四谷恭一の事件簿!?
春の終わりを告げる雨が、その日は降っていた。
新しい季節が始まり、そして昔のことは忘れ去られていく。
しかし、私は忘れなかった。あの幼気な笑顔を亡くしてしまった日のことを・・・・。
あの日もこんな雨が降っていたような気がした。
私の記憶は、真っ黒と真っ赤で、当時起きた細かいことは塗りつぶされているようだった。
「また、雨か。」
つい、そんな言葉が口を出てしまった。
雨は、何もかも消してくれる。
涙は、悲しみを消してはくれない。
「んんんん。」
目の前の生徒は、なにかしゃべっていたが、言葉にはならなかったようだ。
「さようなら、はなむけに。」
―彼は、声にならない雄叫びを二度上げると、少しして絶命した―
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いつからか、架空のミステリものによくある、探偵が行く先々で毎回事件に遭遇するなんて出来すぎていると思っていた。
こういうのを死神属性とまでいった方々は、ずばり物事の本質をついていらっしゃる。
日本の殺人事件またはそれに類する事件の発生件数に比べて、架空の街で起こる事件はハイパーインフレーションを起こしてしまって、最悪スタッグフレーションにも陥りかねない状況だろう。
だが、俺は憧れていたのかもしれない。
難解な事件、狡猾な犯人、それを取り巻く複雑な人間関係、論理的推察から真実を暴く名探偵。
「犯人は、この中にいる!」などと息巻いてみたかったのか?
現実的に考えてみたが、それは、読み物としてのミステリの中だけだった。
そういう考えからか、最近はミステリものをついぞ読まなくなってしまった。
しかし、俺は望んでいたのだろうか?
望んだのか望まなかったのか、宿命か運命か、高校入学を機に、すぐに俺はとある事件と遭遇してしまうのだ。
それは、まるでミステリに出会いたい、名探偵になりたいと幼心のうちに渇望した心写しの鏡が、願いをかなえてくれたようななんとも言い難い心境だった。
そう、これは物語の始まり。
偶然か必然か、嘘か誠か、まさに、かの名探偵のような死神属性を手に入れてしまったのだ。
「死神に相応しい事件か。」
ただ、その前にいろいろと語らねばならいだろう。事件に至る序章をだ。
まだ、肌寒い4月の朝。
俺は、真新しい制服を着て、今までと違う通学路を歩いていた。
駅から、高校のほうに向かって橋を渡り、片側二車線の国道を渡ると、県立三条高校(略して三高)があった。
朝の通勤通学時間ということもあって、国道は車通りが多く、また三校の校門付近には、生徒たちが溢れていた。
「やっぱ、ちょっと遠くなったな。」
俺が、そんな感慨に耽りながら、ボーッと最後の横断歩道を渡っていた。
ガンッ。
「痛て。」
そんな間抜けな声を出してしまった。誰かが俺のカバンにぶつかってきたのだ。
「あっ!ごめんなさい。」
俺の声に気づいたのか、少し黄色っぽい髪色の女は少し振り返り、お辞儀を軽くして、走り去っていってしまった。
三条高校の生徒だった。しかも、1年だ。
「今日もついてないかもなあ。」
体勢を立て直して、そう、また感慨に耽っていた。
俺のクラスは、1年4組だった。
後ろ扉のすぐ前の席、出席番号順に座ると、大抵そこが定位置だった。
ホームルームの始まりの鐘が鳴り、担任が姿を現した。大井という初老の男性教諭は、自ら自己紹介を終え、今日の予定を説明し、オリエンテーションなるものを始めると宣言した。
そして、恒例の自己紹介が始まっていた。
「・・・・千歳です。保山中出身です。」
「ちとせ」というのか。
今朝、ぶつかってきた女子生徒。
何かの因縁だろうか、同じクラスになってしまった。
少し黄色っぽい栗色の髪を、肩の少し上まで伸ばし、身長は俺より少し低い。
スタイル抜群、胸はちゃんと成長しており、三校の制服がよく似合っていた。
千聖は、クラスの女子の中でもかわいかった。
そして、めいめいに紹介を終わらせ、いよいよ俺の番が来た。大トリだ。
「四谷恭一です。」
そう名乗ると、千歳がこちらを見てきて、「あっ」みたいな顔をしやがった。
千歳は、ちょっと焦った顔の後、あーって落ち込んでいた。
思い出したのか?
