表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よくある転プレもの  作者: 場東柿生
第一章 「トラックに轢かれる系主人公」
8/16

とある鍛冶屋の内情

 こんな日には、酒に入り浸るに限る。



 あの日を思い出してしまった日。その日はいつも、眠れない。俺は強面だと自覚しているが、中身はその対極といえるだろう。



 傍から見れば、俺のこの記憶など大したものではないだろう。ただ信じていた人間から裏切られただけだ。それも何年も前に。



 大抵の人なら、傷は癒えてくる頃だ。



 しかし俺は、どうにも癒えない。



 今でもアイツの顔は思い出せる。アイツは底抜けに明るく、どこまでも飄々としていた。だからこそ、俺はアイツを信用した。その表裏のない言動を、俺は信じていた。息子のように思っていた。



 その信用がどれだけ重かったのか。問題はそこにある。俺の傷が癒えない理由は、そこにある。



 思えば、あの頃の俺は誰一人信用していなかった。今では気の合う酒場の店主も、あの頃は信じていなかった。



 だがアイツと会ったことで、俺は一時、確かに変われた。



 何かを信用したという行為が、俺の中の何かを、変えた。



 それも昔の話だが。今の俺は昔と同じ、いや、昔以上に疑心暗鬼だろう。



 だからこそ、あの敬語が使えない野郎が来た時、雑な態度を取った。



 名前はなんだったか、酒が入ったから思い出せない。かなり特徴的な名前だったと思ったが。



 あの野郎は、どこかアイツに似ている。それも雑な態度を取った原因の一つだ。俺はどうにも、アイツと似ていると判断しただけで、その人物に対して偏見を作ってしまうらしい。



 それでもわかることがある。あの野郎は、アイツと似ているだけであって、違う存在だということ。当たり前か。



 ただ、あの野郎は、アイツのように人へ取り入るのがうまいわけじゃない。これだけは確かだ。少なくとも俺の技術を盗みにきたわけではない。



 だから、今日は仕方なく家に入れたが、明日辺りに追い出すかもしれない。態度を変えなければ、少しの間家に入れておいてやろう。




×




 やけにうまい飯を作ると思った。



 いっこうに起きてこねえから無理やり叩き起こし、朝飯を作らせたのだが中々にうまい。そういえば、家事は得意だとかなんだとかいっていた。



 別に、たったこれだけで信用したわけじゃない。



 だが、もう少しだけ置いてやろう。




×




「篭絡されてんじゃねえか」



 店主が呆れ顔でいったのに対し、憤りを覚えた。



「別に、信用したわけじゃない。ただめんどうごとを押し付けてるだけだ。鍛冶関連は一切教えちゃいない。家事は教えた、じゃなくて知ってたけどな」



「お前は、優しいやつだもんなあ。ほら、三十年くらい前に一回、お見合いしたじゃねえか。あん時の相手、ひどかったよなあ」



 店主は酒が入ると、ずいぶん人が変わる。明るくなるのは、みんな同じか。



「あれか。年収が少ないからとかいう理由で俺を振った女か」



「お前の対応は見事だったぜ。何一つ怒らず、わかりましたとだけいって去ったもんな。ま、浮かんでた青筋は見なかったことにするとして」



 あれを優しいといえるのかどうか。優しいというよりは、もともと俺が身を固めるのに興味がなかっただけだが。無理やり店主の連れて行かれただけだ。だから乗り気じゃなかったし、第一あんな性悪女、こちらから願い下げだった。



「まあ、お前は優しいよ。あんな得体のしれない野郎を家に入れてやってんだから、それだけでも十分な」



 だからなんだ、優しいから、何を得れたんだ。と、思わず問いたくなる。



「なら、優しくないほうがよかったがな」



 あんな思いをするくらいなら、非情になればよかった。




×




「そういえばお前、なんだかんだいっても、鍛冶を教えたらしいじゃねえか。それに、この前一緒に酒場まで来たし。信用したのか?」



「まあ、な……」



 別に信用したわけではないがな。ただ、裏切ることはないと思った。だから疑問を投げかけた。解くかどうかはあの野郎次第だが。明らかに怪訝な顔をしていたから、どうなるかはわからないが。



