第31話 王命と温泉
「王命……ですか?」
リリアは、何度も手紙を読み返した。
王都から届いた羊皮紙には、短くこう書かれている。
『王都北部の山岳地帯にて、不思議な湯が湧き出した。』
『王国最高開拓建築士リリアに調査を命ずる。』
『国王』
「本当に王命なんだ……。」
思わず息をのむ。
その横でアルトが静かに頷いた。
「ああ。」
「断ることもできるけど?」
リリアは首を横に振った。
「行く。」
「お湯が湧いてるなら見てみたい!」
その返事にアルトは苦笑する。
「やっぱりな。」
三日後。
リリアたちは王都の北にある山岳地帯へ到着した。
そこは岩山に囲まれた静かな谷だった。
白い湯気がゆらゆらと立ち上っている。
「ここです。」
案内役の騎士が指差した。
岩の隙間から、お湯が絶え間なく湧き出している。
透き通った水面。
ほんのり硫黄のような香り。
リリアは思わず駆け寄った。
「温泉だ……!」
前世で何度も通った温泉と同じ景色だった。
思わず指先でお湯を触る。
「あったかい……。」
その温もりだけで、胸がいっぱいになる。
「飲めるのか?」
アルトが尋ねる。
「飲むより入る!」
「入る?」
騎士たちも不思議そうな顔をした。
「この湯は熱いので危険です。」
「誰も近付きません。」
「もったいない!」
リリアは思わず声を上げた。
「これは宝物だよ!」
全員が首を傾げる。
「宝……?」
リリアは近くの平らな岩へ腰掛けた。
「温泉ってね。」
「身体が温まるの。」
「疲れが取れるの。」
「景色を見ながら入ると、心まで元気になるの。」
騎士たちは顔を見合わせた。
「そんな文化があるのですか?」
「私の……故郷ではね。」
前世と言いそうになり、慌てて言い換える。
アルトだけが小さく笑っていた。
「なるほど。」
「だからあんなに嬉しそうなのか。」
リリアは元気よく頷く。
「うん!」
「ここを世界一の癒やしの場所にしたい!」
その言葉を聞いた騎士たちは驚く。
「ですが、この辺りは岩ばかりですよ?」
「宿もありません。」
「道も狭い。」
「だから作るの!」
リリアはクラフトガイドを開いた。
周囲の地形が立体地図として浮かび上がる。
谷。
川。
森。
温泉。
「……すごい。」
頭の中で一つの景色がつながっていく。
「ここに受付。」
「その先に庭園。」
「露天風呂は川沿い。」
「宿泊棟は高台。」
「展望台から夕日が見える。」
「夜は星空を楽しめる。」
リリアの手が止まらない。
次々と設計図を書き込んでいく。
アルトはその横顔を見つめ、静かに笑った。
「もう完成図が見えてるんだな。」
「もちろん!」
リリアは振り向いて笑う。
「ただお風呂に入るだけじゃない。」
「来た人みんなが、『また来たい』って思える場所にしたい。」
「だから建物だけじゃなくて。」
「空気も。」
「景色も。」
「香りも。」
「全部デザインする!」
その言葉に、後ろから拍手が聞こえた。
「見事です。」
振り返ると、一人の壮年の男性が立っていた。
深い青色のローブ。
胸元には王国の紋章。
騎士たちが一斉にひざまずく。
「王国宰相、バルディア様!」
リリアも慌てて頭を下げた。
「は、初めまして!」
宰相バルディアは穏やかに微笑む。
「あなたの噂は聞いています。」
「街を造る建築士ではなく、人の幸せを造る建築士だと。」
リリアは照れくさそうに笑った。
「そんな大したものじゃ……。」
「いいえ。」
バルディアは首を横に振る。
「だからこそ、この計画をお任せしたいのです。」
そう言って、一枚の地図を広げた。
そこには温泉だけではなく、周囲の山や森まで描かれていた。
「この一帯すべてを、あなたへ預けます。」
「好きなように造ってください。」
リリアは目を丸くした。
「全部ですか?」
「ええ。」
「王国初の保養地を。」
「王国中の人々が癒やされる場所を。」
「あなたなら実現できると、陛下も信じておられます。」
リリアはゆっくりと地図を見つめた。
温泉。
森。
川。
山。
まだ何もない場所。
でも彼女の目には、もう完成した景色が見えていた。
花が咲き誇る遊歩道。
木漏れ日のテラス。
湯気が立ちのぼる露天風呂。
笑顔でくつろぐ家族。
旅人。
子どもたち。
「……やります。」
リリアは力強く頷いた。
「この場所を、王国で一番癒やされる場所にします!」
クラフトガイドが眩しく光る。
【大型開発クエスト開始】
『癒やしのスパリゾート計画』
【達成条件】
・露天スパ完成
・庭園完成
・宿泊棟完成
・癒やし評価★★★★★
【報酬】
???
リリアは思わず笑みを浮かべた。
「★★★★★か。」
「燃えてきた!」
アルトは苦笑しながら肩をすくめる。
「また寝る時間が減りそうだ。」
「大丈夫!」
「完成したら、最初にアルトをゆっくり休ませてあげるから!」
その何気ない一言に、アルトは少しだけ目を細めた。
「……楽しみにしてる。」
こうして、新たな挑戦が始まる。
今度の舞台は、一つの街ではない。
王国中の人々を癒やす、夢のスパリゾートだった。




