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罪人バルナバス《3》

 カールハインツの処刑を母上の代わりに見届けたい。

 そう希望を出したら、あっさりと認められた。ただ、隣接する建物内からの見学という形だった。処刑は非公開で立ち会うのは近衛総隊と宰相代理、そしてムスタファ。それだけだという。私は魔術師ヒュッポネンが作った、一時的に魔力を封じ込められる手枷を付けられ、彼と十二人もの近衛兵に周囲を固められて幽閉部屋を出た。処刑が早朝ということもあって、まだ日が昇る前だった。


 護送馬車に乗せられ連れて行かれたのは、近衛府だった。中庭には鍛錬場があり、そこで処刑を行うらしい。ぐるりに建物があるから非公開で行うにはちょうどいい。

 ヒュッポネンは外で待機とのことで私と監視の近衛だけが中に入る。


 隊員のほとんどが既に中庭に集まっているようで廊下には人気ひとけがなく、代わりに窓外に彼らの姿が見えた。私には気配を消す魔法でも掛けられているのか、こちらを気にする者はいない。私は王子なのにという悔しさと、手枷を見られなくて済むことへの安堵がないまぜになる。


 私に用意された場所は三階の一隅で、鍛錬場の中心がよく見えた。階段を上っている間に到着したのだろう。こちらに背を向けたムスタファとエルノー公爵の姿が見える。ムスタファの傍らには従者のヨナスがいるが、他に近衛兵以外の姿はない。徹底的に秘匿するつもりのようだ。


 それなのに何故、私を許可したのだろう。


 待つことなく、両手を背中側で縛られたカールハインツが連れてこられた。私服だ。しかも黒くない。表情は無いが真っ直ぐに前を見つめ堂々としている。卑屈さもなければ敗者の惨めさもない。かつての仲間や部下の前で犯罪者として連行されているというのに。なにを考えているのかはわからないが、フェリクス風に言うならば、近衛隊長としての矜持ゆえかもしれない。


 カールハインツが地面に膝をつく。


 すぐそばにロッツェが立っている。頬はこけ、蒼白だ。彼のほうがよほど処刑直前に見える。親友だと思っていた男の裏の顔が堪えているのだろう。


 エルノー公爵が巻紙を広げて、カールハインツ・シュヴァルツの罪状を読み上げている。ムスタファがどんな顔をしているかはわからない。カールハインツは変わらず無表情でロッツェは必死に平静を取り繕っているように見える。


 やがてカールハインツが上半身を前に倒した。ロッツェが近寄り、剣を抜く。


「まさか! おい、あれはあまりに非道ではないか! ロッツェが可哀想だ!」思わず声をあげる。

「ロッツェ副官たっての希望で、ムスタファ殿下がご許可なさいました」

「本人が!?」


 ロッツェが剣を振り上げる。


 一瞬にして処刑が終わった。


 ロッツェがムスタファに最敬礼をし、ムスタファはよく通る声で

「見事な一刀だった。褒めて遣わす」

 と労った。

 簡素な担架がやってきて、カールハインツの遺体を載せる。担ぎ手はみな彼の隊の者だ。

 作業が手早く終わると、担架はロッツェと共に中庭を出て行った。


 ムスタファが傍らの小さな段に上り、近衛兵を見渡した。

「近衛総隊は王を守るために作られたものだ。仲間を処刑するための組織ではない」朗々とした声が中庭に響き渡り、近衛兵は微動だにせずムスタファに注目している。「このようなことが二度と起こらないよう、私は王族の一員として尽力する。近衛兵総員も、隊員心得を思い出し今一度身を律してほしい。お前たちはみな、近衛兵に相応しい人材として選ばれ、ここに立っているのだ。そのことをけっして忘れてはならない」


 近衛連隊長が

「ムスタファ王子殿下に敬礼っ!」

 と号令をかける。一糸乱れぬ動きで一斉に礼をする近衛たち。

 ムスタファはそれに片手を上げ応えてから、踵を返し威厳ある所作で中庭をあとにした。


「ロッツェ副官は」と近衛の誰かが口を開いた。「シュヴァルツ元隊長の犯罪に気づかなかった責任を取ったのです」

「……見事な処刑だった」

 別の誰かのかすかな呟き。


 中庭では近衛総隊長の話が始まった。

「今のうちに戻ります」

 そう促されて窓辺を離れる。



 母上の代わりにとの思いで処刑に立ち会った。だが思いもよらないものを見せつけられてしまった。あのムスタファにあれほどの貫禄があろうとは。

 それに比べ――

 手元に意識が行く。


 私は手枷をつけられた敗者だ。




 ◇◇


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