そんな風にして、俺の自己紹介も終わり、担任の大井が何やら話し出した。
ホームルームは、すぐに終わった。
「ねぇ、よつやくん!」
俺が、顔を上げると、千歳が目の前に立っていた。
何の用やら。
俺が、どうしたんだと言わんばかりの目線を受け取って、千歳は切り出した。
「前に、どこかで会ったよね?」
俺は、少し考えてこう返答した。
「お前、今朝俺にぶつかったじゃないか。俺は、さっき、お前の表情で、それを悔いているんじゃないかと思ったが。」
「ああ、ごめんごめん。朝はちょっと急いでて。あれ、よつやくんだったの?急いでて、顔覚えてなくて。・・・・じゃなくて、よつやくんとわたし、どこかで会ったことない?」
まさにミステリだった。
俺の目の前の彼女は、俺に昔、会ったことがあるかないかを質問している。
極限のポーカーフェイスを保ちつつ、自分の記憶の糸を辿る。
だが、覚えていなかった。
「さあ、お前と会ったことはないと思うが。」
「そう、ならいいわ。」
俺はつい、彼女から、会ったことあるじゃない、なんで覚えてないの!って言われると思ったが、これは謎だ。
「で、よつやくんは、どの部に入るの?」
なぜだか、千歳はそんなことを聞いてきた。
「俺か?俺はどこにも入らない。」
「えーうそおー。」
今どきの女の否定だった。
「よつやくんは、てっきりミステリ研かと思った。」
意外な言葉だった。
「なんで?てか、そんな部ないだろう。」
三校には、ミステリ研なる部活も同好会もなかった。
「ないなら、作らないの?」
なぜ俺が、そんな労力を捻出せねばならぬのか。俺を、時の摂政官かなにかと勘違いしているのか。
「そんなもん、作らないし入らないんだ。」
「ふーん、そうなんだ。残念。でも、やる気になったらわたしも誘ってよね!」
千歳は、元気よくそう言った。
「で、お前は何に入るんだ?」
俺は、こいつにも聞いてやった。
「ねえ、お前ってやめてよ。」
「あーすまんな、千歳さんとかでいいか?」
「千歳でいい。」
「え?」
「千歳でいいって!」
俺は、彼女の琴線に触れてしまったらしい。
あとで、聞いた話だが、入学早々俺は千歳呼びを強要された、尻に敷かれるタイプの男性という実像を獲得していたそうだ。
話を戻そう。
「わたしもまだ決めてない。」
彼女の返答は、短かった。
それが、彼女と高校でまともに会話した最初だった。
それから、暫らくたって4月も終わりに近づき、ゴールデンウイーク前頃に差し掛かっていた。
俺は、千歳とはたまにクラスで話す程度だったと思う。
「部活、結局はいらなかったんだ。」
「お前も、だろ?」
そんな何気ない会話。
「ねえ、日直の仕事って面倒よね。」
「みんな平等に回るじゃないか。」
「そんなこと言ってんじゃないの。みんな平等に順番に回るけど、当番の日に面倒なことが起こったりす
るじゃない。」
「例えば?」
「この前なんて、先生に頼まれた資料を持っていこうとしたら、その教室の鍵がなかったり。」
「おお、まじかよ。それはきついな。」
俺の相槌は適当だったか。
千歳は、そんなの気にしないとばかりに話を続けた。
「もう、しょうがないから先生に言って明日の朝にやりますって承諾を得なきゃいけなかったし。」
「ああ、大変な日に当たったもんだな。」
そんな感じで、俺たちはちょっと会話を交わすだけだった。
「月日は百代の過客」なんて、昔の人はよく言ったものだ。
4月の入学から、もう5月が始まっていた。
入学前から咲き誇っていた桜並木は、すべて散り、青葉が茂っていた。
春の終わりを告げる雨が時には降り、梅雨を待ち望む青葉が、夏を呼ぶ風に吹かれていた。
5月の大型連休が終わり、明けて学校。
少し気温も上がったが、まだ過ごしやすかった。
春というものは、近頃すっかりその治世を短命にし、暑さという暴君がすぐに王政を奪取する。
まったく、異常気象だ。
梅雨の足音、猛暑の訪れが明確に俺には伝わっていた。
だから、生きづらい夏が来る前の、こんな過ごしやすい、昼寝日和の穏やかな日に、憎しみと残酷さの二重奏を拝聴しなければいけないとは、全くもって想像できなかった。
それは、大きな不協和音によって始まった。
「いぃぃぃぃいあああぁぁぁっっーーーー!!!」
つづく......




