主人公の物語は大抵ハッピーエンドで終わるというテンプレ
昔から、自分は一人だった。
おばあちゃんは、自分が小さかった頃から町に働きに出ていた。両親はいない。兄弟もいない。友達もいない。仲間もいない。いないづくしだ。
それと記憶がないのだ、自分は。
おばあちゃんが道端で倒れていた自分を見つけ、育ててくれた。
そして、自分が大きくなってからはおばあちゃんと働き始めた。虫の繭から糸を紡ぐ作業だ。子供でもできる、簡単な作業。
給料は、きっと高くない。比べたことはないけれども、自分とおばあちゃんの給料を足して、ようやく一日二食じゃなくなったから、たぶん高くないだろう。
それで、自分が一人立ちができるくらいに成長して、おばあちゃんが「そろそろ孫の顔が見たいねえ」なんていい出したころ。
アイツがやってきた。
自分がいないときにアイツはやってきた。自分が見たのは、帰ってドアを開けた瞬間、アイツがおばあちゃんをめった刺しにしている姿だけだ。
それを見たとき、自分はなんて思ったんだったか。今ではもう覚えていない。
でもきっと、ひどい倦怠感に襲われていたはずだ。
現実逃避をしたくても、させてくれない現実がそこにあって、どうやっても逃げれなくて、立ち向かうしか選択肢がない――そんな嫌気が差してくる、倦怠感。
だから、何を考えたのかはわからなくても、あの時自分は、確かに現実に向かっていた。
どうしようもない現実には、結局立ち向かうしかない。逃げることなんて、できやしない。
だから自分は、また立ち向かった。
そろそろ、許されないかな。
×
殴られた、蹴られた、踏まれた。
自分が受けた仕打ちは、ただそれだけのこと。あと、左の耳が聞こえない。きっと殴られた時に、鼓膜が傷ついたのだろう。
これをひどいと思うかは、人それぞれだ。
多くの人を騙していた、その罪の重さ。それに見合っているかどうかは、自分が決めることじゃない。
なら、誰が決めるのだろうか。
いや、愚問だった。自分はきっと、その罪を許されたから、ぼろぼろになりながらでも、ここに立って、歩けているのだ。
自分は一応、許された。
そういえば、トレッドさんは一回も殴ってこなかった。みんな思い思いに自分に罰を与えたというのに。
ふと、顔見知りの少女の歪んだ顔と、おばあさんの不快なものを見る目がよみがえった。
自分は、大丈夫だ。
それを思い出しても、何一つ感じない。
何も思わない。
だから自分は、一人で歩いてゆける。
×
隣町にたどり着いた。
時間帯は深夜。当然、人はいない。
と、思ったら、誰かが歩いてくる。手には照明器具を持っている。
自分の顔はきっと見えているだろうけど、何のアクションも起こしてこない。
なら大丈夫かと、横を素通りしようとした瞬間――。
腕をつかまれた。
「久しぶりね」
女の声、聞き覚えがあった。でも、さすがにありえないだろうと否定する。しかし、否定できそうにもない。
自分が、謝りたいと思っている人間が、そこにいた。
「死んだと思ってた。よく、生きてたわね」
アイツの、母親だ。
「何か、御用ですか?」
平静を装って話す。本当は、今にも土下座したくてたまらなかった。
「ここではなんだし、私の家で話しましょうか、近いから。すぐそこよ」
×
「あれから、どうしてた?」
どう、か。草を食んで、川水を啜り、教会にたどり着いて、恋をして、罪滅ぼしをして、殴られて、今ここにいる。
要約すれば、短いものになる。
「死に掛けていました」
そういうと彼女は、顔に初めて笑みを浮かべた。
「そう。安心したわ」
そう。自分は許されない。許されるかもしれない、なんて期待はできない。自分は結局、いつまでも一人で、現実と向き合うしかないのだ。
「ま、見ればわかったけどね。あれからあなたがどんな風に生きていたのか、なんて」
彼女が立ち上がった。お湯が沸いたらしい。
彼女は鍋を掴むと、自分の頭の上まで持ってきた。
「殺してあげましょうか? 死にたいでしょう? 生きたくないでしょう?」
愚問だ。死にたいのなら、とっくの昔に死んでいる。
「あなたが死を、自分の罪滅ぼしだと思うのなら、どうぞ」
きっと昔の自分ならば、迷わず死を選択していた。自分は、弱かった。
「そう。なら、やめておくわ」
わかっていた。あなたがかけないことなんて。だってあなたは、自分と同じになりたくないはずだろうし。
「なら、私は――許してあげる」
わかっている。自分は許されな――
「……は?」
「言った通りよ、あなたはもう、許された」
嘘だ、嘘に決まってる。そんな簡単に許されるわけない。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――。
