04
アルヴィスが去った後、一人の老執事が音もなく現れる。
「貴女様が、リゼット様ですね。この城へようこそ。」
執事は一礼し、歓迎するような温かみのある声で言う。
「ここでは自給自足の生活となります。お腹が減ったら、裏の畑から野菜を採って、ご自分で調理してください。お部屋も空いている所を掃除して使っていいですよ。」
「えっ?そんな自由に……過ごして良いんですか?」
リゼットは目を丸くして、呆気にとられる。王宮では、一歩歩くのにも許可が必要で、常に監視と虐げの対象だった。リゼットにとって信じられないほどの自由と解放感。
「ええ。良いですよ。この城に居るのは主であるアルヴィス様と、双子のメイド、そして私、執事の4名のみです。こちらの邪魔をしなければ、どうぞご自由にお過ごしください。」
「わかり……ました。ありがとうございます。」
「いえいえ。では。」
執事は伝え終わると、霧のように立ち去っていった。リゼットはさっそく、教えられた畑を見に行く。しかし、そこに広がっていたのは、一般的な畑とは程遠い光景だった。黒ずんだ土に、禍々しい紫色の筋が入った葉、鈍く光る果実。高濃度の魔毒がたっぷり入った野菜たちだった。
「私は食べられるけど……他の方々は、これを食べているのから……。」
普通の人間なら見ただけで逃げ出す毒々しい群れ。リゼットにとっては宝の山に見える。彼女はいくつかの野菜を収穫し、厨房を借りて手際よく調理する。
(美味しい……。この魔毒、痛みがないわ。私にとっては、最高に新鮮で美味しいお野菜だわ!)
自ら作ったスープを一口飲み、リゼットは頬を緩ませる。アンゼリエッタに無理やり飲まされていたあの激痛の毒に比べれば、この土地の毒は優しく、そして深いコクの味わいになった。
「……匂いがする。令嬢なのに、調理ができるのか。」
背後からの低い声に、リゼットは飛び上がる。いつの間にか、アルヴィスが厨房の入口に立っていた。
「伯爵様!すみません、お庭のお野菜を頂きました。ありがとうございます。ここのお野菜はとても美味しいですね!」
「美味しい……?あの野菜が?」
アルヴィスは信じられないものを見る目でリゼットを見る。そして吸い寄せられるように彼女の皿に歩み寄ると、一言、短く命じた。
「……食わせろ」
アルヴィスがスープを一口、口に含んだ瞬間。彼の時間が止まった。
「味が、する……。美味しい……。」
呆然と呟き、彼はリゼットの肩を掴んで詰め寄る。
「どうやって、魔毒を無効化した?この土地の野菜も肉も、誰が調理しても腐った泥の味しかしないはずだ。浄化魔法か?それとも、聖女の力か?」
「えっ、違います!私は聖女じゃないので、そんな凄いことは……。ただ私には毒無効があるので、自分は美味しく食べられるように作っただけで……。」
「馬鹿な……。この料理からは、完全に魔毒が消えている。」
「そんな……知らないです……。」
困惑するリゼットをアルヴィスは射抜くような鋭い視線で見つめる。
「……明日から、俺の分の食事も作れ。報酬は望むままにやる。」
「報酬も何も、この野菜も厨房をお借りできたのも、この城にあるアルヴィス様のものですわ。……私でよければ、作らせてください。」
「明日、必ずだ。」
「は、はい……!」
生まれて初めて、誰かに何かを期待された。リゼットの胸に、じんわりと温かな高鳴りが広がる。その夜、彼女は与えられた部屋を丁寧に掃除し、湯気の立つお風呂も借りることができた。王都では冷水を浴びることも珍しくなかった彼女にとって、とても贅沢だった。リゼットは深い安堵に包まれ、眠りについた。




