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よくある転プレもの  作者: 場東柿生
第一章 「トラックに轢かれる系主人公」
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主人公の周りは基本優しいというテンプレ

 結論からいうと、ここはあの世ではないことがわかった。



 町はかなり入り組んでおり、下手すると迷子になりそうだ。もうすでに迷子だけれども。町はいかにも中世ローマみたいな雰囲気だ。それと、老人が多かったから、この世界も高齢化が進んでいるのかしれない。



 人にいろいろ尋ねてみたりしたが、日本語をしゃべっているのに日本という国は知らないらしい。ここが天国かどうか聞いてみたりもしたが、怪訝な目で見られた。



 もしも、死んだ人の終着点が同じでないなら、ここはあの世であるのかもしれないが、楽観的な考えは捨てることにした。



 だから、ここはあの世じゃないと結論付けた。



 ため息を吐いて、家々の間にできた路地で考える。



 無論、これからのことをだ。



 正直に言うと、何一つ考えていなかった。



 死んだ理由をいろいろ付け加えたものの、結局逃げ出すことを正当化するためのいい訳だ。



 とりあえず死ねば、開放されると信じていた。



 確かに俺は、あっちの世界のしがらみから解放された。でも、ここにも人がいる。それは想定内だった。でも、あまりにも現実的だった。



 結局死んだところで、一つのしがらみから開放されただけで、またすぐにしがらみが作られるだけ。



 費用対効果は、見合っていたのだろうか。



 

×




 日がはとっくに沈み、辺りは闇に包まれている。まだ俺は路地で悩んでいた。スキップで駆け出したところまではよかった。



 あれから、「もしかしたら日本円が使えるんじゃね?」なんていう期待をして見事に撃沈したから、鬱になっていた。



 人はいつだって怖い。しょうがないだろ、こっち異世界人なんだぜ。『冷やかしはやめてもらえませんかね……』なんて真顔で言うてくれるな。そういうのに隠キャは日々傷つけられてきたんだよ。



 そんなこんなで、日本円はゴミと化していた。硬貨はまだしも、お札は完全にゴミだ。



 しかし、本当にどうしようか。宿を借りるにも金が必要だし、かといってそこらへんの住宅に泊まるのも怖い。そもそも泊めてもらえるかわからないが。ここら辺で雑魚寝というのも考えたが、見つかったら通報されて終わり。警備員みたいなのをさっき見つけた。



 なら野宿、と思ったが論外だ。絶対死ぬ。身包みはがされるか、人攫い的なものにあって、どっかで売られる。労働力的なものなら、俺もなるだろうし。



 だから、動けないでいた。しかしこのままここにいてもどうにもならない。いつか警備員に見つかる。



 見つかることは最善かもしれないが、俺は運が悪い。たぶんないとは思うが、身分証の提示を求められたら終わる。そして、入国許可をとってない、みたいなことになって、豚箱行き、なんてことがありそうで怖い。



 この思考の繰り返しを、ずっと行なっている。少しでも気が楽になればと、鬱を紛らわそうと、できるかぎり明るく振舞ってみたが、全然駄目だ。効果はゼロに等しかった。むしろいつもと違うせいで寒気がした。



