第25話 王国一の建築士
三日後。
朝早くから街の入口がにぎわっていた。
「まだかな。」
「もうすぐ着くらしいぞ。」
住民たちも興味津々だ。
王立建築学院。
王国第一級建築士。
そんな肩書きの人たちが来るなど、この街では初めてのことだった。
リリアはというと――。
「楽しみだなぁ。」
目を輝かせていた。
アルトは苦笑する。
「緊張しないのか?」
「うん!」
「建築の話ができる人が来るんでしょ?」
「それが楽しみ!」
「普通は王都の人が来るって聞いたら緊張するんだけどな……。」
「え?」
リリアは本気で首を傾げた。
「建物好きに悪い人はいないよ。」
アルトは思わず笑ってしまった。
「その考え方は君だけだ。」
その時。
街道の向こうから一台の大型馬車が姿を現した。
後ろには荷馬車が四台。
さらに十人ほどの職人が歩いている。
「来た!」
馬車が広場で止まり、一人の老人がゆっくり降りてきた。
真っ白な髪。
長いひげ。
背筋は真っすぐ。
年齢は七十歳近いはずなのに、目だけは若者のように輝いている。
「初めまして。」
老人は穏やかに笑った。
「私はガイウス。」
「王立建築学院学院長を務めています。」
「リリアです!」
勢いよく頭を下げる。
ガイウスは街を一周見渡し、小さく息を呑んだ。
「これは……。」
時計塔。
噴水。
工房通り。
花屋。
図書館。
石畳。
どれも丁寧に造られている。
「美しい。」
その一言だった。
ガイウスはゆっくり歩き始める。
石畳を何度も見つめる。
花壇の配置を見る。
建物同士の距離を測る。
時々立ち止まり、メモを書いていた。
「学院長?」
弟子の一人が不思議そうに尋ねる。
「何を書いているんですか?」
「全部だ。」
「全部?」
「配置。」
「動線。」
「景観。」
「視線誘導。」
弟子たちは首を傾げる。
ガイウスは噴水の前で立ち止まり、振り返った。
「ここから時計塔が見える。」
「図書館も見える。」
「パン屋も見える。」
「どこへ歩けばいいか迷わない。」
弟子たちの表情が変わった。
「本当だ……。」
「偶然ではありません。」
ガイウスはリリアを見る。
「全部計算しましたね?」
リリアはきょとんとする。
「え?」
「なんとなくです。」
その場が静まり返る。
「……なんとなく?」
「はい。」
「ここから時計塔が見えたら安心かなって。」
「噴水が見えたら楽しそうかなって。」
「お花も見えたら嬉しいかなって。」
ガイウスは額を押さえた。
「天才というのは困る。」
「え?」
「本人が理論を理解していない。」
弟子たちが苦笑する。
アルトだけは肩を震わせて笑いをこらえていた。
ガイウスは今度は図書館へ入った。
窓際の読書席。
暖炉。
本棚。
中庭。
すべてを見終えたあと、静かに椅子へ腰掛ける。
「……帰りたくない。」
その一言に、住民たちは笑い出した。
「学院長でもそう思うんですね!」
「ここは居心地が良すぎます。」
ガイウスは本気だった。
「学院にも作りたい。」
「この空間を。」
リリアの目が輝く。
「本当ですか!」
「ぜひ!」
そこから二人は建築談義を始めた。
「窓は南向きが好きです!」
「光が柔らかく入りますからね。」
「暖炉の位置は中央派です!」
「熱が均等に広がります。」
「木は少し色を変えると温かく見えるんです!」
「素晴らしい!」
周囲の人たちは、まったく話についていけなかった。
ハンナが小声で言う。
「何話してるの?」
ミアも苦笑する。
「楽しそうなのは分かる。」
アルトは静かに笑う。
「リリアが初めて同じ目線で話せる相手を見つけたんだ。」
夕方。
視察を終えたガイウスは、広場で住民全員を前に立った。
「皆さん。」
「私は五十年以上、建築に携わってきました。」
誰もが静かに耳を傾ける。
「立派な城も見ました。」
「巨大な神殿も造りました。」
「ですが。」
ガイウスはゆっくりとリリアを見る。
「こんなに『人が幸せになる街』を見たのは初めてです。」
広場が静まり返る。
「建物は、人が住んで初めて完成する。」
「この街は、それを私に思い出させてくれました。」
そう言って、深く頭を下げた。
王国最高の建築士が、一人の少女へ敬意を示した瞬間だった。
クラフトガイドが黄金色に輝く。
【特別評価達成】
王立建築学院 最高評価
【報酬】
・建築技術大全
・特殊建材レシピ解放
・大劇場
・大聖堂
・温室庭園
新たな設計図が次々と表示される。
リリアは思わず声を上げた。
「温室庭園!」
「これ作りたい!」
ガイウスは笑う。
「やはり、そこですか。」
「はい!」
「一年中お花が咲く庭なんて、絶対に素敵です!」
アルトは苦笑しながら空を見上げた。
「次は街全体が花で埋まりそうだな。」
その予感は、決して間違っていなかった。
リリアの次なる夢は、王国中の誰も見たことがない『四季を楽しめる庭園都市』だった。




