傭兵団を離れるという選択①
眠い、眠すぎる。
自分のために行われた祝勝会のあと、ロイの身体は疲労と食後の血糖上昇から来る睡魔に猛烈に襲われていた。
それはそうだ。
初めてのゴブリン討伐、身体にはアドレナリンが駆け巡り無視できていた疲労感も、緊張が溶けてしまえば身体に回してきたツケを返しにきていた。
酒場の中はまさに混沌。
床に転がる大男達もいれば、机に伏して寝ている女性団員もいる。
数人は皿に広がる豆をつまみながら酒を口にしていた。
カウンターでは、女将が面倒臭そうに溜まった皿を洗っていた。
このまま一晩、この酒場は『夜明けの狼』にとっての寝床になるのだろう。
カウンターには、女将が書いたであろう文字で1枚の紙が重石に挟まれていた。
『急ぎの用があるなら、2階の鈴を鳴らすこと』
この酒場はゴブリン被害に合っていた村の中にある。
決して大きくない店の中は酒臭さで充満していた。
女将としては、このまま団員達が寝泊まりすることは、はた迷惑だろう。
まだまだ駆け出しの傭兵団相手ともなれば、それは明らかだ。しかし、そんな自分達を追い出さないのは、村を守ってもらった手前、女将も溜飲を下げざるをえなかったのだろう。
「なんだ、あんた用を足すなら裏だよ」
酒場の女将が、チラとロイを見ると口を開いた。
確かに酔いは回っている。
この世界において成人は14歳からだ。記憶が戻った手前、日本の基準に当てはめると未成年で酒を口にしたことに、若干の罪悪感を感じつつも結局は勧められるままに飲んでしまった。
「ありがとう」
ロイは、床で寝ている団員の頭を蹴飛ばさないように気を付けると酒場の扉を開いた。
ブワッと涼やかな夜風が酒場に吹き込むと、ロイの頭は一気にクリアになった。初夏を前にしたこの地方の夜風はひんやりとして気持ち良い。
ロイはそのまま、日本人なら用を済ませることを躊躇するような環境の厠で用を済ませると、そのまま酒場には戻らず牧草地との境にある柵に腰かけた。
「まさか、自分が転生っていうやつに合うなんてなぁ」
ロイとして生きてきた14年。水島 勇斗として生きてきた21歳までの記憶。ただ、水島 勇斗として生きてきた記憶の最後がどこまでであるかは、思い出すことができなかった。
しかし、ロイとしての記憶は鮮明に覚えている。
なぜ、自分が傭兵団に入ることになったのかもだ。
空を見上げれば、月が2つ浮かんでいる。
この世界の夜を守ると言われている連星、『スフィア』と『エリス』だ。
それらを見ると、やはりここが地球ではないことを認識させられる。
しかし、草陰から聴こえる虫たちの合唱は、2つの世界でも変わることはなかった。
ザッ、ザッ、ザッ
気づくと背中側から足音が近づいてきていた。
その一定のリズムには聞き覚えがある。
「──団長」
『夜明けの狼』を束ねる、ロイ達傭兵団の団長。
星4英雄のラグナスは、いつも通りの気さくな笑みを口元に浮かべるとロイに向かって右手を掲げた。




