主人公は気持ちさえあればなんとかなるというテンプレ
体を鍛えることにした。
それを店主に告げた時、復讐なんてやめたほうがいい、なんて顔をされた。
「……復讐なんてやめたほうがいい。そんなものなにも生まないし、スミフも望んじゃいない」
知っている。そんなのは最初から知っている。
「知ってるさ。あの人はそんなこと望んじゃいないし、復讐は何も生まない――わけがない。復讐はなにかを生んでいくし、あの人が本当にどう思っているのかなんて、どうやっても憶測の域をでない」
そうだ。復讐はなにかを生む。
でも俺がすることは、俺にとって後悔と徒労感を生むわけではないと思ったから、決めたことだ。
「一つ聞くが、なんで俺にそれをいいに来た? 俺は体を鍛えているわけでもない。お前にしてやれることはなにもないぞ」
「別に、なにかしてもらいたくてここに来たわけじゃない。ただ、誰かに吐き出したかった」
会話が止まる。もともと誰もいない店内が、いっそう静寂に包まれた気がした。
「悪い。水だけだからこれだけ、置いてく」
気まずくなったから、そういってお金、銅貨一枚を置いた。日本で言うところの、百円くらいだ。
「……俺にできることなんてないけど、なにか手伝えることがあったら、なんでも言えよ。できるかぎりのことはする」
この人は、本当にいい人だ。
でも、振り返る気は全くなかった。
あの日――加害者とあった日から、たった一つの思いが俺を支配している。
俺はそれを、受け入れていた。
×
くしゃみをした。秋だからか、少し肌寒い。
裸になれば、冬かと思うほど寒い。そんな中、鏡に映る自分を見て思った。
――ヒョロすぎだろ。
大の男が、俺の手を折ろうとしたら簡単に、それこそ枝でも折るようにポッキリ折られてしまうだろう。
それほどに俺は痩せていた。
でも、俺は身内以外には腕相撲で負けたことはなかった。単に対戦経験がないだけかもしれないが、部活をやっているやつに勝ったこともある。将棋部だけど。
とにかく、筋トレはやれば一応結果が出る、らしいからやることにした。でも問題がありすぎる。
まず食料。これだけははずせない。それと睡眠も。
だから、とにかくお金が必要だ。だから働き口を探しているが、都合のよい仕事はまだ見つかっていない。
×
薪割りの仕事に就くことにした。
鍛冶の仕事をやろうにも、ノウハウを最初のほうしか教わっていないから、やりたくてもできやしない。
別の鍛冶屋に修行に行くなんて手もあるかもしれない。でも、近隣の鍛冶屋は一つしかない。そこに行くのはどうしてもいやだった。
なんで薪割りなのか。理由は、今が冬なおかげで需要が高まっているからで、なおかつ体を鍛えられて、鍛冶屋をやるよりも収入が高いから。
今日採用されたが、明日から仕事が始まるらしい。この仕事は苛酷だから、この時期にやってくれる人は少ないようで、俺みたいなガリガリ野郎でも採用されたらしい。
それと、今まで薪割りをしていた人が怪我をして、二度と薪割りができなくなったから俺の席が空いたとのことだ。それまでは、その男の人一人でなんとかやっていたらしい。
わかってる。腕立てたった十回で筋肉痛になるようなやつ役に立たない。人気職業じゃなかったから、たまたま空きができたから採用されたにすぎない。
それでも、これが復讐への最良の方法だから、やるしかない。
×
「えーと、あなたで合ってますよね?」
こくんと頷いた。
「しかし、大丈夫ですかねえ。かなり量ありますけど」
目の前には、薪の山があった。驚きはしない。事前に伝えられていた。
「まあ、がんばってください。あ、今日中にお願いしますよ。こっちも商売なんで、できなかったは困りますから」
それも知っている。今日中にできなかったら、事業にかなりの損失が生じるからその日中にやりきれといわれている。
「んじゃ、お願いしまーす。夕方には取りに来ますんで、それまでにお願いしますね」
何度も念を押して、金髪の男は去っていった。
少し準備運動をして、始めることにした。
斧を持った。この斧は支給品だ。壊したりしたら弁償しなくちゃいけないらしいが、それって理不尽だよな。ただ真面目に仕事をした結果壊してしまったのなら、免除してくれていいんじゃないのか。まあ、とにかく壊さなければいい。
その心配をする前に、これ全部やりきれるのかという心配をしたほうがいい。文字通り山のように積まれている。
その中の一つを適当に見繕って、台の上に置いた。
思いっきり、渾身の力を籠め、振り下ろした。
論外である。俺の斧は切り株の上の薪を逸れ、地面に深くささっていた。ため息を吐きながら、抜いた。意外と深くささっていた。
もう一度、二度目の正直ということで振り下ろす。
今度は薪に当たりはした。したが、ガズッという音がして、薪に傷を付けただけだった。
またため息を吐いて抜こうとするも、かなり深くささっていて、抜くのにひどく苦労した。
今度こそ、三度目の正直である。
そう意気込んで、思いっきり、目の前に復讐相手がいると思いながら、振り下ろし――抜けた。
涙が出そうになった。ただただ、悲しかった。自分は、斧すらまともに振れないのかと、手から抜けて、後ろに飛んでいった斧を見た。今度は、情けなさ過ぎてため息すら出そうになかった。
