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よくある転プレもの  作者: 場東柿生
第一章 「トラックに轢かれる系主人公」
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主人公が無双するというテンプレ

『いつもの』朝がきた。



 ベッドから起きると俺は、必ず顔を洗う。頭は働かないが、顔を洗うことは習慣化されているから、真っ先に水場へ向かった。



 顔を洗ったら、伸びをした。普段はしないことだ。



 俺はきっと、緊張している。それはそのはず。今日は特別な日だ。



 ずっと待ち望んでいた日が来た、はずなのに緊張しているのはなぜだろうか。

 普通、待ち望んでいた日、例えば誕生日のような日なら、緊張など全くせず、むしろ今日という日は人生で最高の日になる、なんて思ったりして、高揚するものなのではないか。

 


 いや、愚問だったな。そもそも俺は普通ではないだろうし、なにより例えが悪かった。



 今日という日は、誕生日なんていうどうでもいい日とは、比べることもできない日のはずだ。



 やはり、朝は頭が働かない。




×




 アイツが、出てきた。



 万感の思い。最早、恋慕にも匹敵するんじゃないかというぐらいに、純然な殺意を抱いていた。ようやく、これが終われば殺せるのだと、気持ちが昂ぶる。 



 深呼吸をして、落ち着く努力をする。が、落ち着ける気は全然しなかった。



 人通りの多い街中を、アイツは警戒など全くしておらず、軽い足取りで歩いていた。少しは警戒してもいいだろうに。



 きっと、罪悪感を肩に着いた髪の毛ぐらいにしか感じていないからだろう。人を殺すことを、ゴミをゴミ箱に入れることと同じことだと言っていたから。



 客観的に見ても、やっぱりゴミだよな。俺も、アイツも。



 アイツが路地にでも入ってくれたらやりやすいが、その気配はない。それどころか、保釈金で買い物をしていた。



 俺たちに謝るだとか、スミフさんたちの墓に行くとかをする気配は全くない。ただ知らないだけかもしれないが。



 ――しょうがない。と、メイさんに合図をした。



 同じ被害者遺族とはいっても、等しくアイツに殺意を抱いているかといえばそうじゃない。でも、あの人も俺と同じだったらしい。



 だから、復讐を手伝ってほしいと伝えたとき、即答してくれた。



 いや、俺のは殺意で、メイさんは復讐心か。同じふうに捉えてしまうのは、メイさんに失礼だ。



 メイさんがパンをかじるアイツに近づいていく。アイツが気づいて、少し驚いた様子を見せた。そして、笑った。



 メイさんがなにかいった。アイツはそれを聞いて、ひどくいやな笑みを浮かべた。



 メイさんが予定通りアイツを路地に連れ込んだ。全てが予定通りだった。




×




「お前もしつこいよなあ。だから過ぎちまったことは忘れようぜ。なあ?」



 こいつは、一年前となに一つ変わっていなかった。変わったことがあるとすれば、顔に彫り物ができていることぐらいだろうか。



 思わず、ポケットに隠したナイフで刺しそうになった。おばあちゃんとおんなじ苦しみを与えてやりたかった。



「おいおい、黙るなよ。なんのために俺をここに連れてきたんだ? まさか、その貧弱な腕で俺を殺す気か? だとしたらお笑いだぜ」



 なんとか声を絞り出そうと、つばを飲み込んだ。



「……まって、謝って。おばあちゃんとあの人のおじいさんに」



 震える声で、なんとか絞り出した。




「やだ」 




 たった一言、そこに伴ってほしい感情がなくてもよかった。ただ一言、謝ってくれればそれで私はよかった。許せたかもしれなかった。



「いやに決まってんだろ? そんなことよ。というか、俺がそれをいったところで『後悔』っていう感情はないことぐらいわかってるだろ?」



 なんとか言葉を――と、思うのに、なにも思いつかなかった。



「というか、お前は馬鹿だよなあ。婆を殺したときも、ただ泣いているだけだったしよ。お前のほうが価値がないかもなあ。いまやっちまおうか?」



 私の首に手が触れた。



「抵抗しねえんだな。やっぱ、お前もゴミだわ」




×




 ちょうどよく、腕を切り落としやすくしてくれたので、腕めがけて、斧を振り下ろした。



 いや、振り下ろしたというのは少し違うかもしれない。高いところから落ちた勢いを利用して、斧を落としただけだ。



 しかし、それでも切り落とすことには成功した。



 さっきアイツが言っていたことを思い出した。



 メイさんの価値を、コイツはゴミと同等と言った。



 なら、泣けもしない俺の価値は?



