主人公の成長フラグが五話目にして立つというテンプレ
日常。
その意味は、いつものように繰り返す毎日、である。
ただ繰り返す毎日。いつ終わるかも知れぬ、毎日。
その中の『いつも』はなんだろうか?
なんのイベントもなく怠惰に堕落し、目標も生きがいもなく、適当な毎日を過ごすこと。それが『いつも』?
それとも、ある日突然ゾンビウイルスが発生し、世界中がゾンビだらけになった世界で生きること。それが『いつも』か?
どう考えても前者だ。百人中、ほぼ全員が前者と答えるだろう。
それが本当にそうなら、俺の日常は失われた。
×
隣町に、買い物をしに出かけていたんだ。
おみやげでも買って行こうって、思ってさ、買ってきたんだけれど、どこにやったけな。
手提げの中身全部ぶちまけて探す。
けれど、どこにもないんだ。
で、実はポケットの中にありましたー、なんていうつまらないことやろうと思っていたのになあ。
現実は、残酷だ。
まだ眠る時間じゃないだろ、爺さん。
眠るのは、暗くなってからでいいだろ。こんな昼間からじゃなくていいだろ。
夢でないことは、現実であることは、スミフさんの肌の温度から、腹にべっとりついた血からわかっている。
それでも、現実だと気づいていても、納得できないことはどうしようもなく存在する。
それがこれだ。
何が悪い? 俺か? それともスミフさんか? なんで今、この人が死ななくちゃならないんだ。俺で良いだろ。いてもいなくても、何一つ変わらない、変えることなどできない人間が、ここにいるのに。
――やっぱり俺は、アンタのことが嫌いだ。
アンタもそうなんだろ?
なあ、神サマ?
×
ちゃんとした葬儀は行なえなかった。葬儀屋なんて、この世界にはないし、そんな金はないからだ。
だけど棺おけは作って、火葬はして、埋めた。それくらいのことしかできない。
周りの人たちは励ましてくれた。でも、そんなのじゃ、この空白は埋まらなかった。
この苦しみは、家族を失った感覚に似てる。あの時、母親をなくしたときの、事実を受け入れられない、この感覚。
そのときと同じ感覚ということは、俺はスミフさんのことを家族だと、父親のような存在だと、そう思っていたのかもしれない。
犯人は、今朝見た掲示板に載っていた人物と同一だ。そいつはすぐに捕まった。たまたま通りかかった警備員が、返り血をかなり浴びていた犯人を怪しいと思って捕まえたら、殺人事件の犯人だった、らしい。
とりあえず、なんか疲れた。
ベッドに抱かれたくて飛び込んだ。しかし冷えきったベッドは、俺の心を癒すどころか、逆に荒ませた。
また、だ。またこの結論にたどり着く。
死ね。なんていう、だれもが言う、言葉。
なんで俺はお土産を買っていこうとしたんだろうか。しなければもしかしたら、結果は変わったのかもしれないのに。
――駄目か。俺に人は救えない。
人どころか、猫すら救えない人間が、なにかを救うことなんてできるはずない。
そうだ。救えるわけがない。救えなかったから、俺はあの日死んだんだ。
×
あの日のことは、思い出したくない。
でも戒めとして、自分をさらに傷つける為に、記憶をたどった。
たしか、俺は不登校だった。理由は、小四のころ母親が死んで、もうなにもしたくないって思ってしまったから、だったっけ。
で、父親からは疎まれて、ずっと死ぬことばかり考えていた。その時は死ななかったが。
親父にはよく、「お前はなんで生きているんだ」とか言われていたような気がする。本当にその通りだ。俺は、なんで生きている?