ああ――。これだから嫌いだ。これだから自分の事が嫌いなんだ。
本当に、自分以上にゴミ屑な人間はいないと、心の底から思う。斧すらまともに振れず、スミフさんとの約束を破り、その上この仕事まで放棄しようとしている自分の人間性は、ゴミの掃き溜めなんかよりよっぽど汚い。
でも、とにかく薪を割ろう。自己嫌悪は、後にする。
勢いのまま適当に振り下ろしても、二回目と同じ結果だった。
また自暴自棄のような気持ちになったから、斧を振り下ろした。今度も薪に傷がついただけだった。
今の自分を支配しているのは、どう考えても復讐心などではなかった。ただ、うまくいかないから、なんと言うか、要約すれば、イライラしていた。
こんな自分が本当に嫌いだと思って、イライラを原動力にまた振り下ろした。不思議と、いくいらでも振れる気がした。
×
「もうそろそろか」
金髪の男は気だるげに立ち上がった。そんな様子で立ち上がったのには理由があった。
今日中にあのガリガリ男がやりきれていないと、上司から怒られるからである。下手をすれば、減給になるかもしれない。
ぶっちゃけた話、全く期待していなかった。あの男を雇ったのはその場しのぎで、新たな人材が二人くらい見つかれば即刻切り捨てるつもりでいた。
自分よりもガリガリな男に、あの量の薪を割る力はないだろう。下手したら、自分がやったほうが多く薪を割れるかもしれない。
だから、どうせ終わってないんだろうなあと、鬱々した気持ちで作業場に向かった。
しかし、愕然とした。
半分も終わっていないだろうと思っていたのに、あの山のような量の木々が、一本残らず半分にされていた。
しかし、この場にあの男はいない。
どこにいるんだと探したが、少なくともこの場にはいないようだ。
――後ろから物音がした。
「もう時間か? 一応終わったが……これでいいんだよな?」
後ろを振り返ると、全身びしょ濡れの男が立っていた。水浴びでもしてきたのだろうか。どこか、雰囲気が変わったような気がする。無論、水浴びは関係なく。
「あの……これを一人で?」
回答はわかりきっているが、聞かずにはいられなかった。あきらかにおかしいのだから、しょうがないことだと思いたい。
「そりゃそうだろ。それより、日給だろ? 早くくれ」
少しニヤけた男にいわれたとき、はっとした。どうせ終わっていないから支払う分の日給を持ってきていないことを思い出した。
まずい。なんと謝ればいいだろうか。いくらなんでも失礼すぎたと、後悔をした。
「あの……実は……」
「どうせ持ってきてないんだろう。今日中にこなせなかったら支払わないつもりだったんだろ?」
図星だった。今日中にこなせなかったら支払わないつもりでいた。
「あの……明日に今日の分はまとめて支払いますので……それで勘弁してもらえないでしょうか」
男の顔を仰ぎ見る。ひどく冷たい目をしていた。
「誠意を見せたいんならさ、明日に、今日の分の二倍持ってくるとかじゃないと駄目だろ。――ふざけてんのか?」
これは――駄目か。
「わ、わかりました。明日二倍の給料を持ってきますので……」
男の表情と目が少し柔らかくなった気がした。
「頼むぜ。こんなヒョロい体で全部こなしたんだからよ」
逃げるように帰路についたマルコの思考を支配していたのは、どうやってあの量の薪を割り終えたのかという疑問だけだった。
×
始めた頃は、できないだろうとしか思っていなかった。
でもこれが、意外とコツを掴めばなんとかなってしまった。そのコツを言葉で説明するのは難しいが、あえて言うなら流れ作業のようになんとなくでやること、だろうか。
途中からは何も考えずに割ることだけを考えていた。もちろん最初の数十回は全く割れなかったが、数をこなすと意外と割れた。
きっと大きさはバラバラだと思うが、大きさについては面接的なものの時には、なにも言われなかったから問題ない。おそらく。
しかしそんなもので、あの山のような量を全て消化できるはずはない。肉体的な限界はすぐにやってきた。
当然のことである。なにせ、自分は腕立て最高記録がたった十回なのだ。慣れるまでの数十回で、俺の体は限界に達していた。
でも、俺はやりきった。
もう駄目だ、なんて何回も思った。それでもやりきれたのは、きっとアイツのおかげ、なんていい方は変だが、間違いじゃない。
アイツのことを思い出して、怒りを燃やして、なんとかやり切れた。さっき金髪に強く当たったのはそのせいだ。
もどかしさから生じたストレスを、金髪にぶつけてしまった。やはり俺は死んだほうがいい。
それはそうと、もう腕が動かせそうにない。
明日はきっと、ひどい筋肉痛に苛まれるんだろうが、不安はなかった。
最早、つらいときにはアイツの言動を思い出せばいいと、体に刷り込まれた気がする。
他にも、薪をアイツの顔にみたてて割るなんてのもいいかもしれない。
そうやって思考していると、ふと気づく。
いつのまにか、復讐心が殺意へと変貌していることに。
これでは、アイツとなんら変わりない。
いや、もしかすると、最初から復讐心などなかったのかもしれない。とうてい、復讐心などとは呼べない、つまりは殺意だったのかもしれない。
醜い。今までも幾度となく自分を醜いと思ってきたが、今の自分は一番醜い。
それでも、この醜い殺意は押えられそうになかった。




