第3話 北海灯台港への離任命令
北海へ向かう船便は、王都港の飾った匂いを二日で吹き飛ばした。
甲板に出れば、冷たい潮と錆びた鉄と魚油の匂いが肺へ入ってくる。王都では無骨だと嫌われたその匂いが、今は妙にまっすぐだった。
北海灯台港に着くと、最初に見えたのは白い灯台と、半分閉ざされた倉庫群だった。荷は少なく、桟橋の板は波に削られ、港としての息が浅い。
「王都から来た監査官か」
低い声に振り返ると、黒い外套の男が立っていた。海運伯ライナー・ノルトハーフェン。三十七歳。飾り気のない立ち姿は、冬の海をそのまま人の形にしたみたいに静かで強い。
「エミリア・クラウゼです」
「顔色は悪くないな。王都で壊れて来た人間は、もっと浅い息をする」
歓迎としては乱暴だったが、不思議と腹は立たなかった。
彼は埠頭脇の台に置かれていた一枚の紙を私へ差し出した。今日の潮見表だった。細かな時刻と潮位が、癖のない字で書かれている。
「港を歩く前に、ここではこれが一番役に立つ」
「ありがとうございます」
「礼は要らない。灯台油が減り、救恤麦も届かず、荷札も狂っている。立て直せるなら支援する。無理なら、その判断も記録に残せ」
彼はそう言って先に歩き出した。
倉庫前では、港番頭のマルガレーテが腕を組んで待っていた。四十代半ば、潮焼けした手に、長年ここを回してきた強さが刻まれている。
「宮廷帰りの帳面さんかい。ここじゃ紙より潮の方が先に動くよ」
「その潮と帳面がずれている理由を知りたいんです」
灯台油庫、救恤倉、旧船着場。歩くほど異常が見えた。空になった麦棚、封を切られた油樽、荒縄の色が揃わない荷札。王都で見た青染めの札紐と同じものも、倉庫の隅に落ちている。
左遷先としては、あまりに都合がよすぎた。
私は潮見表を折りたたみ、胸元へしまう。
ここは終わった港ではない。
嘘の流れが着く先そのものだ。