 そんなことをずっとしていると、なんというか、深夜テンションのようなものに陥って、諦めた。



 適当な家の間で寝ればいいんじゃね、という、あまりにも愚かな案を採用した。



 見つかれば通報間違いなしだったが、腹が減っていたから、もうどうにでもなれ、という自暴自棄な感情に支配されて、間の壁にもたれて眠ることにした。




×




「起きろ、ここは寝床じゃない」



 しゃがれた声が聞こえる――衝撃がきた。おそらく、腹を踏みつけられた。



「起きろ、これが最後だ」



 咳が止まらないが、男の声を聞く。

 楽になるかもしれないと思って仰向けになった。



 虚ろな目で、男の顔を仰ぎ見る。



「ここで寝るな。迷惑しているんだ。ここは通路だからな」



 男の顔には、しわがいくつもあった。その中で一番目立ったしわは、眉間のものだ。



「ようやく起きたか。で、なんでここで眠っていた?」



 唐突すぎて理解が及ばなかった。



「えーと、眠たかったんで……」



 そういうと、男はめんどくさそうな顔をした。



「まさか、宿に泊まる金もないんじゃないだろうな」



 とっさに目を逸らした。恥ずかしかったし、なにより浮浪者みたいな扱いをうけるのはいやだった。



「……まあ、ここじゃなんだ。とりあえず店の中で話そうや」



 男は人目を気にしたのか、中に入って話そうと提案してきた。



 いや、これは強制かもしれない。というか、逃げたほうがいいかもしれない。これは死ぬやつだ。中に入ったら臓器とか売られるやつだ。

 顔からして、絶対そうだと確信した。



「ちょっ、待ておっさん! 話を聞け!」



 もう駄目だ。襟を掴まれた。



 聞けといってみたものの、なんの案もなかった。 



「店の中で聞いてやるから安心しろ」



 力が強い爺だ。腹が減っているのもあるが、それを差し引いてもこの爺のほうが強いだろう。



 抵抗しても、余計に苦しむだけだと思ってしまったからあきらめて引きずられることにした。




×




「それで、なんであんなところで寝ていた? まさかとは思うが、本当に宿賃も払えないわけではあるまい」


 臓器は売られそうになかった。ひとまず安心した。

 家の内装は、酒場そのものだった。カウンター席が六つに、四人席の机が四つある。朝だからか、客足は見えない。




「おい、聞いてんのか」




 店主が眉間にしわを寄せていった。しかし、そのまさかだから答えづらいんだよな。



 回答に困窮していると、虫が鳴った。家の中に虫がいるらしい。いやだな、俺虫苦手なんだよな。



 店主はいっそう眉間にしわを寄せて黙っている。空気を読まず、また虫が鳴った。おいおい、店の中に虫がいんのかよ。



「はあ、とりあえず軽食を作ってやるからそこで待ってろ。話はそれからだ」



 ばれていた。そうだよ、俺の腹の虫が鳴ってたんだよ。しょうがないだろ、昨日なにも食ってないんだよ。



 不貞腐れて、そんなことを十分ほど思っていると、辺りに俺の食欲を刺激するにおいが漂ってきた。



「とりあえずこれを食え。まずくはないはずだ」



 目の前に出されたものが、パスタだと理解したときにはフォークを掴み、一気にかきこんでいた。



 食べたことのある味だ。しかし見た目が違う。



 よく噛まずに飲み込んだから当然むせた。それを察してか店主が水を持ってきてくれた。意外といい人かもしれない。



 食べ終わると店主がまた眉間を寄せて話す。



「で、なぜあんなところで寝た?」



「金がない」



 即答した。店主が頭を抱えた。



 この人は悪い人ではないことはなんとなくわかったからか、こんなことが言えた。だって、見知らぬ男に食べ物を食わせてやるなんて、良い人以外の何者でもないだろうし。



「というか、お前はどこから来たんだ? 普通のやつなら――いや、お前は普通じゃねえか。そんな格好してるやつは普通じゃねえだろうし」



 たしかに俺の服装は普通じゃない。ジャージは、この世界では異色すぎる。



「金を掏られたんでね。一文無しなんだ」



 一つ嘘をついた。でもこうしないと話が進まないから、時には嘘も必要だ。



「……まあいい」



 店主は怪訝そうにしているが、一旦納得してくれたようだ。



「質問があるんだが、なんで俺を助けたんだ? 少なくとも俺ならこんな奴と関わりたくないが」



「なんとなくさ」



 思ったより適当な理由だった。もっと、死んだ息子に似てたから、みたいな思い理由を想像していた。



「話はわかった。んじゃ、でてけ」



 まあ、想定内だ。この人が善人と言っても、限度がある。さすがに泊めてくれはしないだろう。



「悪いが、別に俺は善人じゃねえし、お前みたいな得体のしれないやつの面倒みてられるか。期待してたんなら悪かったな」



 正論だった。そう、正論はいつだって痛い。



 そうだ。俺は甘えていた。どこかで助けてくれるいい人がいると、そしてこの人がそうだと、甘えていた。



 そりゃそうだよな。綺麗ごとじゃ商売はできない。幸運だったのは、パスタの請求はしてこないことだ。



 どこかで汚くならなければ商売は成功しない。昔、本で読んだことの受け売りだ。



 なら、賭けることにしよう。この人の商売がうまくいっていないことを。我ながら、最低だと自覚しているが、口元は笑っていた。



「……なあ。俺は全く金を持っていないことはさっきいったよな?」



「たしかに聞いたが、金は貸さんぞ」



「ハナからそんなことは頼んじゃいない。それ以外で頼みたいことがある」



 そういうと、店主はあからさまに嫌そうな顔をした。



「……とりあえず言ってみろ。それからどうするか考える」



 我慢できずに笑みを浮かべてしまう。この人が綺麗過ぎてよかったと、心から思う。普通の人なら、何か頼まれごとをされた時点で断るはずだ。

 もちろん、俺も同じだ。



 そして、話を切り出した。



「なんでもいい、仕事はないか?」



 我ながら、なんて厚かましい人間だろうかと、また自己嫌悪した。



 もう死んでいるのに、また死にたくなった。

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