主人公が病んでいるというテンプレ
「ここでいいんだよな……?」
酒場の店主から渡された地図と聞いた外観によると、ここが指定された家らしい。
レンガ造りの家は、頑丈そうだった。周りは草原に囲まれていて、家の隣に果物が実っている木がある。町を出て少し歩くと、この家は見えた。
頼みごとの返事は、意外にすんなり返ってきた。「俺の知り合いで、人手が足りていないところを一つだけ知っている」らしい。
普通の人なら、絶対に「ふざけるな!」とか言って追い出すだろうが、あの人は親切に教えてくれた。
しかし、この町の高齢化が進んでいたおかげだ。きっと力仕事とかが困難になっている老人はいくらでもいるのだろう。町の雰囲気的にも、産業革命以前と見た。機械化は進んでいないらしい。
それもあるだろうが、決定的だったのはおそらくあの一言だろう。
――人の役に立ちたいんだ。
目的がお金を稼ぐことだけでなく、老人を助ける為という名目も含まれているなら、あの人は絶対に紹介してくれると思った。
嘘ではない。本当にそう思ったから、咄嗟に出てきた言葉なのだ。確かに、衣食住を確保するためではある。それでも嘘ではない。
それにあの店主に嘘をついたところで無駄だろうと思う。
どんな仕事なのかは「鍛冶職人だ」としか聞いていない。詳しいことはわからないが、とりあえず衣食住が確保できればそれでいい。
そう思って、新たな一歩を踏み出した。
×
「酒場の店主に言われて来た?」
この世界の人は眉間にしわを寄せるのが好きらしい。
「ここで働かせてほしいんだ。頼む」
「そりゃ、人手は足りていないが、うちは住み込みだぞ? それに後継ぎがいないから、お前をそれにするつもりで鍛えるが、耐える自信はあるのか?」
作業場は、まさに鍛冶職人、といった風景だった。壁には金槌や、火バサミなどが立てかけてある。
「大丈夫だ。根性くらいしかとりえはないからな」
敬語は使えない。
男は、「給料も払えないが」、と付け加えた。
明らかに男が俺を避けているようにしか聞こえなかった。
やっぱりジャージはこの世界じゃ異色すぎるか。男がいろいろいったのも、諦めさせるためだったんだろう。
でもその条件は、俺にとっては好条件なんだよな。住み込みってことは三食食えるだろうし、後継ぎになれれば生活はたぶん安定するだろうというイメージを持っている。給料は寝床が確保できればどうでもいい。
だから諦めるわけにはいかないのだが、男は渋い顔をしたままだ。
「家事も手伝うし、後継ぎにもなる。約束する」
家事も手伝うという言葉に男は揺らいだようだった。
その後少し考えたような格好をし、「いいだろう」と承諾した。
×
ベッドのありがたみを理解した。
今まで理解していなかったわけではない。漠然と、「ベッドってありがたいんだなー」くらいにしか思っていなかった。
やはり、本当の意味で理解するのには、それを実感するための経験が必要なのだろう。
でもこれは一時的な感情だ。昨日の地面とのギャップに感動しているにすぎない。すぐに慣れてしまうだろう。そんなものは長くは続かない。
それをわかっていても、感動して目が潤んだ。
ベッドの上で寝返りをうつ。仰向けになる。
少し思考していると、感動とは逆に、不安が襲ってきた。服だとか、早起きのことだとか、後継ぎのことだとか、ほかにもその他もろもろ。くだらないことまで千差万別の、俺を不安にさせるのには十分の、悩み。
一つ一つを潰していくのは億劫だ。だから人は、「なんとかなる」だとか、「大丈夫」なんていう曖昧な言葉で自分を励ます。
たしかにそんな曖昧な言葉でなんとかなったときもあった。でも、それでどうにもならないほどにつらいことがあったから、俺は死んだのだ。
だから、死んで間もないから、その言葉を聞きたくはないし、励まされたくもない。
夜が更けていった。
不安は、何一つ解決していないままだった。
×
「ねむ……」
大きくあくびをする。ガスなんていう便利はないから自力で火を熾さなければならない。これに小一時間ほど苦労した。
悪戦苦闘し、ようやく点いた火で目玉焼きを焼く。
卵はにおいが好きではないが、たまには悪くない。
こげくさいにおいが漂い始めたから皿に移す。あとはスープを作って終わりだ。
料理をするのは馴れているが、火が自在に調節できないのが痛い。目玉焼きは少しこげたくらいがいいのに、裏面が真っ黒になってしまった。不幸中の幸いは、それが一つだけだということくらい。
スープもできあがった。朝はみそしる派だが、味噌はないからしかたがなくコンソメみたいな調味料を入れてスープもどきにした。味見はしたが、本当にコンソメっぽかったので大丈夫だろう。あとは買ってきたパンを皿に置いた。
器に入れて慎重に運ぶ。初日だからか、かなり緊張した。
男、ではなくスミフさんはもう席に着いていて、あっちの世界でいうところの新聞を読んでいた。目の前に置いても眉一つ動かさない。
俺も席に着いて手を合わせ一礼した。いただきますは言わない。
スミフさんは、手を合わせて食べ始めた。
×
食事を終えると、作業場に案内された。
レンガ造りの炉や、完成した剣に目が引き寄せられる。こういうのには、少し憧れていた。
「一つ聞く。お前は、鍛冶とはなんだと思う?」
質問の意図がわからなかった。俺が動揺したのを察してか、スミフさんは、「いきなりすぎたな」と頭をかいた。
俺も頭をかいて聞いた。「えーと、アンタは鍛冶がどういう職業かを聞いてるんじゃないよな?」
「いや、まさしくそれを聞いている」
ツッコミを入れたくなる。少し神妙な顔して聞いてきたのがこれか、と少し失望までした。
「物づくりの職業の一種、とでも答えればいいのか?」
頭をかいて、あきれ顔で言った。これは事実だ。いくら魂だとか気持ちだとかを込めても、鍛冶なんてものは結局物づくりの職業の一種に過ぎない。
「たしかに一理ある、というか事実だろうな。だが、俺の結論とは違う」
「そりゃそうだろ。俺はあんたみたく年季の入った職人じゃねえし、第一違って当然だ。結論なんてもの」
この人は何がいいたいんだろうか、少しイライラしながら言う。
「今はなにいってんだこの爺、とでも思っているだろう。それでいい。いつかそんな事は思えなくなる。この仕事は深いからな」
子供かよ、ってぐらいに目を輝かせて言った。要するに、今は感情移入できないかもしれないが、続けるうちに愛着がわいてくるみたいなことが言いたいんだろ。
「んじゃあ、あんたの出した『結論』はなんだ? これからの参考にする」
スミフさんは、「今は言えない。お前がもう少し成長してからだ」と、子供に接するように、笑って言った。
「話は終わりだ。心に留めて、ふとしたときに思い出せるようにしておけばそれでいい。さて、お前鍛冶のこと何一つ知らないだろ。今日中に大半は叩き込んでやるから覚悟しろよ」
強引に話を変えて、笑っていうスミフさんは、ひどく純粋に見えた。
その理由を考える前に、俺の意識はスミフさんの声に向けられた。




