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第六話 王都決戦

 王都での混乱は、ついに戦争へと発展した。ベルたちはサラマンたちの救出に成功した。追ってきたドラゴンの部隊によって、逃げ場は失われつつある。雪に閉ざされた街で、ついに王国の未来を懸けた決戦の幕が上がる。

 夜明け前、評議会棟の正面で、ベルたちはルドビッチ少佐率いるドラゴン部隊に完全包囲されていた。度重なる戦闘と逃走で全員の体力は限界に達している。絶体絶命の状況だった。


 通りには戦車や輸送車が次々と集結し、武装の兵士たちがベルたちを取り囲み、今度こそ仕留めると言わんばかりに、ルドビッチが乗るルーファスが大きく口を開く。喉の奥では黄金色の炎が渦を巻き、巨大な火炎弾が今にも放たれようとしていた。炎の輝きはみるみる増し、辺り一面を黄金色に染め上げる。


 ベルは静かに目を閉じた。


 ――もう終わりだ。そう覚悟した瞬間。


 ドォォォン!!


 評議会棟前に停められていた大型トラックが轟音とともに爆発した。 爆炎と黒煙が一帯を包み込み、兵士たちの隊列が大きく乱れる。らに続けざまに、道路のあちこちでマンホールの蓋が勢いよく吹き飛んだ。


 地下から次々と武装した兵士たちが飛び出してくる。


 その制服は、親衛隊のものだった。


「お助けいたします!」


将校たちが一斉に駆け出す。


「囚われていた兵士たちか。ウッドとリーが他の隠れ家へ知らせてくれたんだな!」


フランクが叫ぶ。


一人の将校がルドビッチへ向けて呪文を撃った。閃光がルーファスの顔の前をかすめ、ルーファスは大きく怯んで首を振る。


ロイとサラマンはすかさず動いた。二人の姿がまるで瞬間移動したかのような速さで兵士たちの懐へ飛び込み、目の前の兵士を呪文で吹き飛ばす。


 そのとき、遠くの空から、辺りを震わせるような大きな咆哮が響く。


「エイモスだ!」


 フランクが叫ぶ。


 オレンジ色の小柄なドラゴンが一直線に飛来した。エイモスは立て続けに火炎弾を放つ。放たれた火炎弾はベルたちの真上を飛んでいたドラゴン二体へ命中し、爆炎とともに撃墜した。その背には、ウッドとリーの二人が乗っていた。


 フランクとマーシーは兄弟ならではの息の合った連携を見せた。二人は呪文を立て続けに撃ち、複数の兵士を次々と吹き飛ばしていく。


 ベルもまた駆け出す。 サラマンやロイほど素早くはなかったが、それでも持ち前の小柄な体格と俊敏さを生かし、暴れ狂うドラゴンに恐れをなした兵士たちが放つ閃光を巧みにかわしながら一気に間合いを詰めた。鋭い蹴りで一人を吹き飛ばし、続けざまに衝撃呪文を叩き込み吹っ飛ばす。


 その様子を、ルドビッチは上空から冷静に見下ろしていた。そこへ、一頭のドラゴンがゆっくりと近づいてくる。全身を紫色の鱗に覆われ、無数の鋭い棘を持つ巨大なドラゴンだった。豪華な装飾が施された鞍は陽光を受けて妖しく輝き、その背にはミラルダが乗っている。


