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よくある転プレもの  作者: 場東柿生
第一章 「トラックに轢かれる系主人公」
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主人公の成長は早いというテンプレ

 ただ熱い。熱い空気で満たされている部屋。赤というよりは黄色で光るごつごつしたものが、その空気を作っていた。



 火床というらしい、手が触れたら一瞬で溶けてしまうほどの高温の中に、元となる鉄の地金を入れる。



 額に新しい汗が浮かぶとともに、古い汗が床に落ち、黒にも似た色の染みを作る。



 もうそろそろいいだろう、という気持ちで地金を出す。



 黄色に光る地金に触れたら、絶対にやけどでは済まなさそうだ。



 地金を石でできた台の上におき、ハンマーで叩いた。始めのころは重くてまともに振れなかったが、今では軽く感じる。



 そのあとは砂鉄のような粉をまぶす。できるかぎり平らに粉を広げ、その上に鋼の板を置いた。



 鋼と地金を接合させると、鉄の硬度が上がるらしい。鋼の板をずらさないよう、慎重に火床のなかに入れた。



 汗が目に入った。布で拭う。

 深呼吸をして、火バサミで地金を掴んだ。



 いつもここがうまく行かない。引っ張り出すときか、入れるときのどちらかで、どうしてもずれてやり直しになってしまう。



 今回はどうだ、と半分期待、半分諦めで見る。



 一応、ぐちゃぐちゃだったがくっついていた。つまり、成功していた。



 笑みが浮かぶが、またすぐにハンマーで叩く。今はこれを延々と繰り返していた。他の技術はまだ教えてもらっていない。



 まあ、俺もこれ以上教えてもらっても、失敗する気しかしないからいいが、不可解なことが一つあった。



 以前、予習として先のことを教えてほしいと提案したら、変にはぐらされたことがある。そこまで頑なに教えない理由はなんだろうか。



 鋼付けまでしか教わっていないのには、きっと理由があるんだろうが、それをまだ知らない。



 でも、いつか教えてもらえればいいかと、余計な考えは捨てて作業に集中した。




×




 この世界に来て、早くも一ヶ月が経った。時の流れがいつもより早く感じた。楽しかったからだろうか。



 不思議なのは、意外と馴染めていることだ。あっちではほとんどの人とは馴染めなかったのに、なぜかここの人間とは簡単に打ち解けれた。



 酒屋の爺さんとか、向かいの家の子供とか、腰の曲がった婆さんとか。向こうでは関わりすら持とうとすらしなかった人達なのに、なんでこの世界に来て仲良くなれたのだろうか。



 理由は一つだろう。



 俺がほんの少し、ちょっとだけ変わったからだ。環境が、世界が、視点が少し変わったから、俺の考え方も少し変わった。



 しかし、人間はそんな簡単に変われるものだろうか。



 俺のいった変化は、いわゆる外側だけの、仮面を付け替えたようなものなのではないだろうか。




×




 人気がない酒場で、スミフさんが酒を飲んでいる。俺は未成年だから水だ。



 そういえばこの世界にきて、当たり前は変わった。店で水をいっぱい飲むのにも、お金が必要だし、あと治安が悪い。殺人はめったにないが、空き巣はしょっちゅう起こる。



「……少し、昔話をしてもいいだろうか。聞き流してもかまわん」



 いつもそうだ。酒が入ると、この人は昔を語る。時に笑みがこぼれるような笑い話だったり、若い頃を懐かしむような悲しい口調で。まあ、退屈を感じたことは一度もないからいいのだが。



