01
王宮の一角、日差しが穏やかに差し込む一室。しかし、空気は凍りつくほどだった。ふかふかのソファに深々と腰を下ろし、優雅に脚を組むのは妹アンゼリエッタ・グランヴィル。その足元、冷たい大理石の床に膝をつき、罪人のように俯いているのは、姉リゼット・グランヴィルだった。
「ねぇ、リゼットお姉様。このお菓子いつものように毒見をお願いね。」
「アンゼリエッタ……これは……。」
アンゼリエッタが、皿を差し出す、そこには色とりどりの可愛らしいいくつものマカロンが並んでいた。しかし差し出されたマカロンには、紫色の毒々しい色の液体がたっぷりと掛かっていた。それは魔力増幅剤の原液だった。通常は薄めて飲むありふれた薬だが、原液のまま飲めば血管を焼くような激痛を伴う。毒に等しいものだった。
「食べてくれますわよね?だってお姉様は聖女である私の毒見係ですもの。それとも、私の代わりにお祈りができるのかしら。……できないわよねぇ、無能だもの」
くすくすとアンゼリエッタは楽しげに笑う。その瞳は姉への慈悲など微塵も存在しない。
「食べられないのなら、毒見係を解雇して……娼館送りって約束よね?」
リゼットは奥歯を噛み締めた。彼女はここにしか居場所がない。理不尽に従わなければさらなる地獄へと送り出されることになる。
「……確認、致します。」
リゼットは覚悟を決め、紫の液体が掛かったマカロンを口に運んだ。
「――っ、……っ!!」
食べた瞬間、口から喉へかけて、熱した鉄を流し込まれたような衝撃が走った。そして全身に激痛が走る。視界がチカチカと火花を散らす。リゼットは崩れ落ちる。
「あらぁ、やっぱり毒が入っていたのね。でもお姉様は大丈夫よね?だって毒無効だけの無能スキルの持ち主ですもの。さすが、私の毒見係だわ。」
「……は、ぁ……っ、……げほっ、げほっ!」
全てが焼けるような痛み、全身が震え、涙がこぼれそうになる。だが、リゼットの持つスキルは非情だった。死ぬほどの苦痛を与えながらも、彼女の身体と生存させ続ける。意識が遠のくことすら許されず、激痛を鮮明に味わい続ける。
「あははっ本当に無能。毒の痛みは消せないなんて。なんの役にも立たない加護ね。」
アンゼリエッタはソファから立ち上がると、這いつくばるリゼットの髪を、ひどく雑つに持ち上げる。
「……ねえ、知ってる? カイル様も言ってたわ。リゼットが苦しんでいる顔を見ると、アンゼリエッタがいかに清らかで守るべき存在かを再確認できるって。お姉様は、私の引き立て役として最高なのよ。」
その言葉は、肉体の痛み以上にリゼットの心を深く抉った。婚約者ですら、自分の痛みを、妹を愛でるためのスパイス程度にしか思っていない。
「さあ、次はカイル様との晩餐会よ。そこでもたっぷりお仕事してもらうから、せいぜいお腹を空かせておいてね?」
アンゼリエッタは楽しげな鼻歌を歌いながら、軽やかな足取りで部屋を出て行った。静まり返った部屋で、リゼットは焼け付く喉を抑えながら、荒い息を吐く。
(大丈夫……死なない。私は、死なないから……。)
自分にそう言い聞かせることしか、出来なかった。その数時間後。地獄が待ち構えているとも知らずに、リゼットは震える足と叱咤し、ボロボロになった心を引きずって、アンゼリエッタの毒見のために晩餐会の席へと向かったのだった。




