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よくある転プレもの  作者: 場東柿生
第二章 「償いしたい系主人公」
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主人公が変わるというテンプレ

「出ろ。釈放だ」



 無感情に開放を告げられた。



 今日で一年だ。すごく早く過ぎていったように感じた。



 一年も過ごしたのに、この独房になんの感慨も抱いていなかった。それよりも、もう出てもいいのか、という疑問のほうが強かった。



 監視員に連れられ、外に出る。なんの手続きもない。こんな簡単に出れていいものだろうか。



 一応、宿に三日は泊まれるくらいのお金を渡され、私は釈放された。



 これから、どうすればいいのだろう。



 家族はいない。友達もいない。あるのは自分の服と、すずめの涙ほどのお金。



 後ろを振り返っても、なんの感情も見せない監視員がいるだけ。



 しかしいつまでも、ここに留まっているわけにはいかない。



 監視員に「お世話になりました」とだけ言い、私は歩き始めた。




×




 殺人を犯したものが一年で出れてしまう理由を、私はこの一年の間に知った。法律作成に携わっていた女の人が、同じ牢だったのだ。



 なんでもその人は、王が勝手に決めた法律に意義を唱えたから、捕まったらしい。



 二人以下殺しをした者は、出たとしても生きていけない。



 人権がなくなってしまうからだそうだ。



 例えば人に物を盗まれたとき、その被害を役所にいる警備員に申し出ても、それは黙殺される。



 この顔の真ん中にある無残な彫り物が邪魔をするらしい。



 この『ばつ印』がアイツの顔に彫られていたとき、疑問に思ったのだ。なぜ牢屋に入っていた人間が刺青をほれるのだと。



 その疑問は私が牢に入った初日に解消された。



 同じ独房の人はほとんど、ばつ印を彫られていた。



 無論、私もそうなった。



 しかし、この印。『罰印』とでもいいたいのだろうか。



 なんでも、この彫り物は業の重さを表しているらしい。



 でも、たとえ人権がなくなったとしても、私は生きている。



 だから、あの時の疑問は消えそうにない。



 なぜ、人を殺した人間に、生きる権利が残されている?




×




 パンを買った。冷たい壁にもたれかかる。別に腹が減っていたわけではないのに、なぜ自分はパンをかじっているのだろう。



 この大きな大きな『ばつ印』は、どうやらこの町の人間には周知のことらしく、刺すような目線が気になった。



 だから路地に入った。逃げるように、怯えながら。



 惨めだ。



 自分が殺したかったから、あの人の頼みを受けたのに、後悔している自分がいることが、惨めで、悔しくて、醜かった。



 適当にパンをかじっていると、何かが、来た。



 予想はついた。そうだ、どうせそうだろうと思っていた。そうならない訳がない。アイツと同じような、末路をたどらない訳がない。



 すっと入ってきた影が、自分の顔に触れる。影のある方向に顔を向けると、女の人が立っていた。



 手には、ナイフを持っていた。



 顔は、ひどく悲しそうな、苦しそうな、あの人のような顔だった。



「私のことを、覚えている?」



 もちろん、忘れるはずがない。忘れていいわけない。



「もちろん……覚えています。たしか、アイツの、親御さん、ですよね……」



 涙を流して訴えかけていた光景が、よみがえった。なんで、あの子を殺したのと、泣き叫んでいた。



 この人が、自分と重なった。 



「なにをしに来たんですか? まさか、謝ってほしいなんて言うわけじゃありませんよね? だとしたら、お笑いです。自分みたいなゴミの言葉のどこに、信憑性があるんですか?」



