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第1話 奪われた王都港の検印席

 王都港では、春の艦隊契約前に誰が検印台へ立つかで、その年の港務局の顔が決まる。


 入港札の穴位置、積荷縄の色、救恤麦の荷札番号、潮位表との突き合わせ。三十四歳になった今も、私は海を眺める前に帳面の整合を見てしまう。十年間、港湾荷札監査官としてそう生きてきた。


「今年の検印役は、セリーヌが務める」


 夫のヴィクトル・ハイネが、波よりも軽い口調で言った。


 隣には義妹のセリーヌが立っている。二十九歳。白い手袋に真珠色の帽子、港の潮風すら自分を飾るために吹いていると思っていそうな顔で微笑んでいた。


「お義姉様は倉庫で帳面を見ている方が似合いますもの。検印台は、人前でやわらかく笑える人が立つべきでしょう?」


「検印は笑顔で通すものではありません」


 私は埠頭に積まれた救恤麦の札へ目を向けた。北海向けの麦札なのに、塩印の位置が浅い。王都港の正規札なら海霧で一度湿らせた跡が残るのに、目の前の札は乾きすぎていた。


「この麦札、誰が切りましたか」


 私が問うと、セリーヌは首をかしげる。


「港の人が用意したのでしょう? 細かいことまで気にしていたら、お仕事ってつまらなくなりますわ」


 違う。札穴の縁に残る繊維だけでわかる。これは王都港の麻縄ではなく、南倉庫で密かに流れる安い亜麻紐だ。


 私は反射的に自分の卓へ戻り、保管箱を開いた。だが、照合用の積荷札束のうち北海便の一冊だけが消えていた。


「……誰か、この箱を開けましたね」


 ヴィクトルは視線を逸らし、セリーヌは白い手袋の指先で帽子の縁を撫でた。


「また帳面ですか、エミリア」


 ヴィクトルの声は、私をたしなめるときだけ妙に優しい。


「契約前日に場を乱さないでくれ。セリーヌが不安になる」


「不安になるべきは義妹ではなく港です。この札は正規品ではありません」


「まあ、怖い」


 セリーヌが小さく息をつく。


「お義姉様ったら、倉庫の鼠みたい。暗いところで札ばかり見ているから、人前に立つ人を妬んでしまうのね」


 倉庫の鼠。その言葉より、潮の匂いに混じった安い亜麻紐の匂いの方が、私にはずっと冷たかった。


 誰かが麦札をすり替えた。


 そして、その誰かは今、検印台の前で平然と笑っている。


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