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第五話 包囲網

 国王暗殺事件をきっかけに勃発したミラルダのクーデターは、王都エルドラム全域を戦場へと変えた。ベルたちは奇襲によって親衛隊本部から兄サラマンとロイらを救出することに成功する。しかし、エルドラムはいまだ戒厳令下にあり、侵攻軍が街を支配していた。反撃の第一歩を踏み出したベルたちは、王国を取り戻すための新たな戦いへ挑む。

 襲撃事件の翌日、壊された庁舎の広場には、爆破によって生じた瓦礫と兵士たちの亡骸があちこちに転がっていた。広場には火薬の臭いが立ち込め、負傷兵のうめき声が響いている。


 その惨状の中、現場の指揮を任されていたマグーラ大尉は、ミラルダの前にひざまずいていた。


 ミラルダはドラゴンのような冷たく鋭い視線を向ける。


「しくじったのか、マグーラ。」


 怒りを押し殺した声が響く。


「襲撃を許したばかりか、まんまと逃げられるとは。なんという失態だ。」


 マグーラは顔を伏せたまま震える声で答えた。


「……申し訳、ございません。」


 ミラルダは一切表情を変えない。


「ルドビッチ。」


「はい。」


 ルドビッチ少佐は、ミラルダの腹心。がっしりとした筋肉質の体格を持つ羊人で、毛並みは油で固めてい るのか、ざらついた質感をしている。右耳は先端が少し欠けており、その鋭い眼光と相まって威圧感を漂わせていた。


 ルドビッチが一歩前へ出る。ミラルダは無言で視線を向けるだけだった。


 それだけで十分だった。


 ルドビッチはゆっくりとマグーラへ右腕を突き出した。


「ま、待ってくれ!」


 マグーラが顔を上げた瞬間――。


 赤い閃光が広場を駆け抜けた。


撃たれた呪文はマグーラの全身を駆け巡り、その場へ力なく崩れ落ちる。周囲の兵士たちは誰一人として声を上げられなかった。


 その一部始終を、広場の片隅から一人の若い新聞記者が静かにカメラへ収めていた。


 ミラルダは倒れた遺体を一瞥すると、再びルドビッチを見た。


「ルドビッチ。」


「はい。」


「ドラゴンを率いて奴らを探し出せ。一人残らず始末するのだ。」


「承知しました。」


 ルドビッチは敬礼すると、ただちに金色に輝いた巨大なドラゴンのもとへ向かった。


 襲撃を成功させたベルたちは、雪深い森にあるネルスの隠れ家へ戻っていた。


「兄上、ご無事で何よりです。でも、なぜあんな場所に? 調査委員会へ出席されていたのでは?」


 ベルが尋ねると、サラマンは苦笑混じりに首を横へ振った。


「奴らは、最初から調査などする気はなかったようだ。」


 その表情には悔しさがにじんでいる。


「委員会へ赴いた途端、私は拘束された。ロイも同じだ。」


「そうだったのか……。」


 ベルは驚きを隠せなかった。


 すると、フランクが苦々しい表情で吐き捨てる。


「好き放題やってやがる。あの政治屋女は。」


 拳を握り締めながら続けた。


「治安当局まで使って、罪もない一般市民を『反乱軍への内通者』だと決めつけて、片っ端から逮捕している。」


 重苦しい空気の中、ケルムが不安そうに口を開いた。


「……他の人たちは大丈夫ですかな?」


「心配はいらん。この小屋には全員入りきらんからな、連中には別の隠れ家と秘密の通路の場所を教えてある。そう簡単には見つからんだろう。」


 ネルスは腕を組んだまま静かに言う。


「で、これからどうする?」


フランクが聞く。


「彼奴等と戦うには、いささか戦力が足りん。」


ネルスが答える。


 フランクは何かを思い出したように顔を上げる。


「俺のドラゴンさえ戻ればな。エイモスだ。あいつがいれば百人力なんだが。」


 ネルスが尋ねる。


「そのドラゴンは、今どこにいる?」


「我々の兵舎だ。軍のドラゴン飼育施設で管理されているはずだ。」


 フランクが答えると、ネルスは静かに頷いた。


「では、そのドラゴンを連れてこよう。お前とディーン、ウッド、リーにも向かってもら――」


 外から小さな物音が聞こえた。


 次の瞬間――。


 パシャッ。


 窓の外で閃光が走る。


「なんだ?」


 ベルたちが一斉に窓へ駆け寄る。すると、近くの木の枝にしがみつき、小屋へカメラを向ける人影があった。夜の森の闇の中、その人物の大きな黄色い瞳だけが、不気味な光を放っていた。


