第34話 はじめての温泉
翌朝。
露天スパの前には、朝早くから大勢の人が集まっていた。
職人。
騎士。
王都から来た役人。
近くの村の住民までいる。
「本当に入るのか?」
「熱いお湯なんだろ?」
「やけどしないのか?」
みんな興味津々だった。
リリアは笑顔でみんなの前に立つ。
「今日は温泉の入り方を説明します!」
「入り方?」
「そんなものがあるのか?」
グレッグが腕を組む。
「もちろん!」
リリアは黒板代わりの大きな板を取り出した。
そこには可愛らしいイラストが描かれている。
「まず最初。」
「いきなり湯船には飛び込みません。」
子どもたちが手を挙げる。
「どうしてー?」
「びっくりしちゃうから。」
「まずは体にお湯をかけて、少しずつ慣らします。」
「なるほど。」
騎士たちが真剣にうなずく。
「次。」
「温泉では走りません。」
「泳ぎません。」
「押し合いません。」
グレッグが吹き出した。
「子どもじゃないんだから。」
「グレッグさん。」
「絶対にはしゃぐでしょ?」
「……。」
何も言い返せず、周囲から笑いが起こる。
「最後。」
リリアは満面の笑みを浮かべた。
「景色を楽しみましょう。」
「……景色?」
「うん。」
「目を閉じて深呼吸するだけでも気持ちいいよ。」
みんな半信半疑だった。
「それじゃ。」
リリアは温泉の縁へ腰掛ける。
「失礼しまーす。」
ゆっくり足を入れる。
「あったかい……。」
肩まで静かに浸かる。
思わず目を閉じた。
「ふぅ……。」
その一言だけで、周囲が静まり返る。
風が木々を揺らす。
川のせせらぎ。
鳥の声。
湯気がゆっくり空へ昇っていく。
リリアは幸せそうに笑った。
「気持ちいい……。」
その表情を見ていた職人たちは顔を見合わせる。
「そんなに違うのか?」
「入ってみる?」
グレッグが恐る恐る足を入れた。
「あっつ!」
「最初だけだよ。」
「ゆっくりね。」
恐る恐る肩まで浸かる。
数秒後。
「…………。」
黙った。
「グレッグ?」
アルトが声をかける。
返事がない。
さらに数秒。
「……これは。」
グレッグがぽつりと言う。
「帰りたくなくなるな。」
その一言で空気が変わった。
「俺も!」
「私も!」
次々と温泉へ入っていく。
「あぁ……。」
「なんだこれ。」
「疲れが消えていく。」
「肩が軽い!」
「昨日まで腰が痛かったのに!」
あちこちから驚きの声が上がる。
フィオナは庭園を眺めながら微笑んだ。
「お花を見ながら入るなんて素敵です。」
ミアも笑顔になる。
「時間を忘れちゃいます。」
王都の役人は呆然としていた。
「これは……。」
「建物ではない。」
「体験そのものが商品なのか。」
リリアは嬉しそうに頷く。
「そう!」
「ここは、お湯を売る場所じゃないの。」
「ゆっくり過ごす時間を楽しむ場所。」
アルトは静かに笑った。
「君らしい発想だ。」
しばらくすると、グレッグが立ち上がった。
「よし!」
「仕事に戻るか!」
ところが一歩踏み出した瞬間。
「あれ?」
「体が軽い!」
腕を回す。
肩を回す。
「昨日まで痛かった腰が痛くない!」
「本当だ!」
職人たちも次々と驚き始める。
「疲れが残ってない!」
「手が軽い!」
「これなら一日中仕事できそうだ!」
リリアは慌てて両手を振る。
「だめだめ!」
「ちゃんと休んで!」
「働きすぎは体に悪いから!」
その言葉に全員が大笑いした。
宰相バルディアも静かに温泉へ足を入れる。
しばらく景色を眺めたあと、小さくつぶやいた。
「……なるほど。」
「陛下がお任せになった理由が分かりました。」
「この場所は、人の心まで癒やします。」
クラフトガイドが輝き始める。
【スパ利用者 100人突破】
【満足度】
★★★★★
【口コミ効果発動】
・来訪者が来訪者を呼びます
・評判が王都へ広がります
・予約希望者が急増しています
「予約?」
リリアが首をかしげる。
その瞬間、山道の向こうから馬車の列が見えた。
一台。
二台。
三台。
十台。
まだ続いている。
先頭の御者が大声で叫んだ。
「王都から来ました!」
「噂のスパへ案内してください!」
リリアは目を丸くした。
「えぇぇぇ!?」
アルトは苦笑する。
「……まだ開業初日なんだけどな。」
こうして、口コミだけで広まった王国初のスパは、予想をはるかに超える人気を見せ始める。
そして、その馬車の中には、再び身分を隠した王族の姿があったことを、リリアはまだ知る由もなかった。