 第一、この技術ならば盗まれても構わない。この技術は、常識だ。ついこの前までは、単純にあの野郎のことが嫌いだったから教えなかっただけだ。



「でも、その先は教えてねえみたいだな」



 痛いところを突かれた。



「だからなんだ。どうしようが俺の勝手だろう」



「それはお前の勝手だろうがよ。だが、私情を挟むのは違う。そうだろ?」



 反論したい気持ちをぐっと抑える。今ここで反論するのは、そうだと認めているようなものだ。



 まあ、黙っていても同じかもしれないが。沈黙は肯定ともいう。



「じゃあこうしよう。こんど、アイツをここに連れて来い。それで、お前の過去を暴露するんだ。今お前が抱えている悩み全部な。その時の対応でどうするか決めればいい」



 どうやら、肯定とみなされたらしいが、話が妙な方向へ進んでいる。



「おい、なんで俺がいわなきゃならねえんだ。別に俺は早急に解決したいわけじゃねえし、俺のやり方で教えてるだけだ」



「思い立ったが吉日。離れてくと、どんどんその気は失せていく。明日だ」



 もう反論は無理だ。コイツの頑固さは、俺が一番良く知っている。



 やる気は起きないが仕方ない。やらなけらば、コイツは永遠に付きまとってくるだろう。しかし、なぜここまでするのかわからない。



 お見合いの時もそうだった。コイツにはなんの関係もないではないか。それだけがどうしても不思議だ。



 あの野郎にそれをいって、何かが変わったところで、コイツになんの影響がある?



 まあ、いいか。どうせ俺は変わらないだろう。




×




 アイツは、俺の話を聞いた後すぐ眠りにいった。



「少し、しゃべりすぎたか?」



「いや、あれくらいでよかっただろ。で、何か変わったか?」



 別に、と答えようとして、思いとどまった。今の俺のことを、アイツは、どう思っただろう。



 意気地なしとでも思っただろう。最後にいった言葉も、きっと建前だ。本音は失望だろう。尊敬――していたかどうかは知らんが、自分の教育者がこの程度の人間だったと知って、落胆しないわけがない。



「そろそろよ、大人になったほうがいいんじゃねえの?」



 胸にずしりとくる言葉だった。傍から見れば、やはり俺は子供だろうか。



「仕事に私情挟むわ、いつまでもうだうだ過去に囚われてるわ、ガキじゃねえだろうに」



「そう……だよな」



 一つ、訊いてみたいことができた。



「なあ、俺はお前からみて、格好悪いと思うか?」



「思う」



 即答だった。予想はできていたが、意外と痛い。俺は、どうにも言葉には弱いらしい。



「なら、変わらなきゃな」



 不思議だ。変わるはずないと思っていたのに、俺は変わってしまった。そしてもっと不思議なのが、俺がそれをすんなりと受け入れていること。



「そうだ。それでいいんだ。じゃ、お前の復活を記念して、乾杯しようぜ」



 そういって、棚から酒を取り出した。



「おい、いいのか。かなり高いだろ、それ」



 店主は歯を見せて笑った。



「いいんだよ。友の出立だぜ。盛大に祝わねえと」




×




 次の日、アイツに次の工程を教えてやるといったら、ひどく不思議がられた。



 ついでにハンマーも買いに行かせた。いつも俺のお古ばかり使わせていたから、さすがに悪い。



 しかし、子供ができた時の親の心境とは、こんなものだろうかと思う。俺に子供はいないが、なんとなくこんな感じだというのはわかる。



 手に掛かる子供とかを持ったら、きっとこんな気持ちになるのだろう。



 そうだ、子供といえば、店主の親戚にもできたらしい。その子供がアイツと同じくらいの年齢になったとき、どんな接し方をすればいいのか教えるのも、おもしろいかもしれない。



 さて、仕事をするか。今日は二本仕上げねえと。




×




 そろそろ、アイツも帰って来る。



 仰向けになった。荒い息とともに、痛みをこらえる声が漏れた。



 運が悪りいな、ちくしょう。



 くそったれが。これからだったってのに。どうにも、俺は運が悪りい。もしかすると俺は、こういう星の下に生まれたのかもしれない。



 多分、あの野郎は、今朝の一面に載ってた野郎だ。くそ、自分には関係がないと思っていた俺を殴りたい。



 何度もぶっ刺しやがって。くそ、もう声も出ねえ。



 確かな声で、ちくしょうと叫んでやりたいのに、出てきたのは枯れた声ともいえぬ声。



 こめかみ辺りが濡れるのを感じた。涙か、それとも血溜まりがここまで広がったのか、どちらかはわからない。



 血が逆流してきた。口の中に鉄の味が広がる。



 不思議と、怒りはない。ただただ、後悔の念だけが、そこにあった。



 なぜ、もっと早くアイツに教えてやれなかったと、これからアイツはどうするんだと、自分を責めた。



 視界が、思考が、だんだんと狭まっていくのを感じた。



 死が、近づいている。



 血を吐いた。もう、駄目だ。



 どうせ届かないが、これだけは、いっておこう。



 すまない。本当に、すまない。



 そして全てが、暗転した。



 最後に、何かが落ちる音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