 さて、今日はどんな話だろうかと期待をした。



「昔、俺のところに一人の男が来てな、弟子にしてくれと言ったんだ」



 懐かしむような口調で言った。



「俺は後継ぎなんていなかったから喜んで承諾した。そいつも俺の期待に応えて、めきめきと成長していったよ」



 そういった後、でもな、と付け加えた。



「そいつは、俺の技術を盗みにきていただけだったんだ」



 酒場の店主がコップを拭く音が、やけに大きく聞こえた。



「そいつは、なにも言わず、ある日突然消えた。消息を辿ろうにも、俺はそいつの故郷も、家族も知らなかった」



 スミフさんの額から流れる汗が、涙のように見えた。



「それから一ヶ月経ったころに、ようやくそいつがどうしているのか知ったよ。そいつは隣町の鍛冶屋の一人息子だった。今は従業員十人弱の、そこそこ大きい鍛冶屋だ」



 ここまでくれば、この人がなにを言いたいのか、大体予想がついた。



「知らないと思うが、俺の技術は異国の技術でな。従来の技術よりもはるかに優れていた。一人でも安定した生産と、高い品質のものができるから、俺のところにもそれまでは仕事は山のように入ってきた。でも、技術を盗まれてからは、仕事はめっきり減ったよ」



 この人が、俺に鋼付け以上の技術を教えてくれないのは、それが関係しているのかもしれない。



 この人は、俺のことが信用できないのだ。



「まあ、当然のむくいかもな。目先の欲にくらんで、独占していたんだ。技術をたくさんの人に伝えて、発展させようとしなかったんだ。だから戒めとして、その技術は今は捨てたが」



 いや違う。旧式のものなら、周知の技術なら知られてもなんの問題もないはずだ。ならこの人はなぜ教えてくれないのだろう。



「俺がお前に鋼付け以上のことを教えれないのは、そのせいだ。最初の頃はお前みたいな不器用な人間は、あんな嘘はつけないなんてわかっていたのにな」



 ――でも、いつのまにかお前がどうしてもあいつに重なっていた。



「怖いんだ。信用して、騙されるのが。だから、お前にはまだ教えられない。本当にすまん」



 そう静かに語るスミフさんに俺は、「しょうがないことだから、気にしなくていい」としかいえなかった。



 結局この人は、俺のことが信用できないことに理由をつけて、言い訳をしただけだ。



 そうだ。それが人間だ。疑って、目先の欲に目がくらみ、本当に欲しいものを見間違えるのが、人間だ。でも疑うのも、欲に忠実なのも、人間であることの証だ。



 だから、疑われているほうがいい。



 無条件で信じられても、気持ち悪いだけだからそれでいい。



 人間くさいほうがまだいい。



 こうやって、適当な理屈をつけて自分を納得させるのは慣れていた。




×




 俺の朝は早い。



 朝起きてまず散歩をする。掲示板を確認してなにか情報がないか見る。その後、朝飯を作る。食べ終わったら皿と洗濯物を洗う。服は干す。



 それを終えたらようやく鍛冶屋の仕事をする。



 まだ、鋼付け以上は教えてもらっていない。でもそれでいい。いつか教えてもらえれば、それでいい。



 鍛冶とは、きっと我慢する仕事だ。



 捻くれた答えなら前と変わらないが、少し違った解を出すなら、きっとこれだ。



 今日も一日頑張るか。



 深呼吸をして、掲示板を見た。意外と役に立つことが載っていることが多い。



 しかし今日は、つまらない話題だけだ。王様が猫を飼いはじめたとか、心底くだらない。ほかには、隣町で空き巣に入られたとか、殺人があったとか。



 全部どうでもいいや、と興味をなくした。




×




「隣町に買い物に行ってきてくれ」



 朝飯を食べ終えて、さて皿洗いだと意気込んだあとに言われた。



「わかったけど、なにを買いに行けばいいんだ?」



「ハンマーを買ってこい。もちろん俺のじゃなく、お前のな。手に馴染むやつを見つけてこい」



 たしかにハンマーはスミフさんのお古を使っていたが、あまりに唐突だ。昨日まではそんなそぶりは見せていなかった。



「お前に、次の工程を叩き込んでやる。逃げるのは、もうやめた……。なんか、恥ずかしくなっちゃってな」



 一瞬理解できなかった。しかし少し経つと、その言葉の意味が体に染み込んできた。



 その言葉はさらに経つと、やっとこの人は俺を信用してくれたのだという、喜びに変わった。



 できるかぎり無表情に、「どうも」、というと、困ったやつだ、とでもいいたそうな顔で、俺の頭を撫でた。



 なんだか新鮮で、うれしかった。

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