 ミラルダは眼下の戦場を見渡し、冷たい口調で命じた。


「街ごと焼き払え、味方を巻き込んでもかまわん。」


「了解しました。」


 ルドビッチは短く答え、手綱を強く引いた。


 ルーファスが咆哮を上げる。それを合図にするかのように、周囲のドラゴンたちも次々と高度を上げ始めた。


「あいつら、街ごと味方もろとも吹き飛ばすつもりだ! エイモス!」


 フランクが鋭く指笛を鳴らす。その合図に応えるように、エイモスは大きく咆哮した。ウッドとリーは素早く背中から飛び降りる。


 入れ替わるようにフランクとベルが飛び乗った。


 「ドラゴンは群れで生きる生き物だ。一番強くて賢い奴がリーダーになる。あいつを抑えりゃ、群れはまともに動けねえ!」


フランクが叫ぶ。


 雲の切れ間から朝日が差し込み、光が王都エルドラム全体を照らし始める。エイモスは力強く翼を羽ばたかせると、一気に空へ舞い上がった。


 一方、エイモスから降りたウッドとリーは、親衛隊本部襲撃の際に使い切れず残っていたダイナマイトを手に、それぞれ別方向へ走り出す。


 狙いは大通りに並ぶ戦車や装甲車だった。リーは小柄な体格を生かし、兵士たちの間をすり抜けながら次々と車両へダイナマイトを仕掛けていく。その横でウッドも敵の攻撃をかわしつつ、手際よく爆薬を設置していった。


 周囲を飛ぶドラゴンたちは、エイモスをルーファスへ近づけまいと一斉に襲いかかる。灼熱の火炎弾が次々と放たれ、鋭い牙が尻尾や脚に食らいつく。背中の兵士たちからも容赦なく呪いが浴びせられ、全身に傷を負いながらも、エイモスは決して翼を止めなかった。


 力強く羽ばたき続け、ついにはルーファスの頭上を越え、さらに高く舞い上がる。


ルーファスが大きく口を開いた。灼熱の巨大な火炎弾が吐き出される。


 放たれた火炎弾がエイモスへ直撃する。激しい爆炎に包まれ、エイモスは悲痛な咆哮を上げながら地上へと落下を始めた。


 ベルは迷わず背中から身を躍らせ、一直線にルドビッチへ飛びかかる。二人の体は激しくぶつかり合い、ルドビッチと揉み合いになる。フランクは咄嗟にルーファスの棘だらけの長い尾へしがみつく。


エイモスは、そのまま大通りに停車していた大型トラックへ激突した。


二人はルーファスの背で激しくもみ合っていた。ルドビッチは体勢を立て直すと、ベルに右手を向け、殺人呪文を撃とうとする。


 そのとき。


ルーファスの尾にしがみついていたフランクが、麻痺呪文を撃つ。呪いはルドビッチの右手を正確に撃ち抜いた。


「ぐあっ!」


 ルドビッチは右手を麻痺させられ、呪いを撃つことができない。ベルは渾身の力で掌をルドビッチの胸へ押し当てると、衝撃呪文を撃った。強烈な衝撃に吹き飛ばされたルドビッチは、力なくルーファスの背から真っ逆さまに落下していった。


 地上にいたリーは仕掛けていたダイナマイトを起爆する。轟音とともに、大通りに並ぶ戦車や装甲車が次々と爆発し、爆炎と衝撃が辺り一帯をのみ込んだ。


燃え盛る炎が空高く吹き上がる中、ルドビッチの体はその爆炎の中へと消えていった。


ルーファスは激しく暴れ回り、空中で体を大きくうねらせる。ベルは必死に手綱へしがみつき、振り落とされまいと歯を食いしばった。フランクは棘だらけの長い尾を少しずつよじ登っていく。


ベルの脳裏に、ドラゴン騎乗訓練の日々がよみがえった。


「落ち着け……!」


手綱を強く引き、呼吸を整えながら、必死にルーファスを制御しようとする。い余って近くを飛んでいた青いドラゴンへ激突する。衝突の衝撃で、背に乗っていた兵士は悲鳴を上げながら地上へ投げ出された。


 ようやく尾を登り切ったフランクも手綱をつかみ、ベルとともに必死にルーファスを制御しようとする。二人は力を合わせて手綱を引き、暴れ続けるルーファスを必死に落ち着かせようとした。どれほどの時間が過ぎたのか、誰にも分からなかった。


