっちが早いか見ものですね」
「コラ。愛音は冗談じゃなくって、妊娠までしちゃってるから。本当に大変なんだぞ」
「クリスマスはどうするんでしょうね」
「え?」
「正月までには、婚約解消を切り出すんでしょ。その前に、クリスマス」
「そうか。そっちのほうがエンドラインが先に来るわけだ。冗談言ってられないな」
「私の退職も冗談じゃないですけど。もう秒読み段階」
「それは解かってるよ。俺も少しは寂しい気分でいるんだから」
「私と別れちゃうことがですか?」
「・・・付き合ってるみたいに言うな」
「私、木田さんの年齢だったら、どっちかと言うと、旦那よりお父さんのほうに近いから、それはないですぅ」
「分かってるよ(残念ながらそりゃそうだ)」
「愛音さんも、木田さんのことパパって呼んでるんですよね」
「そうだよ。だからそういう対象じゃないって」
「木田さんはどう思ってるんですか?」
「娘と言うか・・・何か身内みたいな感じで思ってるよ。これは本当の話」
「本当の娘だったりして」
「そんなわけあるか!(ヤバイヤバイヤバイ)」
「この前、その先生との仲のこと、意味深なこと仰ってましたよね。本質的なことがどうとか」
「ああ、あの話?・・・お前には白状しようか」
「スゴイ話ですか?」
「まあまあかな」
「じゃ、ヤバイ話だったら、私もヤバイ話、告白します」
「お。それ面白そう」
二人はニヤニヤ笑った。
「あれはまず、小学5年の時の話をしないといけないんだ。長い話だよ・・・」
「時間なら、まだいっぱいありますから」
テーブルにカクテルが運ばれてきたが、何の説明もなく、二つ同じタンブラーで置かれた。
「誰がどっちとか訊かないんですかね」
「まるで安い居酒屋対応だな。どっちがどっちか分かんないよ。色の薄いほうがジンじゃないかな」
「私、そのドッグなんとか飲みたいです」