 いつも通り、この問いに答えてくれる人はいない。



 でも今日は違うらしく、目の前に答えがあった。



 血が噴水のように出た。メイさんにかかった。



 ――俺とコイツは、生ゴミ。畑の肥料にも使えないレベルに腐りきった、ゴミだ。



 アイツが絶叫した。瞬時にさるぐつわをして、声を出させないようにした。



 アイツが血走った目で、腹を蹴ってきた。



 鍛えたからか、たいして痛くもない。一応、薪割りの効果はあったらしい。



 お返しに腹を殴ってやると、アイツは嘔吐した。まだパンが消化されていない。少し俺にもかかったので、膝をついて咳き込むアイツの喉を蹴っ飛ばしてやった。



「あの、あとは……お願いします」



 血だらけになったメイさんが、俺に頼んだ。本当に悪いことをした。一応自覚はあったが、そのくらいにしか思わなかった。



 アイツが、目の前にいた。仰向けになって、なにかを懇願するように、俺を見てきた。



 斧を振り上げる。



 もちろん、腹めがけて。



 何日待った?



 何度、コイツを思い浮かべて薪を割った?



 まるで、恋が成就したときかのような感情だ。



 アイツが、涙を浮かべて、俺に訴えかけるように手を伸ばした。



 それを払いのけるように、言った。



「――死ねよ」



 俺の一世一代の告白だった。



 下手な言葉を並べるくらいなら、単刀直入に言うのが一番だ。



 淀んだ血が、辺りを真っ赤に染め上げた。




×




「これから、どうするんですか?」



 答えは決まっている。それをだれかに言う気はないけれども。



「適当に生きる……だろうな。自首するのもいいだろうし、このまま罪を忘れて生きるのも、俺の自由だろうし」



 一つ、嘘をついた。



 あのあと、現場はそのままにして逃げた。俺たちは血だらけだったから、持ってきた服に着替えて、とりあえず俺の家で休憩をしている。



 現場はもう見つかっているころだろうが、ここからアイツを殺した町まではかなりの距離がある。アイツが殺されたら、真っ先に警察は俺たちを疑うだろうが、もうあの服は燃やしたし、凶器も捨てた。



 メイさんは顔を見られていたかも知れないが、眼鏡をかけて、その上フードも被っていた。そして目立たないように路地に入ったのだから、メイさんの顔を覚えている人はかなり少ないだろう。



「私は、自首します。人を一人殺したのに、罪をかぶらないなんて間違ってると思いますし。……なにより、あの人と同じようになるのはいやだから」



 俺は、「そうか」としかいえなかった。



「それじゃあ、お元気で。また会えるかは、わかりませんけど」



 そう言って、メイさんは去っていった。



 ――もう会うことはない、という台詞は、外に出る前に止めた。




×




 俺はゴミである。



 そう最後に綴って、筆を置いた。



 人殺しをして、その罪すら殺して、そしてのうのうと生きる、なんていう嘘をついた。



 俺は今日死ぬ。



 一年前、俺を支配した思いは、今も消えずに残っている。



『アイツを殺したあと、俺も死ぬ』。なんていう、心中のような思い。



 アイツ風に言うなら、『ゴミをゴミ箱に入れた後、自分もその中に入る』だろうか。



 我ながらイカれた思考だ。



 死ぬことに理由なんていらないと思うが、あえて理由をつけるならば、ずっと死にたかったから、だろう。



 俺は、ずっと前から、この世界に来る前から、友達が自殺する前から、死にたかった。でも死ねずに、死ぬに値する理由を見つけられなかったから、生きてきた。



 そして、自分を殺せる都合のいい理由を見つけた俺は、あの日死んだ。



 猫を救う為、なんていう嘘をついて。



 俺は、表面上は猫を救うなんて嘯いていた。でも結局は自分を救う為なのだ。



 猫を救って、俺は死ぬ。



 そんな外面はひどく綺麗で、でも中身は醜悪な、偽善を理由にして、死んだ。



 しかしなぜか死んでいなくて、ここで生きている。



 たしかにスミフさんに会って、人と関わって、俺は変われた。あの日この世界に来て、少しの希望を持った。



 でも、その希望は砕かれた。



 そして今日、アイツを殺し、俺を殺せる理由を手に入れた。



 人殺しの罪は、向こうの世界じゃ死刑ものだ。だから、自分の手で罪を与え、自分の手で罰を与える。



 でもその罰は、俺にとって有益なもの。



 死という救いが与えられるもの。 



 本当はわかってる。



 俺はもう、死んでいるんだ。



 生きものとして生きていても、俺は人として死んでいる。



 だって、馬鹿の一つ覚えみたいに、いつもいつも死にたいなんていって、でも理由がないから死なない。



 こんな人間、死んでるも同然だ。



 俺は何回も死んでいる。



 死にたいと思った回数分だけ、俺は死んでいる。



 だとしても、何回でも俺は死ぬ。



 この思いはテンプレものでも、飽きていても、俺は今日死ぬ。



 もう後にはひけなかった。



 ドアを開けて、冷たい風が吹く世界に、飛び出した。

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