第2話 消えた積荷札束
夜の王都港は、昼の喧騒が嘘みたいに静かだった。
私は保管箱の底板を指先でなぞる。北海便の札束が置かれていた場所だけ、薄い塩埃が切れていた。今日盗まれたのではない。もっと前から、計画的に抜かれていたのだ。
港帳庫から入港記録簿を引き抜く。北海灯台港向けの救恤麦は六十束。帳簿上はすべて正規検印済み。だが今朝の埠頭に並んでいた麦札の半分は、潮をくぐっていない乾いた札だった。
「まだそんなことをしているのか」
振り返ると、ヴィクトルが戸口にいた。
「照合札束が消えています」
「探し物なら明日にしろ。艦隊契約前だ。これ以上、セリーヌに恥をかかせるな」
「恥をかくのは偽物の麦を送られる北海です」
私が帳簿を差し出しても、彼は読む気すら見せなかった。
「君は昔からそうだ。人の顔色より札と印を優先する」
「それが仕事です」
その瞬間、扉が大きく開いた。港務局長、義母のベアトリス、セリーヌ、そして書記官たちがそろって入ってくる。集まるのが早すぎる。誰かが、私がここへ来ると知って待っていたのだ。
「エミリア」
局長は咳払いをした。
「君の監査席を外し、北海灯台港への臨時離任を命じる。消えた救恤麦の責任は、照合札を管理していた監査官にある」
一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。
「北海へ?」
「灯台港は人手不足だ。君の得意な帳面仕事にはちょうどいい」
セリーヌが申し訳なさそうな顔を作る。
「お義姉様、王都は少しお休みになった方がよろしいですわ。ヴィクトルお義兄様も、その方が穏便だって」
ヴィクトルは静かに言った。
「しばらく距離を置こう、エミリア。君は今、冷静じゃない」
その口ぶりで、全部つながった。消えた札束。偽物の麦札。検印席の交代。そして異様に整った離任命令。
私は机上に残っていた、青い染料の付着した札紐の切れ端を指で摘まむ。
「わかりました。行きます」
泣きも怒鳴りもしなかったからか、皆が少し驚いた顔をした。
けれど私の中では、別の感情が静かに立ち上がっていた。
私はこの紐を覚えている。
そして潮は、嘘より長く跡を残す。