「消えてくれない? 目障りだから」
そう言われて、自分は閉め出された。
×
彼女の家を出て、自分は歩いた。
一人だ。
もう夜更け。人は一人もいない。月明かりだけしか、頼りはない。
月は綺麗だ。涙が出るくらいに、綺麗だ。なんだか懐かしい。とにかく、きれい。
涙が頬を伝う。二つの跡は、顎に来てつながり、ぽろぽろ地面に落ちた。
地面に、尻餅をついた。その衝撃で、蹴られた箇所がひどく痛んだ。
なぜだが、立ち上がる気力が湧かなかった。なぜだろう。自分はこんなにも、自分のことが嫌いで、憎んでいるのに。自分を痛めつけれる行為は、これしかないとわかっているのに。
許されていいわけがない。自分は、そんなこと、望んでない。
ここで立たないと、駄目な気がする。自分の根本的な、己を形作るそれが、揺らいでしまう。
でも、なぜか、立ち上がれない。
体からふっと、力が抜ける。背中から倒れて、ひどい痛みに悶えた。
涙は、いつまで経っても止まる気配はなく、流れ続けている。
止まない涙は――、止まない雨はない。そんなのは、幻想だ。
雨は、いつまでも止まない。全てを平等に照らす太陽は、いつまでも現れない。
たとえ止んだとしても、自分は今欲しくない、取り返しのつく頃に、止んで欲しかった。もう、止んでも遅い。
もう、無駄だ。
でも、今なら、もしかしたら、間に合うかもしれない、なんて思ってしまった。
もうどうだっていい。自分の罪も、全てのしがらみを全部、何もかもかなぐり捨てていってやる。
呼ぶだけならきっと、罪じゃない。
だから思って、いった。
「会いたいな……」
後ろから、誰かの足音がした。
×
「ここに、いたんですね……」
息を切らした彼が、そこにいた。さまざまな思いが、交差した。
なんでいるんだろう、とか、どうやって来たんだろう、とか、そんなくだらない思い。
いいたいことは、一つしかない。これしか、今はもういいたくない。
もういい、もう、いい。
でもその前に、するべきことが、ある。一つ感謝を。
ありがとう、神様。今だけだ。今だけ、自分はあなたに感謝する。彼とめぐり合わせてくれたことを、今だけ、今だけ感謝する。
彼は、少しはにかんでいった。
「来ちゃいました、親切な人に助けてもらって。あれから周りにさんざんなことをいわれたんですけど、やっぱり、あなたの側にいたくて……。なんだか、落ち着くんです。駄目、ですか?」
そんなわけがない。ありがとう。
もう一度、思いを形にしようと思ったが、それをする前に涙が止まらなかった。
でも幸いだ。彼が盲目のおかげ。この涙は、彼に見えないから、だから気にしないでいられる。
自分は、これをいってしまったら、屑になるかもしれない。
罪も、罰も、全部無視した言動を、今からする。
自分はいう。悪いことだとは、思わない。
アイツは、もう自分のことを許してはくれないだろう。
でも、関係ない。自分は自分の罪を忘れない。それを思い出し続けて、いつまでも苦しむ。
自分の罰を自分で決めていいはずがないなんて、嘘っぱちだ。
だって、決めてくれる人なんていないじゃないか。
偉い人は自分に、罰印を与えた。周りは自分に、暴力を与えた。あの人は自分に柵を与えた。
与えただけだみんなは、罰を。
罰の終わりは死ぬまで続く。
何故か自分は許されてしまった。
――いや、もう、やめた。
『私』は『私』だ。『自分』じゃない。
一つだけ、質問しよう。それで、決める。
「あの……」
「なんでしょう?」
「私を、許してくれますか」
「はい、もちろん」
――もう、駄目、
自分は、アイツのことを忘れない。いつまでも思い出して、苦しむ。
だからいう。勇気を振り絞って、言葉を紡ぐ。
「あの……私からも、お願いします。一緒に、来てくれますか?」
私は、この人と生きていきたい。
彼の頬がほんのり赤く染まった。なんだか、以外だ。この人にそういう感情があったとは。自分は、永遠に主に尽くしますので、お断りします、とかいいそうだったのに。いや、この人からいってきたんだった。
でもそんな予想外なところも、好きだ。
だからといって、好きを言葉にするのは、まだ早い。
「ていうか、教会はいいんですか? あれだけ大切にしていたのに」
「ええ、もういいんです。本当は、神様なんて、いないのですから……」
私は生きる。絶望しようがなんだろうが、最後まで生きて生きて、完走してやる。
これからの不安なんて一切ない。彼がいれば、きっと大丈夫だ。
月が私たちの進む道を、ほんのり照らしていた。




