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第二話 陰謀

国王バーザスは何者かの策略によって命を落とした。王城は未曾有の混乱に包まれ、親衛隊は犯人の行方を追って夜通し捜索を続ける。しかし、犯人の姿はどこにもなかった。父を失ったベルは深い喪失感に打ちひしがれる一方、兄サラマンは王国を守るため、ただちに事件の真相究明へと乗り出す。国王暗殺――それは、ノワール王国を揺るがす大きな陰謀の始まりだった。


 国王バーザスが倒れて間もなく、城中にけたたましい警報音が鳴り響いた。異変を知らせる鐘と警報が夜の王城を震わせ、衛兵や召使たちは何が起きたのかも分からぬまま慌ただしく駆け回る。


 城内では、サラマンがただちに指揮を執っていた。城門は固く閉ざされ、城の庭園や広場、さらには城を囲む林にまで強力な照明が向けられる。親衛隊の隊員たちは完全武装で持ち場へ散開し、襲撃犯の行方を追って捜索を開始した。


 しかし、この時点では犯人の姿はどこにも見つかっていなかった。


 一方、ベルは変わり果てた父の姿を目の当たりにした衝撃から立ち直れずにいた。その場に立ち尽くしたまま焦点の定まらない目で虚空を見つめ、呼び掛けにもほとんど反応を示さない。


「ベルザード様。」


 ケルムが静かに呼び掛ける。


「ベル様……。」


 ケイティも不安そうな表情で声を掛けた。

 しかし、ベルの口から返ってくるのは、


「ああ……。」

「うう……。」


 そんな力のない声だけだった。

 二人は主人を支えるように寄り添うことしかできない。


 やがて、廊下の向こうから慌ただしい足音が近づいてきた。


「ベル! ベル!! 大丈夫か? 落ち着いてきたか?」


 駆け込んできたのはサラマンだった。


 ケルムは静かに首を横へ振る。


「駄目です。完全に呆然としております。」


「ああ……分かった。」


 サラマンは一瞬だけベルを見つめると、努めて冷静な口調で言った。


「落ち着いてきたら、私の部屋へよこすように。いいな?」


「承知いたしました。」


 ケルムが深く頭を下げる。


 それだけ言い残すと、サラマンは再び指揮を執るため、足早にその場を後にした。

 王城はなおも緊迫した空気に包まれ、夜通し警報音と兵士たちの怒号が響き続けていた。


 その頃、サラマンの執務室では緊急会議が開かれていた。

 室内には親衛隊の幹部たちが集まり、事件の対応について慌ただしく協議を続けている。


「戒厳令を出しますか?」


 親衛隊次官のバーサが尋ねた。


「いや、駄目だ。事件の公表もしておらんのに。」


 サラマンは即座に首を横へ振る。


「しかし、これは反乱ですよ。国王陛下が……それに、ロレンゾさんとグラブリーさんも犠牲になりました。」


 バーサは険しい表情で訴えた。


 報告の途中、不意に執務室の扉がノックされた。室内の視線が一斉に扉へ向く。


「誰だ!!」


 サラマンが鋭い声を上げる。


「兄上……。」


 静かな声とともに、ベルが姿を現した。


「ベルか!! もう大丈夫なんだな?」


 サラマンはベルの表情を見つめながら尋ねた。

 ベルは青ざめた顔で小さく頷く。


「直前まで部屋にいたな? 何があったか分かるか?」


「その……父上に呼び出されて……話をして……男の人が二人来て……僕はすぐに部屋を出たんだ……。」


 ベルは震える声で答えた。


「部屋を出た瞬間……たくさんの光が扉から……。」


 執務室は静まり返る。誰もがベルの言葉に耳を傾けていた。


「何か部屋に異変とかは?」


 サラマンが続けて尋ねる。ベルは記憶をたどるように俯き、しばらく考え込む。


「ええと……窓のカーテンが開いていた……かな。」


「そうか。」


 サラマンは腕を組み、しばらく考え込むように沈黙する。


「身内の犯行だろうとは思っていたが、手引きした者がいるな。」


 重苦しい口調でそう言うと、傍らの親衛隊員へ視線を向けた。


「マイヤス議長とロッコ局長を呼んでくれ。事情を説明しなければならん。」


「はっ!」


 親衛隊員は一礼すると、足早に部屋を後にした。その場にいても自分にできることは何もないと悟ったベルも、静かに執務室を後にし、自室へ戻った。


 部屋へ入ると、そこには次女グレイスが待っていた。ベルの姿を見るなり、グレイスは心配そうに声を掛ける。


「大丈夫? ベル。」


「ああ……うん……。」


 ベルは力なく答えた。


 グレイスはしばらくベルの様子を見つめていたが、不意に真剣な表情になる。


「私が思うに、犯人はサラマンなんじゃないかな。」


「え?」


 ベルは思わず顔を上げた。


「だって、父上と話す予定があったのは、殺されたロレンゾさんとグラブリーさん、それにサラマン兄上でしょ?」


「でも、どうして?」


「オリンペ王国の反乱鎮圧は親衛隊が主導して成功させた。そうでしょ? しかも損害はほとんど出さずに鎮圧したうえ、現地総督にもきっちり責任を取らせた。そのおかげで、国民からの人気はますます高くなった。」