たしか小学校は、五、六年生の時はほぼ行っていない。ときどき顔を出しても、クラスメイトから無視されるか、不登校のことについてからかわれるだけだった。
中学のとき――ああそうだ。俺は中学の時に、ようやく友達ができたんだっけ。
いじめから助けてもらったんだ。そいつは別にケンカが強いわけでもないのに、体を張って俺を救おうとしてくれて、友達になったんだっけ。
でも、それから一ヶ月くらい経って、高校生になって、そいつはいじめられた。
俺は、助けることができなかった。
ただ、見ていることすらできずに、その現場をみたとき逃げ出して、無責任な言葉で慰めて、裏切った。
そいつは死んだ。屋上から飛び降りて、死んだ。
俺に裏切られたからだろう。
その日すぐ帰宅して、もう生きたくないなんてことを、父親に言ったんだよな。そしたら、こう言われたんだっけ。
――そんなものは逃げでしかない。
今思えば、親父は止めてくれていたんだろう。親の気持ちを、俺は理解できていなかった。
ただの憂さ晴らしじゃないかと疑っていた言葉一つ一つは、俺のために言ってくれていたのだろう。
じゃなきゃ、あんな悲しそうな顔で、止めてくれるはずない。
でもそれは、その時言って欲しかった台詞じゃなかった。
その最後の忠告を無視して、家出をして、たまたま俺は轢かれそうになった猫を見かけ、助けようと飛び込んだ。
でも救えなくて、死んだ。
死にたくなった理由が、救えないと、そう決定づける理由が、これだ。いや、死にたくなった理由ならまだあるか。
なにやってんだろうな、俺は。
今度は、自分で聞く。
なんで、俺は生きている?
×
手錠につながれた男が、なにか叫んでいる。
「だからよ、あんな爺と婆死んでもだれ一人悲しまねえって思ったから殺した。そんだけだって。もう忘れようぜ、それが互いにとって最良の選択だろ?」
人を殴りたいと思った、でも我慢する。となりの、もう一人の遺族が我慢している。俺が殴るわけにはいかない。それに、俺にその資格はない。
「つーか、お前ら俺を困らせたいの? あんな爺ども、いてもいなくても変わらないに決まってんだろ。ゴミはゴミ箱に入れるように、然るべき場所に入れてやるのが、俺たち若者の使命だろ?」
なら、俺を入れればいいのに。
「あーもう、めんどくせえな。なにかしゃべれよ、つまんねえな、お前ら」
気だるげに言い放った。つばが飛んだ。歯も黄色かった。
「……なんで、なんで私を殺さなかったんですか? 私のほうがゴミなのに、私のほうが死ぬべきだったのに」
震える声で少女が言った。目には、涙が浮かんでいた。
「いい質問だぜ、嬢ちゃん」
楽しそうに、うれしそうに男は笑みを浮かべた。
「ようは、嬢ちゃんも近くにいたのに、なんで嬢ちゃんは殺さなかったのかって話だろ? んなもん理由は一つだ。――お前の悲しむ顔が見たかったから、それだけに決まってんだろ」
少女は、押え切れなくなったのか、堰を切ったように泣き出した。
「しかしお前はつまらねえよな。涙の一つくらい見せろや」
きっと、俺のことを言っているのだろう。
「せっかくゴミをゴミ箱に放り込んでやったんだから、感謝の一つくらいしてもいいだろ? なあ!」
「面会は終了だ! もうやめろ!」
監視員が止めた。それが、ありがたく感じた。
まだ、アイツはなにか叫んでいた。
×
「おかしな世界ですよね。この世界」
目もとが赤くなった少女が言った。
「なんで私たちは二度も傷つかなくちゃいけないんですか」
この世は不条理。理不尽。無益。不理由。だから、仕方がない。
「なんであんなやつが生きて、おばあちゃんが死ななくちゃいけないんですか」
本当にそうだ。死ななくちゃならないのは、俺か、アイツのはずなのに。
「なんで、たった一年で釈放されるんでしょうか。また、人を殺すだけなのに」
たった一年。それだけで、あの人を殺した罪が償えるわけがないんだよ。
「こんなことあなたに言ってもなに一つ変わらないのに、すみません。でも、だれかに吐き出したくて。私、一人だから」
俺も、同じだ。
彼女は、「さようなら」と言って帰った。
俺は、どうすればいいんだろうか。
心で言った独白に、誰かが答えてくれるはずもない。
空にも浮かばずに消えた問いかけに答えられるのは、俺一人しかいない




