02
豪奢なシャンデリアが輝くその下で、冷たい大理石の床に、リゼットは膝をついていた。
「申し開きはあるか、リゼット。」
高圧的な態度で言ったのは、リゼットの婚約者である、第一王子カイル・アルドリックだった。彼の後ろではアンゼリエッタが肩を震わせ、カイルの袖を掴んでいる。アンゼリエッタが座っていたテーブルには、どろりと黒く変色したスープが置かれていた。
「申し開き、も何も……。私はいつものように、アンゼリエッタの食事に毒が混じっていないか確認しただけです。」
リゼットの言葉に、カイルが激昂して椅子を蹴り上げる。
「黙れ、毒婦め!毒見役という立場を悪用し、あろうことか聖女であるアンゼリエッタの皿に、致死性の猛毒を滴らせる現場を衛兵が見ているのだぞ!」
「ち、違います!そのスープには元から毒が……。」
「見苦しいぞリゼット!」
カイル王子の怒声が、高い天井に反響する。リゼットはビクリと心臓を跳ね上がらせる。
「お前は昔からそうだ。聖女として輝くアンゼリエッタへの嫉妬に狂い、影で嫌がらせを繰り返してきた。……だが、殺害未遂となれば話は別だ。貴様のような女、即刻処刑してくれる!」
リゼットは、視界が滲むのを感じた。嫉妬?嫌がらせ?アンゼリエッタが聖女として健やかに育つため、代わりにありとあらゆる毒を煽り、喉を焼き、のたうち回ってきたのは誰だと思っているのか。毒無効は毒を食べても死なないが痛みや苦しみは消えない。毎日、アンゼリエッタの豪華な食事を一口ずつ食べ、冷や汗を流しながら確認する。時々アンゼリエッタに致死量の毒を混ぜ込まれる。それがリゼットのすべてだった。
「カイル様、お待ちになって。お姉様もほんの出来心でやったのかもしれません。処刑だなんて、あまりに可哀想ですわ……。」
「アンゼリエッタ……君はなんて優しく清らかなんだ。自分の命を狙った女に、慈悲を与えるというのか。」
カイルは感動したようにアンゼリエッタの手を取った。
「……ふふ、あははっ。」
リゼットは思わず、乾いた笑いが漏れた。アンゼリエッタがリゼットの処刑を止めたのは、慈悲ではない。リゼットが死んでしまえば、明日から代わりに毒を飲んで虐める相手が居なくなるから。
「狂ったか!情けなど不要だ!こいつは追放する!身分を剥奪し、北の最果ての地に放り込め!」
「最果ての地……あそこは、魔物の毒素が蔓延する死の土地では……。」
「毒婦のお前にはお似合いだろう。毒にまみれて野垂れ死ね。」
「そんなっお姉様っ!」
アンゼリエッタがわざとらしく叫ぶ。カイルは彼女を抱き寄せ、優しく囁いた。
「アンゼリエッタ……心配しなくてもいい。もう二度とこの毒婦とは顔を合わせることはないのだから。」
カイルの言葉を聞いたリゼットは、心の中にあった、最後の欠片の執着が崩れ去った。
(あぁ……このままアンゼリエッタに毒を飲ませられ続けるくらいなら……。)
「追放について、承知いたしました。」
(死の土地で、命を終えよう……。)
すべてがどうでもよくなった。毒を飲む日々も、誰からも愛されない孤独も。リゼットはただ、静かに目を閉じた。頬を伝った涙が、冷たい大理石に吸い込まれて消えていった。