「それがどうしたの?」


「もし今回の襲撃事件の首謀者を真っ先に捕らえて処罰できたら、どうなると思う?」


 ベルは答えられなかった。


「人気は天井知らずよ。父上の影響力が少しずつ落ちてきている今なら、なおさらね。」


 ベルは黙り込む。


 グレイスの話には筋が通っているようにも思えた。しかし、それだけで兄を疑うことはできなかった。


 グレイスはさらに声を潜める。


「それに、もう一つ気になる話があるの。父上の友人のボージン卿、いるでしょ?」


「うん。」


「晩餐会が終わった直後に、誰よりも早く帰られたそうよ。」


「そうなの?」


「そう。知ってると思うけど、ボージン卿はサラマン兄上の名付け親でもあるし、赤ん坊の頃からずっと可愛がっていたわ。」


「ボージン卿が黒幕だって言うの?」


「どうして? 父上とは昔からの友人なのに。」


 ベルは信じられないという表情で尋ねた。


「彼は父上を憎んでいたのよ。国王へ上り詰めるための土台として利用され続けたことをね。影響力だけで言えば、ボージン卿はサラマン兄上以上よ。もし彼が後ろ盾になっているとしたら、辻褄は合うと思わない?」


 グレイスの話は、あくまで推測にすぎなかった。


 しかし、国王暗殺という未曽有の事件は、王族同士が互いを疑うほど深い亀裂を生み始めていた。


国王バーザスは、世間に対して「オリペン記念病院へ入院中」と公表された。国王暗殺という事実が公になれば、王国全土が混乱に陥ることは避けられない。サラマンをはじめとする首脳部は、事件を秘匿したまま捜査を進める方針を取っていた。


 一方で、銃撃現場に居合わせながら唯一生き残ったベルにも、疑いの目が向けられていた。王族であることから公然と疑われることはなかったものの、一部の幹部たちはベルの証言を慎重に精査していた。


 その頃、ロッコ卿を乗せた治安当局の公用車は、王都エルドラムの大通りを猛スピードで走っていた。一刻も早く王城へ到着するため、運転手は速度を落とさず交差点へ進入する。


 その瞬間だった。


 十字路から大型トラックが猛然と飛び出し、公用車の側面へ激突した。凄まじい衝撃音とともに公用車は大きく横転し、道路上を滑って停止する。


 間もなく、トラックの運転席から一人の男が降り立った。


 横転した公用車のフロントガラスへ向けて男はためらうことなく呪文を撃った。無数の閃光が車内へ撃ち込まれ、運転手とロッコ卿の身体を容赦なく貫いた。


 二人は全身を血に染め、その場で絶命した。男は、近くで待機していた別の車へ乗り込み、そのまま現場を走り去っていった。


 治安当局局長ロッコ卿を乗せた公用車襲撃事件について、複数の目撃者が証言した。目撃証言によると、襲撃した男は王国親衛隊の制服を着用していたという。さらに王国経済新聞もこの事件を大きく報じ、親衛隊、ひいては第一皇子サラマンの関与を疑う記事を掲載する。


 こうした状況を受け、最高評議会議長のマイヤス卿は声明を発表した。


「近いうちに、サラマンに対する調査委員会を設置する。」


 最高評議会は王国の行政を監督する最高機関であり、その議長であるマイヤス卿の決定は王国中へ大きな波紋を広げた。


 一方、親衛隊は目撃証言を全面的に否定する。


「親衛隊員が関与した事実は一切ない。制服を着ていたという証言だけで親衛隊と断定することはできない。」


 親衛隊は声明を発表し、疑惑を強く否定した。


 しかし、疑念は収まるどころか、ますます王国中へ広がっていく。事態を重く見たマイヤス卿は、王都エルドラムの治安維持を理由に戒厳令の発令を宣言。


 その指揮は侵攻軍司令官のミラルダが執ることとなり、部隊が次々と王都へ進駐していく。防衛軍司令官ロイは軍の投入に強く反対した。王国軍の中枢でさえ意見が割れ始め、ノワール王国はバーザス暗殺事件をきっかけに、政治と軍事の両面で深刻な混乱へと陥っていく。


 その夜、王都には静かに大雪が降り始めた。白く降り積もる雪は、混迷を深めるエルドラムを覆い隠すかのように、音もなく降り続けていた。

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