「あいつは……!」


 ベルは目を見開く。


「経済新聞社の……ギャリック!」


 ギャリックはベルたちと目が合うと、素早くカメラをしまい、腕を上げ指を夜空へ向ける。


 一筋の赤い閃光が雪空へ舞い上がった。


「信号呪文か!」


 ネルスが舌打ちする。


「居場所を知らせやがった!」


 ネルスが叫んだ、その直後だった。

 空から地鳴りのような羽音が響いてくる。


「ドラゴンだ!」


 誰かが叫ぶ。


「逃げろ!」


 巨大な火球が小屋へ向かって降り注いだ。轟音とともに火球が直撃し、古びた小屋は一瞬で炎に包まれる。爆風が雪を巻き上げ、周囲へ激しく吹き荒れた。


 ネルスはすぐに状況を判断し、叫ぶ。


「ウッド! リー! お前たちは兵舎へ向かえ! エイモスを連れてくるんだ!」


「分かりました!」


 二人は雪の森へ駆け出していく。


 再び火球が降り注いだ。 爆発が森を揺るがし、凄まじい衝撃波がベルたちを吹き飛ばす。ベルは地面へ叩きつけられ、雪の上を転がった。


 痛みに顔をしかめながら顔を上げると、すぐ目の前にディーンが倒れていた。


「ディーン!」


 ベルは駆け寄る。


 しかし、ディーンはぴくりとも動かなかった。


「ディーン……?」


 その時、背後からケルムがベルの腕を力強くつかむ。


「ベル様! こちらです!」


 半ば引きずるようにベルを立ち上がらせる。


「でも、ディーンが……!」


 ベルが振り返ろうとしたその時、サラマンが鋭く言い放った。


「今は生き残ることが最優先だ!」


 その声に促されるように、一行は燃え盛る隠れ家を後にし、隠れ穴へ向かって走り出した。


 上空では、大量のドラゴンが森を旋回していた。兵士たちを乗せたドラゴンは次々と火炎弾を吐き、雪に覆われた森林へ容赦なく降り注がせる。


 木々は炎に包まれ、爆発音が絶え間なく森中へ響き渡った。なんとか隠し通路へ飛び込み、一行は土のトンネルを駆け抜けた。狭い通路は足場も悪く、ぬかるんだ土に何度も足を取られそうになる。それでも誰一人として立ち止まることはなかった。


 ベルのすぐ隣にはケルムがいる。


 その後方では、ネルスが何度も背後を振り返り、追手が迫っていないか警戒しながら走っていた。


 やがて前方に淡い光が見え始める。


 出口だ。


 一行は勢いよく通路を抜け、川岸へと飛び出した直後。 上空から放たれ光り輝いた火炎弾が、彼らのすぐ近くへ着弾した。


 轟音とともに爆炎が巻き上がり、激しい衝撃波がベルとケルムの身体を吹き飛ばす。


 二人は雪の斜面を転がり落ち、そのまま凍てつく川へ投げ出された。どれほど時間が経ったのか。ベルは薄れゆく意識の中で、誰かに体を揺さぶられているのを感じた。


「ベル様!」


 目を開けると、そこにはケルムの姿があった。


 全身はずぶ濡れだったが、どうやら二人とも無事らしい。ベルは重い体を起こし、辺りを見回した。


「……他のみんなは?」


 ケルムは首を横に振る。


「分かりません。」


 その時だった。川の対岸から誰かが大声で呼びかけてきた。


「おーい!」


 顔を上げると、そこにはフランクとマーシーの姿があった。


「今そっちへ行く! 少し待ってろ!」


 二人は川幅の狭い場所を探して渡り、しばらくしてベルたちのもとへ駆け寄ってきた。


「大丈夫か?」


 フランクが息を切らしながら尋ねる。


「ええ……まあ……。」


 ベルは力なく答えた。すると、フランクが重い口を開く。


「……ネルスさんが死んだ。」


 フランクは険しい表情のまま続ける。


「火炎弾のの爆風で体が吹き飛ばされるのを見た。死体まで確認したわけじゃないが……助かっているとは思えない。」


 パシャッ。


 再び閃光が夜の森を照らした。


「!」


 フランクは反射的に呪文を撃つ。光が走った木立へ向け、ためらうことなく撃ち込んだ。閃光が森を駆け抜けた。


 続いて、何かが地面へ崩れ落ちる鈍い音が聞こえた。


「……!」


 一同が駆け寄る。雪の上に倒れていたのは、カメラを首から提げた若い梟人の男だった。


 王国経済新聞社の記者、ギャリックである。


「こいつ……。」


 マーシーが驚きの声を漏らす。ケルムはしゃがみ込み、首筋へ手を当てて脈を確かめた。やがて静かに立ち上がり、首を横へ振る。


「……もう死んでます。」


 ケルムが静かに告げた。


 雪を踏みしめる足音が聞こえてくる。フランクは呪文を撃とうと構えた。


「誰だ!」


 木々の間から姿を現したのは、ロイとサラマンだった。二人とも疲労の色は濃いものの、大きな怪我は負っていないようだった。


「兄上!」


 ベルは安堵の表情を浮かべる。サラマンは頷くと、周囲を見回した。


 空から地鳴りのような羽音が近づいてきた。一同が空を見上げる。


 雪雲を突き破るように現れたのは、全長十五、六メートルはあろうかという巨大なドラゴンだった。

黄金色に輝く鱗をまとい、全身には槍のように鋭い棘が並ぶ。その双眸は獲物を見据える猛獣のように鋭く、一行を焼き尽くさんばかりの殺気を放っていた。


「ルーファス……!」


 フランクが目を見開く。


「奴は群れのリーダーだ!」


 ドラゴンの背には一人の兵士がまたがっていた。


 がっしりとした筋肉質の羊人。右耳の先端がわずかに欠けた男。ルドビッチであった。


 ルドビッチがまたがるルーファスの周囲には、大小さまざまなドラゴンが次々と集結してきた。


 その背には兵士たちが乗っており、獲物を追い詰めたかのような不気味な笑みを浮かべ見下ろしていた。十数頭ものドラゴンが上空を埋め尽くし、その威圧的な羽音が雪深い森全体を震わせた。


