第四話 反撃
国王バーザス暗殺から始まった王都の混乱は、ついに王族の命まで狙う事態へと発展した。ケイティを失い、ミラルダ配下の兵士たちに追われるベルは、ネルスという狼人の老兵に救われる。その男は、父バーザスの古くからの友人であるボージン卿の依頼でベルを助けに来たという。父を失い、信頼できる者も分からない中、ベルは生き延びるため王都からの脱出を決意する。クーデターの真相を追う戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。
ミラルダ率いる制圧部隊は、王都エルドラムの主要施設を次々と占拠・制圧していった。軍務局、治安局、外務局をはじめ、多くの政府機関が短期間のうちに陥落する。エルドラム内の大通りには戦車や装甲車が配備され、完全武装した兵士たちが厳重な警戒に当たっていた。さらに上空では、ドラゴンの編隊が絶え間なく旋回し、街全体を監視している。エルドラムは戒厳令の下、完全に軍の支配下へ置かれていた。
そのような危機的状況の中、エルドラムから離れた森林の奥深くにある隠れ家では、反撃に向けた最初の作戦会議を開こうとしていた。
小屋の中では、暖炉の火が静かに揺れていた。
ネルスは人数分のハーブティーを淹れ、それぞれの前に置く。
湯気の立つカップを手にしたフランクは、興奮を隠しきれない様子で口を開いた。
「ネルスさんは、伝説の人なんだ。」
「先代国王の時代、ある戦いでノワール軍は敵軍に要塞まで追い詰められた。その時、味方を撤退させるために、ネルスさんは少数の部下を率いて殿を務めたんだ。」
フランクは身振りを交えながら続ける。
「敵は何倍もの大軍。でも、撤退作戦は見事に成功。」
一度言葉を切る。
「ところが、戦いが終わっても殿を務めた兵士たちは誰一人戻ってこなかった。軍では全員が戦死したものと思われた。」
ベルもケルムも、黙って耳を傾けていた。
「それから三日ほど経って、国境近くの村で『ボロボロになった狼人が倒れている』って大騒ぎになったそう。」
フランクはネルスを見た。
「生き残っていたのは、たった一人。ネルスさんだけ。」
部屋の中が静まり返る。
「その功績が認められて、勲章も授与されたって聞いています。」
話題の中心となったネルスは、照れた様子も誇らしげな様子も見せない。
「……昔の話だ。」
ただそれだけを呟くと、ネルスは携帯用の酒瓶に静かに口をつけた。
しばらく談笑が続いた後、ネルスは笑みを消し、一同をゆっくりと見渡した。
部屋の空気が自然と引き締まる。
「……薄々気付いているとは思うが。」
ネルスは静かに切り出した。
「バーザスの暗殺から始まった一連の事件は、すべてミラルダのクソ女の策略だ。」
一同は黙って耳を傾ける。
「バーザスと治安当局のロッコを襲撃し殺したのは、ミラルダの腰巾着であるルドビッチ少佐。」
ベルの表情が険しくなる。
「さらに、この計画には評議会や新聞社、それに監察局長のグレイスも関わっとる。」
その言葉に、小屋の中は静まり返った。
「グレイス姉上まで……。」
ベルは信じられないという表情で呟いた。
「ほう、やはり信じておったんだな、優しい姉上のことを」
「ネルスさん!!」
ケルムが声を上げる。
「彼奴らの目的は、敵対する勢力を排除し、王都から一掃することにある。」
「しかし、サラマン様やロイ様は何もしていないではありませんか?」フランク
「そのとおりだ。」
ネルスは答える。
「完全に罪をなすりつけられた。小僧と同じ。」
部屋の隅に置かれていた古びたラジオから、突然ニュース速報が流れ始める。
『臨時ニュースをお伝えします。最高評議会議長は先ほど緊急会議を開き、第一皇女ミラルダ殿下を暫定的な国王代理とする人事を承認しました。今後はミラルダ殿下が王政の指揮を執ることとなります。』