気がつけば太陽はすっかり昇り、地上を包んでいた銃声や爆発音もほとんど聞こえなくなっている。ミラルダ軍の兵士たちは、とっくに逃げ出していた。


一方、周囲を飛ぶドラゴンたちも、群れのリーダーであるルーファスへ攻撃を加えることはできず、ただ距離を置いて旋回するばかりだった。


やがてルーファスは暴れるのをやめ、穏やかに翼を羽ばたかせ始める。ベルたちはついにルーファスを制御することに成功したのだった。


「よし、いいぞ、ベル。……いや、失礼。ベルザード様。訓練以上の腕前ですぞ」


「でもさ、お前、肝心な操縦方法は教えてくれなかったじゃないか」


「細かいことは気にしないでください。それより今です。ルーファスに群れへの命令を出させましょう」


 フランクの言葉にベルは頷き、手綱を軽く引いた。


 ルーファスは大きく咆哮する。


 その声は空へと響き渡り、周囲を飛んでいたドラゴンたちは次々と羽ばたきを緩め、興奮を鎮めていった。背に乗る兵士たちは必死に攻撃を命じる。


「撃て! 撃て!」


 しかし、ドラゴンたちは命令に従おうとせず、首を激しく振って抵抗する。


 やがて耐え切れなくなったドラゴンたちは背中の兵士を次々と振り落とし、ルーファスの咆哮に従うようにゆっくりと上空を旋回し始めた。


 ルーファスはゆっくりと高度を下げ、大通りへ降り立つ。その姿を見たサラマン、ロイ、ウッド、リー、マーシー、ボーンズそしてケルムは、安堵の表情を浮かべながら駆け寄ってきた。ルーファスの背から飛び降りたフランクは、近くのトラックへ墜落して横たわるエイモスのもとへ駆け寄る。


「エイモス……!」


 呼び掛けても返事はない。その体はすでに冷たく、完全に息絶えていた。周囲では、他のドラゴンたちも次々と地上へ降り立っていく。


 そのときだった。巨大な影が一行を覆う。


 ベルが空を見上げると、朝日に隠れるように一頭のドラゴンがなおも上空を旋回していた。全身を紫色の鱗に覆ったドラゴン――ミラルダの乗騎だった。


「姉上!!」


 ベルが叫んだ瞬間、ドラゴンは大きく口を開く。放たれた巨大な火炎弾が一行のすぐ近くへ着弾した。轟音とともに爆炎が吹き上がり、地面が激しく揺れる。


「散れ!!」


 サラマンの叫びと同時に、一行は四方へ飛び退いた。ケルムは咄嗟にベルを抱きかかえ、そのまま全力で駆け出す。二発目の火炎弾が炸裂した。凄まじい爆風が二人をのみ込み、ケルムはベルをかばうように覆いかぶさったまま吹き飛ばされる。土煙の中でも、ケルムは決してベルから離れようとはしなかった。ロイも負傷したようだった。


「撃ち落とせぇ!!」


 サラマンの号令が響く。親衛隊将校たちはミラルダへ向かって激しい呪いを浴びせた。呪いをかわしながら、ミラルダはドラゴンを翻して戦場から離脱していく。


ベルはゆっくりと目を開いた。


「ケルム……もういいよ。どいてくれ。重いよ……」


しかし、ケルムは微動だにしなかった。


「……ケルム?」


嫌な予感が胸をよぎる。サラマンとフランクが駆け寄り、ベルの上に覆いかぶさっていたケルムの体をそっと持ち上げた。ケルムは、すでに息絶えていた。ケルムの死を目の当たりにしたベルの胸に、激しい怒りと復讐心が込み上げる。


ベルは迷うことなくルーファスへ飛び乗った。


「ベル、待て……!」


誰かが静止するのを無視して、ベルが手綱を強く引くと、ルーファスは大きく咆哮を上げ、一目散に逃走するミラルダを追って大空へ飛び立った。


 ルーファスの飛行速度は凄まじかった。すでに大きく引き離されていたはずのミラルダのドラゴンとの距離を、みるみるうちに縮めていく。やがて射程圏内へ入ると、ルーファスは一気に加速した。その鋭い牙でミラルダのドラゴン――エバンの尾へ食らいつく。


