第32話 癒やしは景色から始まる
翌朝。
リリアは朝日が昇る前から温泉のそばに立っていた。
白い湯気が静かに立ち上り、鳥のさえずりが山に響く。
川のせせらぎ。
風に揺れる木々。
「……最高。」
思わず笑みがこぼれる。
アルトが眠そうな顔でやって来た。
「おはよう。」
「おはよう!」
「朝から元気だな。」
「だって、今日は一番大事な日だもん!」
リリアは地図を広げた。
「今日は建物を作らないの。」
「え?」
アルトは首をかしげる。
「じゃあ何をする?」
リリアは山全体を見渡した。
「景色を歩く。」
「……景色を?」
「うん。」
「スパってね、お風呂だけじゃないんだよ。」
「ここへ来る途中の景色。」
「風の音。」
「木の香り。」
「鳥の声。」
「全部合わせて『癒やし』になるの。」
アルトは少し驚いたように笑う。
「そんなことまで考えるのか。」
「もちろん!」
「建物だけきれいでも駄目なの。」
「ここへ来た瞬間から帰るまで、全部が思い出になる場所を作りたい。」
二人は山道を歩き始めた。
途中には大きな岩があり、川を見下ろせる場所がある。
「ここ。」
リリアが立ち止まる。
「展望台にしよう。」
少し進む。
木漏れ日が差し込む広場。
「ここは休憩所。」
さらに歩く。
小さな滝が流れ落ちていた。
「ここは秘密の露天スパ!」
リリアは次々と設計図へ書き込んでいく。
アルトは苦笑した。
「全部決まってるんだな。」
「歩いてみると見えてくるの。」
「景色が教えてくれるから。」
その言葉に、後ろから声が聞こえた。
「景色が教える、ですか。」
振り返ると、宰相バルディアが数人の役人を連れて歩いてきた。
「おはようございます。」
リリアは頭を下げる。
「朝から視察ですか?」
「ええ。」
「どんな施設になるのか楽しみでして。」
リリアは笑顔で地図を見せた。
「実は、建物はまだ一つも決めていません。」
役人たちは驚く。
「ですが設計は?」
「先に自然を見るんです。」
リリアは一本の大木を指差した。
「この木、切った方が建てやすいですよね?」
役人が頷く。
「その通りです。」
「でも切りません。」
「え?」
「この木があるから、この場所は気持ちいいんです。」
風が葉を揺らし、木漏れ日が地面へ落ちる。
「だから建物を木に合わせます。」
「自然を建物に合わせるんじゃない。」
「建物を自然に合わせる。」
バルディアは感心したように頷いた。
「……なるほど。」
「それがあなたの街づくりなのですね。」
昼頃。
建設予定地へ職人たちが集まった。
グレッグ率いる大工。
石工。
ガラス職人。
庭師。
王都から派遣された技師たちまでいる。
「今日は基礎工事ですか?」
グレッグが尋ねる。
リリアは首を横に振った。
「違うよ。」
「まずは遊歩道!」
「遊歩道?」
「スパまで歩く時間も楽しんでほしいから。」
クラフトガイドを開く。
「クラフト!」
光が地面を駆け抜ける。
土が静かに盛り上がり、緩やかな曲線を描く石畳が現れた。
まっすぐではない。
木々を避け、川沿いを通り、景色のいい場所へ自然と導かれる道。
「一本道じゃない……。」
王都の技師が驚く。
「普通は最短距離で造ります。」
リリアは笑った。
「急ぐ場所じゃないから。」
「寄り道したくなる道にしたいの。」
石畳の途中には、小さな木のベンチ。
花壇。
水飲み場。
展望スペース。
歩くたびに景色が変わる。
まるで庭園を散歩しているようだった。
「これは……。」
職人たちは言葉を失う。
「歩くだけで楽しい。」
「建物がまだないのに。」
アルトは静かに微笑んだ。
「君は、本当に人の気持ちを考えて造るんだな。」
リリアは少し照れながら答える。
「だって。」
「目的地だけじゃなくて。」
「そこへ向かう時間も、大切な思い出になるでしょ?」
夕方。
遊歩道は完成した。
夕日に照らされた石畳が黄金色に輝き、木々の間を優しく風が吹き抜ける。
歩くだけで心が落ち着く。
そんな道ができあがっていた。
クラフトガイドが静かに光る。
【施設完成】
癒やしの遊歩道
【効果】
・来訪者の疲労回復速度上昇
・自然満足度上昇
・景観評価上昇
・滞在時間が延びます
さらに新しい通知が現れる。
【スパリゾート開発度 15%】
【新施設解放】
四季の庭園露天スパ
リリアの瞳が輝く。
「いよいよ、お風呂だ!」
アルトは笑いながら肩をすくめた。
「今日は徹夜しないでくれよ。」
「……たぶん。」
「今、『たぶん』って言ったな?」
「えへへ。」
山には二人の笑い声が響いた。
そして翌日。
リリアが夢見ていた、四季を感じながら湯に浸かる露天スパの建設が、いよいよ始まるのだった。