小屋の中に重い沈黙が流れた。
「……なんだって。」
ベルは信じられないという表情でラジオを見つめる。
バーザスの死はまだ公表されていない。それにもかかわらず、最高評議会はミラルダを国王代理に据えることを決定したのである。
その知らせは、王国での権力が急速にミラルダの手へ集まりつつあることを、ベルたちに突きつけていた。
「もっとも、まだ殺されちゃいない。」
ネルスは地図の一点を指差す。
「サラマンは親衛隊本部の地下牢に監禁されとる。ロイも一緒だ。」
「ロイ兄上も?」
ベルは思わず身を乗り出した。
「なぜそんなことを知っているのですか?」ケルム
「ここへ来る前に、親衛隊本部へ寄った。」
ネルスは酒瓶を軽く揺らしながら続ける。
「ちょうどミラーとかいう馬鹿将校が外でタバコをふかしておってな。ぶん殴って話を聞き出した。」
「なんと強引な……。」
ケルムは思わず額に手を当てた。
「そりゃいい。」
フランクは苦笑しながら肩をすくめた。
ベルが口を開く。
「襲撃して、兄上たちを救い出そう。」
その一言に、小屋の中は再び静まり返る。
「小僧、ワシはな、お前のそのくだらん正義感が大嫌いだ。実力もありゃせんのによくそんなことが言えたもんだ。今のお前じゃ足手まといにしかならん。殺されんようにワシが手助けしてやっとるのに、何をしゃしゃり出て前へ出ようとしとるんだ。」
ネルスが鋭く怒鳴った。
「お前はここに残っとれ!」
その迫力に、ベルは思わず身をすくませる。
「嫌だ! 兄上を助けるんだ!」
ベルは震える声で叫んだ。
「ケイティを助けられなかった……。これ以上、大切な人を失うのは嫌なんだ!」
ネルスは鼻で笑う。
「何を生意気なことを言っとる。たかが一人死んだくらいで目ぇ回しおって。これから向かうのは戦場だ。死人なんぞいくらでも出る。その甘さと傲慢さを抱えたまま前へ出りゃ、お前が真っ先に殺されるのが関の山だ。」
「……お前は、てて親の二の舞になりたいのか。」
バシュンッ!
怒りに耐え切れなくなったベルが、破壊呪文を撃つ。呪いはネルスの頬をかすめた。
ネルスは口元をわずかに緩める。
「面白い。今のが命中しておれば、ワシは木っ端みじんだったな。」
ベルを見据え、静かに問いかけた。
「小僧、お前は人を殺したことがあるか?」
「……その覚悟がなければ、何も守れんぞ。」
ベルは拳を強く握り締める。
「……やってやるさ。」
ネルスはニヤリと笑った。
「いい根性だ。」
「よし、いいだろう。」
「しかし、問題は上空を警戒しているドラゴンたちです。奴らは目がいいですからね、こちらの動きをすぐに見つけられてしまいます。本部へ通じる地下通路のようなものはないのですか?」
「そんなもんはない。」
ネルスは答えた。
「ドラゴンをかく乱する方法ならあります。」
一同の視線がフランクへ集まる。
「花火だ。」
「花火?」
ベルが聞き返す。
「奴らは夜空に咲く花火を見ると、生息地の火山の噴火を思い出して興奮する。その隙に目をくらませることはできる。」
「それは本当か?」
ケルムが半信半疑で尋ねる。
するとフランクが自信ありげに笑った。
「本当ですとも。俺はドラゴン部隊の教官ですからね。」
そう言ってベルへ視線を向ける。
「ですよね、ベルザード様。」
「あ、うん。」
ベルは少し戸惑いながらも頷いた。ネルスは地図を丸めながら立ち上がる。
「なら決まりだ。すぐに別の隠れ家にも知らせて、作戦の準備を始めようか。」
ベルたちはそれぞれ頷き、反撃へ向けて動き始めた。 やがて別の隠れ家に身を潜めていたネルスの仲間たちも次々と合流する。
