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寄せては返す波のように〜妻は目の前から消えては何度もまた現れる〜  作者: ことり おと


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9/10

また…


 次の日は、とても仕事に行く気になれず休んだ。

 だから海へと足を運んだ。


 前と同じように波打ち際を歩き、茉尋がいないか探した。

 

 もちろんいなかった。

 

 茉尋がよく遊んでいた場所まで戻ると、俺は砂浜に腰を下ろし海を眺めた。でも…やっぱり胸が痛くなるばかりで、俺は目線を落として砂浜を見た。


 これから俺はどうすれば…


 もう生きる気力なんてどこにもない。


 誰かに話したくても、きっとこんな話は誰も信じないだろう。それはシンちゃんを見ていればわかる。俺以外の人はなぜか記憶が改ざんされる。

まだシンちゃんと小百合さんしか確認してないけど、きっと他の人たちもそうだろう。


 幻でも幻覚でも偽物でもなんでもいい。

 とにかくなんでもいいから、どんな形でもいいから茉尋と一緒にいたい。


 茉尋…戻ってきてくれ…


 下を向いて、波の音を聞きながら何度もそう願った。

 

 今日の天気は曇っている。日が雲で隠されてしまっているから寒く感じた。それに少し風も出てきた。

 そんなだからか、波の音でさえも冷たくて、寂しく感じた。


 そういえば茉尋は、波の音が好きだと言ってたな。心地いいんだと言っていた。それに変なことも言っていた。


 あれは確か…

茉尋と砂浜に座って海を見ていた時だ。


「私波の音って大好きっ」

「そうなの?」

「うん。なんだか心が洗われるような感じがして、心地いいんだ」

「心が洗われる?」

「そう。雑念を洗ってくれる感じ」

「雑念かあ…確かにな。」


 俺は目をつぶって波の音を聞いた。

 茉尋の言っていることがなんだかわかる気がした。心が洗われる…か。茉尋でもそういう感覚があるんだな。俺から見れば茉尋の心はキレイに見えるから、そんなふうに考えていただなんて、この時の俺は少し驚いた。


「じゃあ茉尋の心は今キレイなんだな」

「そうだよ?もうピッカピカだよ?そういえばさ、波の音を再現する時、何使うか知ってる?」

「あずきだろ?」

「そうっ。だから波の音を聞いてるとね、あずきを思い出して、おしることか、白玉ぜんざいとか、あんこが食べたくなるんだ」

「…雑念だらけじゃん」

「あははっ。大正解っ」

「心が洗われるっていう話はなんだったんだよ」

「それも本当だよ。自分の中のネガティブな感情とかを波がサァーって洗い流してくれるの。」


 ネガティブな感情…茉尋はいつも笑っているし、どちらかといえばポジティブな方だ。

 俺が仕事で失敗をして落ち込んでる時も「大丈夫大丈夫っ。千明くんはできる子だから」なんて冗談を交えながら、よく笑い飛ばしてくれていた。

 だからこれにも俺は少し驚いていた。


「茉尋にもネガティブな感情ってあるんだな」

「あったりまえでしょー?私を一体なんだと思ってるの?かよわき乙女よー」

「かよわき乙女ねー?」

「ねえねえ、そんなことより帰りにたい焼き買って帰ろっ?」


 そんな茉尋の楽しそうな姿を思い出した。


 思わず目頭が熱くなる。


 茉尋…たい焼き買ってやるから出てこいよ。

一緒に波の音を聞いたあと、あずきを連想しながらたい焼き買いに行こ?

 あの時の俺も、茉尋の話を聞いてまんまとあんこが食べたくなったんだ。そんな状態で食べたあのたい焼きは、すごく美味く感じたんだ。

 だから茉尋…また一緒に食べよう?


 俺はそんなことを考えながら、また波の音に耳を澄ませた。

 さっきまで寂しく感じた波の音が、少しだけ温かく感じた。


「あれ?今日は午後から?」


 …。


 茉尋の声だ。


 俺はすぐに顔を上げた。

 するとそこには茉尋がいた。


 なんで…


 俺はすぐに目の前の茉尋を抱きしめた。


 温かい…。

 ちゃんと抱きしめている感覚もある。匂いもちゃんと茉尋だ。


 俺はまた泣いてしまった。


「もう…どうしたの?また怖い夢でも見ちゃった?最近仕事頑張りすぎなんじゃないの?」


 茉尋は俺の心配をしてくれた。

 …それに…“また怖い夢でも…”と言っていた。昨日までの記憶があるのか?