「私のエバンから離れろ!」


ミラルダは怒声を上げると、ベルに向けて粉砕呪文や爆破呪文を立て続けに撃った。呪いは次々と空を裂くが、ベルは間一髪でかわし、直撃は免れる。


 しかし、そのうちの一発がルーファスへ命中した。激痛に怒り狂ったルーファスは、天を震わせる咆哮を響かせると、エバンめがけて全力で体当たりを仕掛ける。二頭の巨体は空中で激しく激突し、そのままもつれ合うように落下を始めた。勢いのまま建物の屋根を突き破り、轟音とともに内部へ墜落した。


ベルは瓦礫の中でゆっくりと身を起こす。全身に痛みは走ったものの、不思議なことに大きな怪我はなかった。


「うっ……」


うめき声が聞こえ、ベルは振り返る。ミラルダだった。足を負傷しているらしく、足を引きずって逃げようとしている。


ベルはミラルダへ指先を向け、殺人呪文を撃とうとした。


しかし、指先はわずかに震えた。――撃てない。


赤色の閃光が走った。ミラルダが撃ったのだ。


ベルは咄嗟に身をひねってかわす。しかし、呪いは右腕をかすめて直撃した。腕は痺れ、力が入らない。ミラルダは冷たい笑みを浮かべると、動けなくなったベルへゆっくりと歩み寄った。


「甘いわ。」


とどめを刺そうと、再び指先をベルに向ける。


突如、激しい羽ばたきが響き、崩れた屋根の向こうから空がのぞく。一つの影が舞い降りた。


サラマンだった。


「ミラルダ!!」


「サラマン!!」


ミラルダは咄嗟にサラマンへ呪いを撃つ。サラマンもまた、ためらうことなく呪いを撃った。


ほぼ同時だった。二つの呪いが激しく衝突し、まばゆい閃光が部屋を一瞬で包み込む。光が消えると、二人はその場へ崩れ落ちた。


「兄上……?」


ベルは呆然と呟く。


「サラマン!」


ベルは慌ててサラマンのもとへ駆け寄った。


その体に触れた瞬間、冷たさが手のひらに伝わる。


もう、息はなかった。


「……そんな。」


ミラルダもまた、その場に倒れたまま動かなかった。


ベルはただ呆然と立ち尽くし、しばらくその場を離れることができなかった。


その時、気を失っていたルーファスが大きく鼻を鳴らす。


「……!」


その音にベルははっと我に返り、ゆっくりと立ち上がる。ルーファスの背へ飛び乗ると、その巨体は崩れた天井を突き破って空へ舞い上がった。


屋根の上には、サラマンを乗せてきた緑色の小さなドラゴンが静かに待っていた。


そのドラゴンも翼を広げ、ルーファスの後を追うように大空へ羽ばたいていく。


数か月が過ぎ、王国では大規模な合同葬儀が執り行われた。


国王バーザス、サラマン、ロッコ卿、そしてミラルダ――。


そして、この戦いで命を落とした多くの兵士たちにも、等しく祈りが捧げられた。ケルム、ケイティ、ネルスもまた、その功績を称えられ、英雄勲章が追贈されることとなった。


しぶとく生き延びていた次女グレイスは、逃走を図ったところを拘束され、フィニアス刑務所で終身刑が確定した。


ロイが国王代行に就任し、ボージン卿は評議会議長となった。


しかし、新政権は王政を廃止することを決定する。


王国は王政から共和制へと移行し、新たにノワール共和国として再建されることとなった。


そして、ベルことベルザードは、新設されたドラゴン機動部隊の指揮官となり、仲間たちとともに、新たな祖国を守るため戦い続けることを誓うのであった。

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