大柄な体格に両腕の刺青がひときわ目立つ蛇人のディーン。お世辞にも毛並みが整っているとは言えない猫人のウッド。そして、ベルの次に歳が低く、背丈もベルとそれほど変わらない狐人のリーである。
リーはかき集めた大量のダイナマイトを机の上へ並べる。
「花火の打ち上げ、それから門の破壊と牢屋の扉の爆破用です。これだけあれば牢屋にかけられている防護呪文も破れるでしょう。」
「いいか。お前たち、向かってくる奴は必ず無力化しろ。呪いを撃つのを躊躇うな。情けはいらん。最悪の場合は殺せ。油断大敵だ。」
ネルスが皆に言う。
作戦に必要な資材はすべて揃った。あとは夜の訪れを待ち、親衛隊本部への奇襲を決行するのみであった。
やがて日が沈み、王都エルドラムは深い闇に包まれる。雪もいつしか止み、上空を飛び交うドラゴンたちは夜空に溶け込むように黒い影となっていた。
その瞬間を待っていたベルたちは、静かに隠れ家を出発する。 誰にも気付かれぬよう路地を進み、本部へ続く大通りの手前までたどり着いた。
フランクは周囲を見回し、小さく頷く。
「よし……今だ。」
その合図と同時に、リーが導火線へ火をつけた。
次の瞬間、無数の花火が夜空へ打ち上げられる。眩い閃光と轟音がエルドラムの夜空を彩り、色鮮やかな火花が次々と炸裂した。
「な、何だ!?」
「敵襲か!」
見張りの兵士たちは突然の事態に騒然となる。
さらに上空では、花火を見たドラゴンたちが一斉に興奮状態へ陥った。
本能のままに飛び回り、互いに衝突する個体まで現れる。背に乗っていた兵士が振り落とされるなど、上空は瞬く間に大混乱となった。
その隙を逃さず、ベルたちは親衛隊本部へ向かって一気に駆け出す。
警戒網は完全に乱れ、誰一人として彼らの接近に気付く者はいなかった。
そして一行は、門前までたどり着く。
リーは素早くダイナマイトを門へ取り付け、導火線に火をつけた。
ちょうどその時、異常事態の発生を受けて出動しようとしていた兵士たちが門の前へ集まり始める。轟音とともにダイナマイトが爆発した。分厚い鉄門は兵士たちもろとも吹き飛び、破片が四方へ飛び散る。
「突入だ!」
ネルスの号令とともに、一行は爆煙の中を駆け抜け、親衛隊本部へ突入した。
親衛隊本部は王城とは対照的な造りだった。歴史を感じさせる石造りの王城とは異なり、比較的新しく建設された実用本位の建築で、装飾らしい装飾はほとんど見当たらない。建物が四方を囲むように建ち、その中央には巨大な吹き抜けの広場が設けられていた。 広場には銃殺刑に用いられる処刑台がいくつも並べられていた。
「フランク! リー! 地下へ走れ! ぐずぐずするな!」
叫びながらネルスは麻痺呪文を撃つ。動きの鈍った兵士へ、年季の入った中折れ式の水平二連散弾銃を構え、引き金を引いた。轟音とともに放たれた散弾は、体格の大きな兵士へ直撃する。巨体は衝撃で大きく吹き飛び、そのまま地面へ叩きつけられた。
続けざまにフードの内側から古びた回転式拳銃を抜き放った。振り返ることすらなく背後へ銃口を向け、引き金を引く。 放たれた弾丸は背後から迫っていた兵士の胸を正確に撃ち抜き、兵士はその場へ崩れ落ちた。
ネルスは無言で片腕を前へ突き出し、ゆっくりと手を開いた。周囲に散乱していた瓦礫が一斉に宙へ浮かび上がる。瓦礫は兵士たちめがけて勢いよく飛び、次々と体勢を崩させた。間髪入れずに回転式拳銃を構える。倒れ込んだ兵士たちの脳天を、一発ずつ正確に撃ち抜いていった。
ベルは目の前にいた、自分より何倍も体格の大きい兵士へ衝撃呪文を撃つ。兵士がよろめいた、目にも留まらぬ速さで間合いを詰めた。拘束呪文で無数のツタを生み出し、兵士の首へ巻き付けて地面へ引き倒す。さらに顔面へ麻痺呪文を撃ち込み、完全に動きを封じた。
「いいぞ、小僧。その調子だ!」
ネルスが笑いながら言った。