 挑発するようにいった。



「ええ、もう一度、謝らせてやろうと思って来たの。形だけでもやってもらえれば……私は、あなたを許せるかもしれないから」 



 あの時の自分と同じだ。



 でも、置かれている状況がかなり違った。



「それはそれは……ひどいお笑いだ。まあ、いいです。それで満足するのなら、いくらでも謝ります」



 そういって立ち上がり、腰を曲げる。



「すみませんでした」



 ――喉を蹴られた。咳き込み、涙目になった。



「死んで」



 もう一度、喉を蹴られた。今度は、涙が出た。



「なんで」



 声が低くなった。喉をまた蹴られ、咳が、止まらない。



「なんで……」



 ひどく、悲しい声だった。



「なんで、あなたが生きてるの!」



 蹴られたのは喉ではなく、顔だった。



「なんで、って。お笑いだ。そんなの、答えはすでに出ているじゃないですか」



 しりもちを搗きながら、笑って言った。鼻血が垂れて、口に入ってきた。



 そう、答えは出ている。



「そんなの、生きたいからに、きまってる」



 自分は、自分のことが、アイツより、ほかの誰より、嫌いだ。



 鼻血を垂らしながらいった。



 彼女は、ゆっくり近づいて、馬乗りした。



 ナイフを胸に刺そうとしているのだろう。



「なにか、言い残すことはある? あなたの家族に、伝えておくから」



 家族なんて、もういない。



 でも、言おう。



 だれに向けるのかなんて、自分もわからない。



 だとしても、これだけは言いたかった。



 息を吸った。喉と顔がジンジン痛かった。




「ありがとう、ございます」




 虚ろに開く目で、彼女を見た。



 ――やっぱり、そうだ。そうなるのだ。そういう、顔になる。あの人と同じ、感情が全てごちゃ混ぜの、そういう顔になる。



 その事実を再確認して、目を閉じた。



 でも、いつまで待ってもナイフは落ちてこない。



 体にかけられていた体重が、ふっと消えた。



 目を開けると、彼女は、無表情で、こう言った。



「もう、いいわ。あなたの望むことをやってしまったら、もう復讐じゃないから」



 唖然として、彼女を仰ぎ見た。



「死にたいと思っているあなたを殺しても、私にメリットなんてない」



 気づかれていた。自分の思惑を知られていた。



「始めから、おかしいと思ったのよ。面会のときはあれだけ真摯に謝っていたあなたが、あんな言動を取るなんて。でも、私に殺してほしいと思っていたのなら、あの下手な演技にも納得がいくわ」



 図星だった。あの演技は、自分の一世一代の大演技だった。



「だから、私はあなたを殺さない。死にたいと思うあなたを殺しても、意味なんてない。一生、生きることにもがき苦しみ、最後の最期まで、傷ついて、傷ついて、死ねばいい」




×




 何も考えず、俯いて歩いていた。



 道行く人から恵んでもらえたのは、汚い身なりの自分への嘲笑、罵倒の声だけだった。



 何度でも、言えた。



 自分は、惨めだ。



 自分の故郷に行っても、意味はない。身寄りのない自分は、邪魔者あつかいされるだけだ。



 だからといって、なんで自分は、あの人の家に向かっている?



 この期に及んで、あの人に頼ろうというのだろうか。



 その醜さをわかっていたが、足は止められなかった。ただ、慰めてほしかった。優しい言葉を、かけてほしかった。


 

 そしてそれは、誰でもよかった。



 ここに来てようやく、なぜ自分に生きる権利が残されているのかを理解した。



 それはきっと、この世が地獄だからだ。



 二人以下殺しをした者は、その罪を背負って生きていく。



 三人以上殺しをした者は、その罪を背負わず死ぬ。三人以上殺しをしたら、また人を殺す危険性があるから死ねるのだろう。



 羨ましいなと、少しだけ思った。



 そうしているうちに、あの人の家にたどり着いた。



 レンガ造りの、頑丈そうな家だ。周りは草原で囲まれていて、庭に一本の木が植えられていた。



 ドアをノックした。返事はない。



 おかしいと思った。空は曇っていて、少し暗いがまだ昼だ。どこかに出かけているのだろうか。



 あの人は、自分の本業は鍛冶屋だといっていたから、中で仕事をしていると思ったのに。



 もう、なにかをする気にならなかった。



 死にたい。



 今まで、一度も思ったことのないそれが、芽生え始めた。



 どうにでもなればいいと、レンガのざらざらした壁にもたれかかった。



 ほんのり暖かい壁だけが、自分を癒してくれた。




×




「おーい、起きろ。こんなところで寝るのはよくない。早く家に帰りな」



 寝ぼけ眼で当たりを見回すと、きれいな夕焼けが見えた。



「すいませんでした。……あの、ここに住んでる人はもう帰ってきたんですか?」



 この人は、自分と話していてもなんの抵抗も示さなかったから、この彫り物のことを知らないのか、それとも気づいているのに気にしていないのか、どちらかだろう。



「ここに住んでる人って、ああ、アイツのことか……。あの図々しいガキだろ?」



 あの図々しいガキ。あの人のことを言っているのだろうが、そんな姿は想像が付かなかった。



「多分そうだと……思います」



 男は、一呼吸置いて、遠い目をした。




「アイツなら、死んだ」




 ……理解が、及ばない。



 意味不明だ。なぜそうなるんだ。なんで、どうしてあの人だけ――。



「あの、なんで、あの人は……」



「さあな。最後に会ったのは、アイツが死ぬ二日前だが、おかしい様子はなかった。つっても傍から見れば、アイツはやばい野郎だったのかも知れないがな。アイツが働いていたとこの、スミフって言う爺さんが死んでから、変わっちまったからな」



