二人の夜
「さ、ここ使ってね」
リーチェの母親、リオナに案内された部屋を見てロイは絶句した。
「あの、リオナさん⋯⋯もしかしなくても、ここはリーチェさんのお部屋では?」
眼の前の部屋を見て、ロイは背筋が寒くなった。
「ご明察。ここはリーチェの部屋だよ。居間を除いたらうちは部屋が3つだからね。旦那、私、そしてリーチェが一部屋ずつ」
「あのぉ、居間の床でも良いんです。それに年頃の娘さんの部屋に許可があっても男が泊まるのは⋯⋯あのなんていうか」
もしかしたら、リオナにからかわれているのか?
ロイはしどろもどろになりながら居間で寝ることを提案してみたが、返ってきたのは却下だった。
「居間はさっきの通り家具とテーブルで満足に横になれないよ。旦那のゴードンはあの体格でしょ?部屋に横になったら、ロイ君の寝る場所はないしね。必然的にリーチェの部屋さ」
リオナが楽しそうにロイの背中をバンバンと叩いた。
「リーチェも何か言ってくれよ」
ロイはすがるように後ろに立つリーチェに助けを求めた。
「ボク?ボクは気にしないよ。だってロイは悪い感じがしないもん」
リーチェはケラケラと笑った。
「ま、リーチェが安心してるってのが理由の第一だね。そして、うちの旦那は狩人だけど、レベルは20。どう?何もする気がおきないでしょ?」
レベル20の狩人。
それは、クラスアップに必要なレベルを満たしていることになる。
覚えているスキルの数も、5は超えているはずだ。
温厚そうに見えるゴードンだが、あの体躯とレベルは納得なのかもしれない。何か間違いでも起ころうものなら⋯⋯
ロイは自分の背骨がくの字に折れ曲がっている姿を想像してしまった。
「はい、ボクはこの部屋に泊めさせてもらいます⋯⋯」
サーッと肝が冷える思いで、ロイはカタコトで返答すると素早く頭を縦に振った。
その様子を見たリオナはポンとロイの肩を押すとリーチェの部屋に押し込んだ。
「さ、今日は疲れたでしょ?早めに寝るんだよ」
そう告げるとリオナは鼻歌を歌いながら階下に降りていってしまった。
扉が閉まると、リーチェは軽やかなステップで自分のベッドにダイブすると、布団をギュッと抱きながらロイに向き直った。
部屋の中にはロウソクの炎がゆらめき、ハーブの心地よい香りが漂っている。
傭兵団のむさ苦しいキャンプの中とは雲泥の環境だ。
それでも、『夜明けの狼』の女性団員は少しでも環境を整えようと寝床にはハーブを持ち込んでいたようだが、ラグナス達男組は、不用意な香りは敵に気取られるといってハーブをテントの中に持ち込むことはなかった。
「ささっ!ロイのレベルアップ計画を聞かせてよ!」
リーチェが嬉しそうにロイに話しかける。
その笑顔を見ると、ロイは悩んでいたことが馬鹿らしくなった。
確かに、水島 勇斗にとってリーチェは『グランディア戦記』で思い入れがあり、作中1、2の推しキャラだった。
しかし、眼前にいる女の子が水島 勇斗としての記憶にある女の子と同じかと問われれば、勿論答えは否だ。
この世界で生きるリーチェにとって、ゲームのストーリーなんて関係がないのだ。ただ一人の女の子として考えると⋯⋯
──やばい、めちゃくちゃ可愛い。
そのことを自覚すると、ロイは顔が真っ赤になるのを感じた。
「あ、あぁ。レベルアップはさ──」
恥ずかしさを悟られないように、ロイは少し視線を逸らすと早口で計画を喋り始めた。
話しているうちに熱が入ったのか、ロイは楽しそうにリーチェに今後のレベルアップの計画について話していた。
ロイが一通り話し終えると、リーチェはやや興奮気味に前のめりになっていた。
「そんな方法があるなんて!傭兵団にいたのは伊達じゃないね。ボク知らなかったよ!父さんだって、村を守ってずーっと戦ってたから、レベルが上がってるのは当然と思ってた。ツノウサや鳥くらいじゃ、レベルも上がらないわけだぁ」
今までやってきた努力が、今となってはレベルアップにほとんど効果がないことが分かったのか、リーチェは天井を仰いだ。
「そんなことはないよ。レベルやスキルがあっても最後に活きてくるのは経験だよ。狩人で3年間ずっとやってきたことは、間違いなくリーチェ自身で得た力なんだ」
そう。俺のレベルアップの方法は一言で言えば、よくあるゲームのアイテムを使ったレベルアップ。
ただ、その方法がこの世界でほとんど知られていないことは、リーチェの反応からも明らかだった。
「へへっ、そっかぁ。ボクのやってたこと無駄じゃなかったんだ。──今日初めて出会ったのに、ロイって優しいね」
髪をいじりながら、リーチェが恥ずかしそうに俯いた。
その反則級の可愛さに、思わず動悸が速くなってしまう。
ゆらゆらとロウソクが揺らめく室内に、なんとなく気まずい空気が流れる。
そんな時だった。
ガンガンガンガン!
突如、村の方からけたたましい鐘の音が響き渡った。




