交換日記
やっぱり茉尋は…現時点では存在してるんだ。
俺は帰り際に一冊のノートとカラーペン、マジック、色鉛筆、シャーペンやボールペンなどを買って帰った。
家に着くと茉尋は起きていた。
「どこ行ってたの?」
少し不安そうな顔をしながら茉尋はそう聞いてきた。
なんで…そんな不安そうな顔をしてるんだよ…。
俺はそう思いながら、茉尋をそっと抱きしめた。
やっぱりちゃんと温かいし、抱きしめている感覚がある…。
「ちょっと買い物してた」
「買い物?」
「そ。ノートとペン」
俺はそう言うと買ってきたものをテーブルの上へと広げだ。
「何これ」
「今日から交換日記をしよう?」
「…交換日記…?」
「そう。交換日記」
俺がそう言うと、茉尋は目を輝かせた。
「わーい。なんだか久々だなぁ。小学生以来だよ」
「いいだろ?こういうのも」
「そうだねっ。なんか楽しいかもっ」
よかった…。
これで茉尋が今この瞬間を生きている証になるんじゃないだろうか。この交換日記をすることによって、茉尋がちゃんと存在していた証明になるのではないか…。俺はそう思っていた。
ノートを手に取ると、1ページ目にデカデカとマジックの太い方で禁止事項を俺は書いた。
“ひとりで海に行かない”
“海に触れてはいけない”
それを茉尋に見せると不満を漏らした。
「初っ端からそれ?」
「大事なことだから。守れるか?」
茉尋はそのノートを手に取り、同じページに何か書いていた。
“わかったよばーか。”
「“ばか”は余計だろ」
「ははっ。いいのいいのっ。これも思い出だから」
さっきの“不満”はどこへやら、茉尋は楽しそうに笑っていた。
それからイラストを書き出した。それは俺たちの似顔絵だった。リアルなものではなくてデフォルメされた可愛らしいもの。
「上手いな」
「ふふっ」
茉尋は楽しそうにしていた。
こういうの好きなんだよな、茉尋は。
前にも“童心に帰ることは時には必要なのです。”だなんて言ってだこともあったもんな。
茉尋は次のページにもイラストを描いていた。
「それなに?」
「チャッピー」
こんな感じなのか…。
そこに描かれたチャッピーの姿は、さっきの俺たちのイラストとは違ってスケッチのようにリアルなものだった。
ヒラヒラとした尾の長いグッピーみたいな魚に、蝶のような羽が生えていた。
「キレイだな、チャッピー」
「そうなの。妖というよりは妖精みたいな感じ」
「妖精っているのか?」
「わかんない。ただなんとく…ほら、おとぎ話とかに出てくるでしょ?妖精って。羽が生えててキラキラしてて…私には妖なのか妖精なのかわからないし、そもそも妖精はいるのか、妖精がなんなのかもわからないけど」
茉尋はそう話ていた。
それにしてもチャッピー…名前からしてもっと可愛らしい姿を想像してたのに、全然違うじゃないか。なんだか幻想的でキレイだな。
こんなにキレイなものが見えている茉尋を羨ましく思った。
とりあえずこんな感じで交換日記が始まった。
「ちゃんと日付書くのも忘れんなよ」
「はーい。がってんしょーちのすけ」
「…がってん承知の助って…」
シンちゃんがふざけてよく言っている言葉だ。
それから俺たちは毎日ではないけどノートにその日の出来事や、連絡事項などを書き綴るようになった。
茉尋に関してはその日に会った妖のイラストなども描いていた。
茉尋が書く妖のイラストはどれも可愛らしいものばかりだった。デフォルメされているものもあれば、スケッチのようにリアルなものもあった。
「人もリアルに描けるの?」
「まあ、それなりには?」
「サミダレさんは描ける?」
「ちょっと描いてみるねー」
茉尋はそう言うと、楽しそうにしながらノートに描き始めた。
「できたーっ」
俺はノートを手に取ると見てみた。
「美人だな」
「でしょでしょー?」
そこに描かれた妖は本当に人間そのもので、少し儚さを感じるもののとても綺麗な人だった。
これなら茉尋が人間と勘違いしても仕方がないな。
ノートは茉尋の絵でたくさんになった。
俺はそれを見返すのが好きだった。茉尋が描くイラストからは温かさを感じた。それに元気をもらえるようにも感じた。
今度ノートを買う時は罫線がない自由帳のようなものにしよう。
桜が満開になった。
日曜日、俺はさっそく茉尋を連れて桜の並木道へと連れて行った。
地元の人や他県からも人が集まり、屋台なんかも出ていて賑わっていた。
「あっ、あったあった、りんご飴っ」
「まずは桜を見ろ桜を」
「だってまだ並木道じゃないじゃん」
「でもここにだって桜はいっぱいあるだろ?」
「屋台だっていっぱいあるでしょ?」
茉尋は目を輝かせながら色んな屋台を覗いていた。それから自分の肩の方を見ながら何やら話していた。おそらく茉尋の肩に妖でも乗っているのだろう。
「え?なに?うん…うん…あ、なんかね、桜が咲くと毎年こんな感じでここは賑わうんだって」
どうやらその妖はこの賑やかさについて茉尋に聞いているらしかった。
