第三話 曇天開けて Ⅵ
二月って短いですね…(遠い目
「―それじゃ、行ってきます」
半壊した宿の前に立つ菜緒さんや、そこに居る沢山の人たちを肩越しに振り返り手を振ると、荷物を背負いなおして、私は駆け出した。
道の向こうには同じく荷物を背負い、腰に長剣を刺した不知火が、遅い、とでも言いたげに苦笑しながら待っていた。
あれから。
気づくと、私は気絶してしまっていたようで、目を開けたらその顔を不知火と菜緒さんが心配そうに見られていた。
とりあえず起き上がると、体調を訊かれた。特に問題がなさそうだ、と告げると、二人は安堵の溜息をもらしたのだった。
改めて周囲を見回すと、森だった筈の場所はすっかり凄惨な有様になっていた。あちこちで見える破壊の跡、そして倒れた木々の所々には霜が張り付いていた。
どうやら、あの赤い夢のようなものは、その実幻ではなかったらしい。
そのことについては今一つ腑に落ちない部分もあったが、しかし考えても結論は出そうになく、確認すると、他の客たちも無事だったらしいので、ひとまずは良かった、と胸を撫で下ろした。
とはいえ、皆が無傷、と言うわけでもなかった。私がアレをやるまで、逃走した他の客たちも土人形によって足止めされていたらしい。その関係で怪我をしている人も少なからず居て、また私や菜緒さん、不知火も満身創痍だったので、とりあえずその日はあの小屋に戻って休息をとり、次の日にけが人に肩を貸したりしながらどうにか下山した。
宿の方も当然悲惨なことになっていたのだが、とはいえそちらは、何か所か気を付けなければ泊まれないほどでもなかったので、部屋を開け、一部の部分に立ち入り禁止のテープを張るなどして、現在の客に部屋を開放した。しばらくの間、動ける人が急きょ片付けたロビーでは医者が忙しそうに動き続けていた。
とはいえ、流石に暫く宿の再興は無理か…と思われたのだが、客の一人が修復を手伝わせてほしいと申し出ると、他にも数名がつられるように名乗り出てくれた。
「酷い目にあった…なんて言う連中も居ることだろうとは思うけどな。それでも結果としてアンタらは命がけで俺らを守ってくれたわけだし、寧ろ恩返しするのも当然だと思うわけよ、俺は」
その偉丈夫の男性は、金槌を回しながら快活に笑ってこう言ったものだ。
特に嬢ちゃんにはな、と肩を叩かれたのは流石に少々恥ずかしかった。私は基本的にただ逃げ回っていただけなのだ。少しくらい気を引くことには成功したが、それだって木霊のロザリオの力がなければできなかったことだ。
そんなこともあったりして、基本的に事後処理は順調に進んでいった。
すると当然、保留にしていたもう一つの問題が復活してくる。
と言うのは当然、不知火に関する話だ。
襲撃から逃げ帰ってきて数日、彼の怪我が回復するころを見計らって、私はロビーに来ていた彼を捕まえて、あの時のことを訊いた。
彼はそれについてはあまり触れなかったが、代わりに自分のこと、行商の旅をしていることや、実家が神社の神主の一族であることを手短に告げ、
「そのあたりの話、出来ればあんまり人に聞かれたくないんだよね。って言うことで、暫く付き合ってくれないかな?」
と、襲撃前と同じあの軽い口調で、旅への同行を提案されたのだった。
或いはこれが事件より前の事だったなら、ナンパかこいつ、と疑ったものだが、しかし彼の戦う様子を見た後だと、彼があながちただの好色家というわけではなさそうだ、と言うことも解っていたし、この男なら女性を誘うときはもう少し巧妙な手を使いそうだ、とも思った。
聞いてみると、彼の行く先は私の行きたい方向とさほど逸れていないようだったので、ひとまずは素直に従ってみることにした。
菜緒さんとも話をする機会があった。なかなか眠りに付けず、気分を変えようとロビーに出たところ、偶々掃除をしていた菜緒さんと出会わせたのだ。
彼女が入れてくれた暖かい飲み物を手に、二人でソファに座って話をした。
「…酷いじゃないですか、氷雨さん。天照様の使いであることを黙っていたなんて」
なんて、冗談めかして言って笑った彼女に、きっと本当は知っていたんだろうな、とは思いつつも、しかしそれは指摘せずに、
「菜緒さんだって、星詠みだってこと、黙ってたじゃない、お互いさまでしょ?」
と言って、二人して笑った。
それから、
「星詠みのこと、今起きていること、…今は、不確定なことが多すぎて、あまり言うことができません。ですが…氷雨さんの力になることだけは、保証します」
そう言うと、ポケットから小さな花の簪を差し出して、そっと私に握らせた。
「良かったら、持って行ってください。
そうですね…誓いの証、みたいなものとでも思ってください。…そのロザリオのように、魔力があるわけでも、何でもありませんが…」
「…ありがとう。大切にするわ」
それからは下らない話を幾つ交わしてから、それぞれの部屋に別れて眠りについた。
そうして日々は過ぎ、人々の怪我も大体治り…そして、出立の日を迎えた。
大勢の人に見送られながら、不知火と並んで街道を歩いていく。今日も街は賑やかで、そのことに何だか少し安堵した。
「…ねぇ、不知火、これから、どこに向かうつもり?」
「あぁ…その手の話をして大丈夫な場所、ってのもそうそうないからね。まずは信頼できる人の居る所へと向かおうと思ってる。…旅のお金も稼がなきゃいけないから、少し寄り道をしていくけどね」
「ふぅん…変なことしようとか考えないでね?」
「君相手だとひどい目にしかあわなそうだから止めておくよ」
「あ、それどういう意味よ!あ、ちょっと…!」
私の反応には我関せず、といった様子で、歩調を早めて先に行ってしまう不知火。身長が高い分歩幅も広いので、追いつくのが難しい。慌てて私も小走りで後を追う。
ふと思い出して立ち止まり、鞄の中から菜緒さんに貰った簪を取り出してそっと髪を留める。
それから。
「もう、待ってってば、不知火!」
雑踏の中をかき分けながら、頭一つ飛び出た彼の姿を必死に追っていく。
今日も、混雑した街道を進むのには苦労しそうだ。
空を見上げる。
雲一つない空は、どこまでも高く、青く澄み渡っていた。