「燃やせ。」


 ルドビッチがルーファスへ命じる。


 ルーファスは人間が丸ごと一人飲み込めそうなほど巨大な口をゆっくりと開き、喉の奥で黄金色の炎を膨れ上がらせていく。巨大な火炎弾が、今にも放たれようとしていた。


 一頭の大柄な赤いドラゴンが、獲物が焼き尽くされる瞬間を見ようと、ベルたちのすぐ後方まで舞い降りてきた。


「今だ!」


フランクとケルムは同時に振り返り、赤いドラゴンの背に乗る兵士へ向けて呪文を撃った。呪文は兵士へ直撃し、男は悲鳴を上げる間もなく地上へ墜落した。


「飛び乗れ!」


 サラマンの号令が飛ぶ。六人は一斉に赤いドラゴンの背へ飛び移った。


 突然背中へ飛び乗られたドラゴンは激しく暴れ出す。怒り狂ったように火炎弾を四方八方へ吐き散らし、その一発がルーファスの胴体へ直撃した。


 ルーファスが苦しげに咆哮を上げる。


 さらに暴走した赤いドラゴンは他のドラゴンへ次々と衝突し、火炎弾を浴びせながら空中を飛び回った。編隊はたちまち大混乱に陥る。


 フランクは必死に手綱を握り、暴れるドラゴンを制御しようとするが、興奮したドラゴンは言うことを聞かない。ベルたちは振り落とされまいと鱗へしがみつくのが精一杯だった。


 やがて赤いドラゴンはエルドラム中心部の大通り上空まで飛び続け、ようやくフランクが少しずつ操縦を取り戻し始めるが、ルーファスが放った黄金色の火炎弾が赤いドラゴンの右翼を直撃した。


翼は炎に包まれ、大きく裂ける。赤いドラゴンは苦痛の咆哮を上げながら急降下を始めた。


「つかまれ!」


 サラマンの叫びも虚しく、ドラゴンは勢いよくレンガ造りの大きな建物へ突っ込む。轟音とともに建物の天井が砕け散り、土煙が辺り一帯を覆った。六人は瓦礫の中へ投げ出されたものの、奇跡的に全員無事だった。


 立ち上がったベルは咳き込みながら周囲を見渡す。そこは広大な講堂のような空間だった。赤い絨毯が敷かれ、半円状に議席が並び、正面には演壇が設けられている。


「な、何事だ!」


 場内に誰かの怒鳴り声が響いた。声の主は、最高評議会議長のマイヤスだった。ベルたちが飛び込んできた場所は、最高評議会棟の本会議場だったのである。突然の爆発とともに現れた巨大な赤いドラゴンを前に、議員や高官たちは一斉に席を立ち、議場は瞬く間に騒然となった。


 議場の大扉の向こうから、無数の足音が響いてくる。兵士たちがこちらへ向かっているようだった。


 サラマンは倒れ込んでいたドラゴンへ駆け寄ると、その腹部を力いっぱい蹴りつけた。


「起きろ!」


 マイヤスは余裕を崩さぬまま、ベルたちを見渡して嘲るように笑う。


「もう終わりだ。お前たちは逃げられん。大人しく降伏しろ。」


 その直後、大扉が勢いよく開かれ、兵士たちが雪崩れ込んできた。ドラゴンがゆっくりと目を開く。黄金色の瞳が、目の前に立つマイヤスを捉えた。低いうなり声を上げると、大きく口を開く。


「ま、待――」


 マイヤスが言い終えるより早く、灼熱の火炎弾が放たれた。轟音とともに火炎弾はマイヤスへ直撃し、その身体を後方へ吹き飛ばす。


 続けざまにドラゴンは咆哮を上げ、議場の中で暴れ始めた。灼熱の炎が四方へ吐き出され、突入してきた兵士や逃げ惑う議員たちは次々と炎に包まれる。悲鳴と怒号が飛び交い、兵士たちは暴れ狂うドラゴンを止めようと必死に応戦する。


 その混乱に乗じて、ベルたちは議場を離脱した。廊下を駆け抜け、最高評議会棟の正面玄関から外へ飛び出す。


 しかし、そこで一同は思わず足を止めた。


 評議会棟の周囲は、すでに完全に包囲されていた。上空には数え切れないほどのドラゴンが旋回し、その鋭い視線が、一斉にベルたちへ向けられた。





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