「君は別の場所から来たの?…え?さっき生まれたの?そっかそっか。もしかしたら桜から生まれたの?…ん?違うの?でも桜色で君すごくキレイだよ」
「ねえ、帰ったらその子の絵を描いてよ。俺も見たい」
「わかったぁ」
茉尋は楽しそうにそう言ってくれた。
それから茉尋はスーパーボールすぐいをやったり、一緒に射的で勝負もした。俺に負けた茉尋は悔しそうにしていた。そんな茉尋に、さっき射的で取ったうさぎのぬいぐるみを渡した。するとすぐに機嫌を直し、ニコニコとしていた。
「このうさちゃんかわいいっ、ありがとっ」
「いえいえ。喜んでもらえたようで何より。ま、俺に負けたけどな」
「むーっ、悔しいっ。でもいいもん。うさちゃんもらったから」
「やっぱり返して」
「返さないよーだ。うさちゃんも私の方がいいって言ってるし」
「そんなことないだろ。このうさちゃんは俺にメロメロだ」
すると茉尋はうさぎのぬいぐるみの口元に耳を寄せてこう言い出した。
「うんうん。そうだよね。私もそう思うよ」
なんだか茉尋がそうやると、本当にぬいぐるみの気持ちまでわかるんじゃないかと、ついつい思ってしまった。
「それで?うさちゃんはなんだって?」
「なんかね、“うさ吾郎”はベビーカステラが食べたいんだって」
「話の主旨が変わってる上に、そいつ男だったのかよ」
「ははっ。そうだよっ」
茉尋がそう名付けたうさ吾郎は、淡いピンク色をしていて、“うさ吾郎”という渋めな名前とは、とてもかけ離れている見た目だった。
それからたこ焼きやじゃがバター、りんご飴やベビーカステラなんかを買って桜のトンネルへと向かった。
「わあ…すごくキレイ…。千明くん、ここさっきの子みたいな妖がたくさんいるよ。他の妖も。あ、あそこの木の上でお酒飲んでる妖もいる」
「酒なんて飲むのか?なんで酒ってわかるんだ?」
「顔が赤くなってるし、陽気に歌を歌ってるから」
いいな。俺も見てみたい。
茉尋に会うまではそんなことを思ったことがなかったし、じいちゃんの話を聞いても興味がなかったのにな。俺はすっかり茉尋に影響され、妖のことが好きになっていた。
そんなことを思っていると、茉尋が急に桜の木を目がけて走って行き、その木に向かって話し始めた。俺もすぐに茉尋を追いかけた。茉尋は話し終わるとまた並木道に戻り、俺に教えてくれた。
「急にごめんね?さっきのあの木の所に、淡いピンク色の髪の毛の女の人がいたんだけど、あ、妖ね?その人があまりにもキレイで…」
そうやって話しだした。
どうやら目を奪われるほど美しいのだと。人の姿をしていたけど周りには桜の花びらが舞、妖が肩に止まっていたり腕に乗っていたらしく、すぐに妖だと気がついたと言っていた。
その妖は桜から生まれた妖でヨシノさんと名乗っていたそうだ。最初に茉尋の肩に乗ってた小さい妖は、そのヨシノさんが生み出していたようだった。
この時期は人がたくさん集まり、人が桜を愛でるたびにヨシノさんの力は強くなるらしかった。
でも桜はすぐに散ってしまう。そうすると人も減ってしまう。
ヨシノさんは桜が散ってしまっても、自分が寂しくならないようにと強くなった力を使い、小さい妖を生み出しているのだと茉尋は言っていた。
寂しい…
妖にそんな感情があったのか…。
他の妖はそんな気持ちになった時、一体どうしてるのだろうか。ヨシノさんみたいに力がある妖ではなく、力のない妖は一体どうやってその寂しさを乗り越えるのだろう。
俺は茉尋がいなくなってしまった時の寂しい感情を思い出し、胸が締め付けられた。
桜のトンネルを抜けると空いているベンチに2人で座り、買ったものを食べはじめた。
「たこ焼きうまっ」
「だろ?俺が言ってたことわかったか?」
「え?なんのこと?」
…記憶が曖昧なのか?
「この前俺話しただろ?家で食べるのとはまた違うって」
「ははっ。なに必死になってるの?ちゃんと覚えてるってば」
なんだ…冗談だったのか。
少し過敏になりすぎてるかもな…。
桜と屋台を目一杯楽しんだあとで家へ帰ると、茉尋は記憶を頼りに早速絵を描き始めた。
「はい、ヨシノさんと、ヨシノさんが生み出した妖」
茉尋が描いた絵を見てみた。淡い桜色の小鳥のようなものが羽を広げている絵だ。よく見てみると、羽が桜の花びらのようになっている。
なんて可愛らしいんだろう…。
こんな可愛らしい妖がたくさんいたのか。
「この子羽があるけど飛べるの?」
「うん。こんな子たちがあの桜のトンネルの中を飛びまわってたよ。羽を羽ばたかせるたびに、薄いピンク色のキラキラしたものが舞ってて、それがすごくキレイだった」
「そっか。そんな世界が見えるだなんて、茉尋は幸せ者だな」
「えへへ。いいでしょ?」
茉尋はそう言って笑った。
次にヨシノさんの絵をじっくりと見た。
そこに描かれたヨシノさんは優しい表情をしていて、とても美しかった。
それからも茉尋との日々は穏やかに過ぎていった。