「…みかん…」


 俺はそう呟いた。


「え?なに?みかん?」

「2月に食べたみかんの味、覚えてる?」

「もーっ、覚えてるよ。酸っぱかったじゃん。なのに千明くん、甘いって嘘ついてさあ」

「あの時俺、茉尋にたくさん食わされた」

「あーっ。もしかして根に持ってんの?」


 やっぱり…ちゃんと記憶があるんだ。


「お肉のうた歌って?」

「えー?さっきから急になんなの?泣いてると思ったら今度はお肉の歌?そんなのもう忘れちゃったよ。大晦日に歌ったやつでしょ?」


 これもちゃんと覚えてるんだ…。


「お前昨日、どこに行ってた?」

「どこって…ずっと一緒にいたじゃん。ここに散歩に来て、それから家に帰って…」

「昨日の夜ご飯は?」

「昨日は確か…あれ?何食べたっけ…?」


 昨日の14時頃、茉尋は消えた。

だから夜ご飯の記憶がなくて当たり前だ。


「それより今日はなんなの?午後からなの?それともズル休み?」

「…ズル休み…」

「本当に?千明くんそういうことしないじゃん」

「少し…頭が痛い」

「だったらお家帰ろうよ」

「茉尋はなんでここにいるの?」

「なんでって…なんでだろ…」


 茉尋の顔を見てみると、困惑している表情だった。本当に何も覚えていないらしい。


「今日は家でゆっくりしよう?」


 俺はまた茉尋を抱きしめるとそう言った。


「うん…そうだね…」


 茉尋はそう言ってくれた。

 茉尋の顔は、少し不安そうにしていた。記憶がないことに対して違和感を覚えたのだろうか。


「たい焼きでも買って帰ろうか」


 俺がそう言うと、茉尋はすぐに笑顔になった。


「波の音はあずきの音だもんねっ」


 俺たちは手を繋ぐと、海を背にして商店街へと向かった。

 たい焼きを2つ買うと、それを食べながらゆっくりと歩いた。


 家に着いて落ち着くと、俺は茉尋に聞いた。


「茉尋…俺と一緒にいたい?」

「うん。だから結婚したんだよ?なんでいきなりそんなことを?」

「だったらもうひとりで海に近づくな」

「どうして?」

「どうしても。あと海に入るのも絶対にだめ。海水に触れるのもだめ」

「…チャッピーに会えなくなっちゃうの?」


 悲しそうな声で茉尋はそう聞いてきた。


「…俺と一緒なら波打ち際までならいい。それで納得してくれない?」

「…」

「そうして欲しい…」

「わかった」


 茉尋はそう言ってくれたけど、その声は納得がいかないという感じだった。

 茉尋は何度も俺に理由を聞いてきたけど、適当な理由も見つからず、ただただ“海にひとりで行くな”とだけ繰り返し言った。

 やっぱり茉尋は納得いかないというような顔だったが、俺の必死な様子に折れてくれたようで、海には行かないと約束してくれた。


 あの時茉尋は、海に足を入れた瞬間に泡となって消えてしまった。たぶんそれは手で触れても同じようになると思う。

 どこの海でもそうなるのかもしれないし、ここの海でだけそうなるのかはわからない。

 とにかく海に触れさせないようにしないと…。海に触れると茉尋はいなくなってしまう。

きっとこれは間違いないと思う。

 

 でも…


 そう考えると…


 茉尋はもうこの世にいないことになるんじゃないのか?海に触れると消えてなくなってしまうだなんて、生身の人間ではならないことだ。

 それとも生き霊に似た何かなのか?

 茉尋は今何かに囚われていて、うちに帰りたいという強い気持ちで実体化して…


 逆も然りか…


 俺の気持ちが強すぎて、茉尋を作り出してしまっている…?

 ならなんでシンちゃんにも見えるんだ?

 なんで茉尋は普通にバイトに行き、ちゃんと給料を貰ってるんだ?


 以前、茉尋が再び俺の前に姿を現した後、普通にバイトをしているのを見て不思議に思っていた。店長の小百合さんも普通に茉尋に接し、給料日になればちゃんとお金が振り込まれていたのをこの目で確認していた。

 なら俺にだけ見えている幻や幻覚ではない。

ちゃんと俺以外にも見えているんだ。

 でも茉尋が海の泡となってしまったら、戻ってきていた茉尋の記憶はみんなからは消えてしまう。なのに俺はちゃんと覚えている。


 なんでだ?

 なんでなんだ?


 なんで俺だけ…。


 やっぱり俺が作り出してるのか?

 俺が茉尋を作り出しているから、俺だけは記憶が残っているのか?


 ああ…もう…


 頭が痛い…


 急に眠気が襲ってきた。それもそうだ。昨日はあまり眠れなかった。茉尋が戻ってきってホッとしたのもあるんだろう。

 俺が少し寝ると言うと、茉尋も一緒に寝ると言った。


 目が覚めてすぐに隣を見る。いつものように茉尋は気持ちよさそうに眠っていた。


 時間を確認してみると昼過ぎだった。

 俺はそっとベッドから抜け出すと着替え、茉尋が世話になっている花屋へと向かった。


「あ、千明さん。こんにちは。今日はお休みですか?」

「はい。あの…茉尋がいつもお世話になっております」

「いえいえ。お世話になってるのはこっちのほうですよ。茉尋ちゃん、接客が上手だからホント助かってます」


 店長の小百合さんはそう言いながら柔らかく笑った。

 この口ぶりからすると、茉尋は生きているということになる。もし茉尋が死んでいたのならこんなふうに言わないだろう。きっと俺に気を遣って、“生前は…”とかなるはずだ。

 なのに目の前の小百合さんは、あたかも今も茉尋が今この世に存在しているかのように話していた。

 俺は締めの挨拶をすると、その場から立ち去った。


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