 理解は、できた。でも、どうしても、理由を知りたかった。なんで、あの人は、死んでしまったのだろう。



「そういや、アイツ書置きを残して逝ったんだが、見るかい?」



「書置き……」



 目の前に差し出されたそれを、手に取った。



×



 ――――。



×




「お返しします」



「別に返さなくてもいい。アンタに向けてアイツは書いたんだろうし。少し中身を見たけどよ、ありゃあ、女に向けて書いたものだとすぐにわかったぜ。謝っていたしな。男が謝る時は、たいてい女が関係してるもんだ。浮気とかな」



 男は「悪い、冗談だ」と言って頭を掻いた。



「そうだったとしても、自分がもっていても、しょうがないです」



 目の前の男は、まあいらねえなら仕方ない、と言ってポケットに乱雑に入れた。



「あの、お墓はないんですか。あるなら、お墓参りだけでもしたいです」



「それがなあ、アイツは、ここの家で死ななかったんだよな。書置きだけ残されて、中には自殺の痕跡は残されていなかった。当然死体もないから、墓は形だけしか作ってないけど、それでもしていくかい?」



「あの、なら生きてるかもしれないんですか?」



「……それはないだろうな。あんな遺書を書いたやつが、死なないわけない」



 俯いて「そうですか……」と言った。  



「しかし、なんで死んじまったのかね。あれでも、一時期は鍛冶屋の後継ぎになろうと頑張ってたのになあ……」



「あの、ありがとうございました。おかげで、少し元気が出ました」



 全く元気なんて出ていないが、とりあえず建前を言った。



「墓参りはしなくていいのかい?」



「はい、もう、大丈夫ですから……」



 取り繕って、前を向いて言った。




×




 草原に挟まれた小道を、一人歩いている。向こうから馬車でも来たら、草原に飛び込まなければ轢かれてしまうほどに狭い。



 いっそ、轢かれてしまいたかった。


 

 でもそんなのは、逃げでしかないし、迷惑行為でしかない。



 死という救済をこの手で、誰の手も煩わせずに受ける方法が、自殺だ。


 

 でも、馬車に轢かれてしまった時点で、それは自殺ではなく他殺だ。



 だから、自分にはできない。それに、理由もなかった。



 また一つ、いまさらだが気づいた。牢屋で会った女が、この彫り物を彫られたものは生きていけないと言った理由が。



 ああでも、それでは語弊が生まれてしまう。



 正しくは、生きていけないではなく。生きたくても生きることができないだろう。



 実際そうだ。自分は生きたい。でも、それはできない。



 この刺青は、何処へ行っても自分の邪魔をするだろう。



 仕事もできない、罪を与えることもできない。



 だからみんなきっと、生きることをあきらめ、自殺してしまう。だから、あの女は、生きていけないと言ったのだろう。



 自分は、どうすればいいのだろう。



 他と同じような、陳腐な結論を出して、死という救済を受けるか。



 それとも、アイツの母親が言ったように苦しんで傷つけられて、ぼろきれのようになってから死ぬか。



 ああでも、結局どちらも同じことだ。



 生物は最後に死に、土に還る。



 それまでの行動、なにもかも全ては無駄に終わる。



 ならば、なぜ自分は生きている。



 最後には死という、不確定で、不安定で、どうしようもない絶望が待っているというのに、なぜ自分は今を生きている。



 生きたいからだ。



 でも生きることなどできない。



 ――なら、死ぬのか?



 お前の罪を償うことなく、楽な道を選び、救済を受けるというのか?



 ――違う!



 そんなの許されていいはずがない。己の罪も償わない人間が、そんな簡単に死んでいいわけがない。



 ならば、償え。償い続けろ。



 自分は、生きてやる。



 どれだけ痛めつけられて、傷ついて、死にたくなっても、自分は死なない。死んでたまるか、



 それが、自分にできる唯一の罪滅ぼしだから。



 そうだ、だから、だから自分は――――。



 大きく息を吸った。絶対に生き抜くという、確固たる意思をもって。



 ――死なない。

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