上空では興奮したドラゴン達が暴れ回っていた。一頭のドラゴンが本部の建物をかすめるように飛び去り、屋根や外壁を破壊する。建物内では悲鳴と怒号が入り乱れ、混乱はさらに広がっていった。
そんな騒動の中、守衛を倒したフランクとリーは地下牢の入口へたどり着く。
「ここだ。」
リーは背負っていたダイナマイトを取り出し、鋼鉄製の重い扉へ取り付けようとした。
その時だった。
「おーい!」
地下牢の一番手前の牢から男の声が響く。フランクは思わず視線を向けた。
「マーシー!」
牢の中にいたのはフランクの実の弟だった。
「お前、なんでこんなところにいるんだ!」
「兄さんを探して兵舎へ行ったら、『反乱軍の仲間だ』とか言われて捕まったんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、フランクの表情が怒りに染まる。
「ふざけやがって!」
次の瞬間、フランクは鋼鉄の扉へ向かって全力で体当たりした。轟音とともに分厚い扉がひしゃげ、そのまま内側へ吹き飛ぶ。
「えぇ……。」
リーはダイナマイトを持ったまま、口を開けて立ち尽くした。
フランクは構わずマーシーの牢へ駆け寄ると、鉄格子の扉を力任せに引き剥がした。
しかし、怒りは収まらない。
そのまま次々と牢の扉を破壊しながら奥へ進んでいく。やがて地下牢の最奥にたどり着くと、そこには拘束されたサラマンとロイの姿があった。
フランクは二人の牢も力任せに破壊する。そのあまりにも豪快な救出劇に、歴戦の武将であるサラマンとロイも思わず呆然としていた。
牢に閉じ込められていた民間人や兵士、高官たちが次々と救出されていった。
広場の中央では、ディーンとウッドが拘束されていた親衛隊の高官たちを次々と救出していた。
その時、本部の建物から数人の将校が姿を現す。
先頭に立つのは、小柄な体格ながら、一目で高い階級と分かる軍服をまとった山羊人の男だった。立派に伸びた角を持っている。
「マグーラ大尉!」
後方の兵士がそう呼ぶ声が響く。
どうやら、この山羊人の将校はマグーラという名らしかった。その後方には、折れ曲がった嘴に包帯を巻いた鳥人の男が立っていた。
おそらくネルスにぶん殴られて情報を吐いたミラーという将校なのだろう。将校たちは広場の惨状を見渡すと、一ベルたちへ呪文を撃とうとした。
突如、轟音とともに建物の扉が内側から吹き飛ぶ。
分厚い木製の扉は弾丸のような勢いで飛来し、先頭に立っていたマグーラ大尉へと直撃した。
「ぐあっ!」
マグーラは吹き飛ばされ、そのまま地面へ転がる。
兵士たちが何事かと振り向く。
爆煙の中から姿を現したのは、鬼気迫る表情のフランクだった。
「あああああぁぁぁぁっ!」
雄叫びを上げながら兵士の群れへ突撃し、目の前の兵士を次々となぎ倒していく。
あまりの勢いに、その場にいた兵士たちは完全に呆気に取られていた。
ネルスは古びたリボルバーを静かに構えると、引き金を立て続けに引く。放たれた弾丸は寸分違わず兵士たちの胸を貫き、一人、また一人と雪の上へ倒れていった。
ミラーは背中を向けているネルスへ向け、呪文を撃とうとした。
気付いたベルは、思い切り地面を蹴ると同時に、一瞬でミラーとの間合いを詰める。渾身の拳がミルの腹部へ突き刺さった。
「がっ……!」
苦悶の声を漏らし、体勢を崩したミラーへ、ベルは間髪入れず気絶呪文を撃った。閃光がミラーを貫き、力なく崩れ落ち、動かなくなる。
ちょうどその頃、地下牢からサラマンやロイ、救出された人々も広場へ姿を現した。上空では、ドラゴンたちがなおも暴れ続けている。
「今のうちだ!」
ネルスの声を合図に、一行は混乱する親衛隊本部を後にし、夜の雪が降り積もる街中へと駆け出した。




