第6話 井戸と旅人
庭が完成して三日後。
私はある問題に直面していた。
「遠い……」
小川の前で膝をつく。
水を汲む。
立ち上がる。
家まで運ぶ。
こぼす。
また汲む。
重い。
とにかく重い。
「文明って大事だったのね……」
前世では蛇口をひねれば水が出た。
だが今は違う。
水を使うたびに小川まで往復しなければならない。
料理。
洗濯。
掃除。
全部だ。
これは効率が悪い。
非常に悪い。
私はクラフトガイドを開いた。
すると新しいレシピが増えていた。
【簡易井戸】
必要素材
石材×100
木材×50
ロープ×20
「これだ!」
私は立ち上がった。
家づくりの次はインフラ整備である。
まずは井戸だ。
するとハンナが目を輝かせた。
「井戸って村にあるやつ?」
「そう」
「作れるの?」
「作れる」
「すごい!」
嬉しそうに飛び跳ねる。
最近のハンナは完全に助手だった。
むしろ弟子だった。
本人もそのつもりらしい。
二人で材料集めを始める。
石を集め。
木材を集め。
繊維からロープを作る。
気付けば昼になっていた。
「よし」
私はクラフトを発動する。
石材が浮かび上がる。
円形に積み上がる。
木材が組み合わさる。
滑車が作られる。
ロープが伸びる。
数秒後。
立派な井戸が完成した。
「おおおお!」
ハンナが歓声を上げた。
私も驚く。
想像以上の出来だ。
石造り。
木製の屋根付き。
見た目も悪くない。
いや、かなり良い。
私はすぐに水を汲んだ。
桶が下りる。
水を汲む。
引き上げる。
成功。
「便利!」
感動した。
これで毎回小川まで行かなくて済む。
生活レベルが一気に向上した。
その時だった。
パチパチ。
後ろから拍手が聞こえた。
「見事だな」
聞き慣れない声だった。
振り返る。
そこには一人の青年が立っていた。
黒髪。
整った顔立ち。
旅装束。
背には大きな荷物。
年齢は十八歳くらいだろうか。
優しそうな雰囲気だった。
「旅人さん?」
私が聞く。
青年は微笑んだ。
「ああ」
「アルトだ」
それが私とアルトの最初の出会いだった。
ハンナは警戒心ゼロで近付く。
「旅人!」
「こんにちは」
アルトは笑った。
感じの良い人だった。
だが。
彼は突然家を見た。
庭を見た。
花壇を見た。
ベンチを見た。
そして真顔になる。
「……なぜ家の前に花壇がある?」
私は固まった。
またその質問である。
「綺麗だからです」
「綺麗だから?」
「綺麗だからです」
アルトも困惑した。
モルガンやグレッグと同じ反応だ。
私は少しムッとする。
「変ですか?」
「いや」
アルトは首を振った。
しばらく庭を見つめる。
花壇を見る。
ベンチを見る。
小道を見る。
そして。
「不思議だな」
と言った。
「?」
「座りたくなる」
私は目を見開いた。
それだ。
モルガンも似たことを言っていた。
アルトはベンチへ向かう。
腰を下ろす。
小川を眺める。
風が吹く。
花が揺れる。
数秒後。
「なるほど」
と呟いた。
「何がですか?」
「綺麗だから作ったんだな」
私は思わず笑顔になった。
初めてだ。
説明しなくても理解してくれた人は。
「分かります?」
「ああ」
アルトも少し笑う。
「悪くない」
私はなんだか嬉しくなった。
その後。
アルトは井戸を見学した。
家も見学した。
家具も見学した。
そして最後に聞いてきた。
「全部一人で?」
「うん」
「凄いな」
その言葉に照れてしまう。
褒められるのは嬉しい。
するとアルトは少し考え込んだ。
そして言った。
「しばらくこの辺に滞在してもいいか?」
「え?」
「旅の途中なんだが、面白そうだから」
面白そう。
その言葉に私は首を傾げる。
ただ家を作っているだけなのに。
だがアルトは本気だった。
彼は庭を見渡しながら笑う。
「続きが見てみたい」
その瞬間。
クラフトガイドが光った。
【新しい仲間候補を発見しました】
【アルト】
【クラフト適性:極めて高い】
私は二度見した。
もう一度見る。
極めて高い。
「え?」
私はアルトを見る。
アルトは気付いていない。
のんびり花壇を眺めている。
「……なんで?」
普通の旅人じゃないのかもしれない。
そんな予感がした。
しかし今のリリアは知らない。
目の前の青年が。
後に共に街を作り。
国を作り。
人生を共に歩むことになる王国第二王子であることを。
今はまだ。
ただの少し変わった旅人だった。




