事件は、視聴覚教室で起きているんだ
ある種のオブジェクトのようだった。
その表現が、最も眼前の状況を説明しうるものだった。
サッカー部主将、尾木隆介の死体は、両膝地面につき、両手はだらりと垂れ下がり、目を見開いたまま、おもむろに前方を見据えていた。
鮮血に染められた床面。失血死だろうか。
その最後は、想像に絶するほど凄惨だった。
鋭利なナイフがふたつ、両胸から背中までを貫いていた。
口元、手足にはガムテープで拘束されたような跡が残り、犯人は犯行後それらを外して、今の格好にきれいに整えていた。右手の拳は、青っぽくなっていた。
胸を刺された副主将は、痛みから悶えたのかもしれない。
口の中が切れ、血が口元から垂れていた。
そしてさらに、この殺人現場の異様さを一層際立たせていたもの。
犯人が残したのであろう血のメッセージが、斜めに黒板に書かれていたのだった。
コレハ ハジマリ
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俺は、その日、担任の大井から居残りを命じられていた。
担任の大井が担当する科目は、数Ⅰだった。
意外にも、大井は、熱心な先生だった。
数Ⅰの課題を忘れた俺を放課後残るようにと、指導し、なぜか、千歳に教えるように命じてきた。
「お前ら、仲いいんだろ? 四谷より出来るんだから、教えてやれ。」
気の利いた?采配を見せた大井の表情は、どこか誇らしそうだった。
そうして、千歳と机に向かい合って、問題集も終盤に差し掛かっていた頃、午後7時くらいだったか。
大きな女性の悲鳴が聞こえてきた。
「いぃぃぃぃいあああぁぁぁっっーーーー!!!」
恐らく、俺たちのいる新館2階の同じフロアで声がしたと思った。
「なんだっ!?」
俺は、咄嗟に反応した。
「今、悲鳴が聞こえたわよね!?」
千歳も不安そうに言った。
急いで、俺と千歳は廊下に出た。
なんとか、目を細めて、廊下の先を右左と凝視した。
すると、新館2Fの右奥、視聴覚教室の前に女性が腰を抜かして、倒れていた。
もう、学校の外は真っ暗だ。
廊下を照らす蛍光灯がなぜか不気味だった。
俺は、焦っていた。何が起きたか瞬時に理解することはできなかった。
「行ってみよう!」
その千歳の言葉を聞かなければ、俺の足は動かなかっただろう。
二人して、その女性に駆け寄った。
彼女は、地面を指さしながら言った。
「なによ・・・・なによこれ・・・・」
俺たちは、目を見張った。
視聴覚教室の前扉から、血が地面を這っていた。
「早く、先生を!」
俺は、とっさにそう叫んだ。
「先生ならここに。」
千歳は、冷静だった。
目の前にいた女性は、保健室の水城先生だった。
「私は、すぐには立てないわ。職員室に行って知らせてきて。鍵も・・・鍵も忘れずに。」
彼女は、なんとか頑張って話しているようだった。元も子もないだろう。
俺は、千歳に水城先生を任せて、職員室に走った。
職員室の扉を勢いよく開け、視聴覚教室のことを話すと、職員室の先生たちは大慌てで、鍵を探したが見つからず、校長室の金庫からマスターキーを出し、先生たち数名と視聴覚教室に戻った。
扉を開けて、何人かが一斉に教室に突入した。
教室は真っ暗だった。
何か音がして、誰かの手によって電気がつけられる。
そこにいた全員の目にすぐ入ったのがさっきの場面だった。
誰かが悲鳴を上げていた。
そして、そこにいた全員が目をそらした。
誰もが黒板のメッセージに恐怖していた。
「コレハ ハジマリ」なのだから。
その後、教師の通報で警察が来た。
そして、俺と千歳は、駆け付けた制服の警官たちに当時の状況を聞かれたのだ。
少しして、制服警官に別教室でいろいろと説明していると、
開いた教室の扉に、白い手袋がちらついた。
ゆっくりと、40歳前半ぐらいの黒髪で、グレーのスーツを着た刑事らしき人物がこちらに入ってきた。
「やあ、四谷君。何年ぶりだろうね。」
その顔に、俺は見覚えがあった。




