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寄せては返す波のように  作者: ことり おと


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5/6

お前は誰だ


 茉尋が海に飲まれてから1ヶ月が経った。


 俺は休みの日に琥太郎の家へと向かった。

インターホンを押すと真由美さんが対応してくれ、琥太郎の部屋へと通してくれた。

 琥太郎は俺が来たことを察知したのか、頭まですっぽりと布団を被っていた。


「琥太郎。お前学校休んでるんだってな」


 琥太郎からの返事はない。


「もうそろそろ、友達はお前に会いたがってるんじゃないかな?琥太郎も友達に会いたいだろ?」


 やっぱり返事はない。

それでも俺は話しかけ続けた。


「茉尋はさ、いつもバカやっては笑ってて、子どもみたいで、でもいっつも楽しそうにしてて…琥太郎もたくさん遊んだよな?」


 そうやって話していると、茉尋の色々な姿や思い出で頭の中に浮かび、鼻の奥がツンとした。

 だめだ。琥太郎の前で泣いたら絶対にだめだ。


「琥太郎と遊んでる時の茉尋、すごく楽しそうにしてた。お前も楽しかっただろ?茉尋は楽しいことが大好きだったからな。いっぱい遊んだよな」


 布団の中から鼻を啜る音が聞こえてきた。


「あの時も楽しかったよな。琥太郎がさ、うちに来て茉尋と3人でさ、トランプで大貧民やっただろ?あの時の茉尋、最下位になっちゃってさ、すげー悔しそうにしてたよな。それで俺らその姿見て大笑いしてたの覚えてるか?あの時な、茉尋は確かに悔しそうにしてたけど、それでもすごく楽しそうにもしてたんだ」


 それからも俺は3人の思い出話や、シンちゃんを含めた4人の思い出話を色々とした。


「だからさ、茉尋はきっと、琥太郎には笑ってて欲しいと思うだろうな」

「…っ…ほっ…ほんとっ…?」

 

 やっと琥太郎がしゃべった。


「うん、本当だよ。茉尋は元気に笑ってる琥太郎が見たいと思うよ?」

「おっ…おこってないかなっ?」

「なんで怒るんだよ」

「だってっ…おれがっ…おれのせいでっ…」


 まだ自分を責めてたのか。

 

「誰もお前のせいだなんて思ってないよ。もちろん茉尋も」

「ちーにいはっ?…ちーにいはおれのことっ…」

「怒ってないし、恨んでもない」

「っ…でもっ…おれのせいでっ…っっ」

「お前のせいじゃない」


 俺がそう言うと、琥太郎は声を上げて泣き出した。


「茉尋は琥太郎のことが大好きだよ。もちろん俺も」


 すると琥太郎は、布団からガバッと起き上がると、ベッドの淵に座った。


「おれもっ…まーちゃんのこと大好きっ…」

「だったらさ、またうちに遊びに来いよ。それで今みたいに茉尋の話をしよ?」

「うんっ…まーちゃんの話っ…いっぱいするっ…」

「もう泣くな。茉尋に笑われちまうぞ?」

「まーちゃんは笑わないもんっ」


 いつもの琥太郎が戻ってきた。

 俺は琥太郎の隣に座ると、頭をくしゃくしゃっと撫でた。


「すぐにじゃなくてもいい。琥太郎の気持ちが落ち着いてからでいいから学校行けよ?」

「うん。来週から行くっ」


 琥太郎はそう言って笑った。

この様子なら大丈夫そうだな。俺は少しだけ安心した。



 俺は仕事に行く前と、仕事が終わった後の1日2回あの海に訪れ、時間の許す限り波打ち際を歩いたり、海を眺めていた。ずっとそれは続けていた。そうやって海を眺めながら茉尋のことを思い出していた。


「千明くんっ、今日ね、ひまわりから妖が生まれる瞬間を見たんだよっ」


 洗い物をしている茉尋は、少し興奮しながらそう言っていた。茉尋は花屋でバイトをしている。


「へえ。それはすごいね」

「もうっ。全然そう思ってないでしょ。適当に話聞かないでよね。本当に貴重な瞬間なんだからねっ」


 茉尋はそう言うと、その表情はムクれていた。

 そんな茉尋がとてもかわいく見えた。


「そんなに怒んなって。せっかくのかわいい顔が台無しだぞ?」


 俺はそう言いながら洗い物を終えた茉尋のことを後ろから抱きしめた。


「だって…」

「まーひろっ」


 不貞腐れた茉尋の顎を掴み、こちらに向かせるとキスをした。


「…もう…」

「機嫌直った?」

「そんなんで直るわけないでしょ?あと30回はしないと」

「…欲張りだな」


 俺はこの後、本当に30回茉尋にキスをしようとしてたら、茉尋が途中から笑い出してそれどころじゃなくなった。

 茉尋は俺の腕からするりと抜けると、素早く俺の背後に回った。なにをされるのかと思っていたら、茉尋は膝カックンをしてきやがった。


「お前なあ…」

「あははっ、カクッてなった。カクッてなってたぁっ」


 そんな茉尋の顔を両手で包み込むように捕まえると、俺はまだ笑っている茉尋の顔中に、残りの回数分のキスをした。


「ははっ。もうやだっ。もういいってばっ。30回は冗談だってっ」

「遠慮すんな。もっとしてやる」


 とうとう茉尋は俺から逃げ出した。そんな茉尋を俺は追いかけた。


 あれ…?


 俺は今何をして…


 あ…茉尋…


 茉尋を探さなくちゃ…


「茉尋…」


「迎えに来たよ…茉尋…」


 俺はそう言いながら砂浜を歩いた。


「出ておいで…」


「帰っておいで…」


 茉尋…

 茉尋…


 茉尋…。


「千明、もう暗いから帰ろう」


 俺がそうやって茉尋のことを探していると、気付かない間にシンちゃんが近くにいた。きっと俺を心配して探しに来てくれたんだろう。


「…シンちゃん…」

「もう暗いから。夜の海は危ないから帰ろう?」

「…そう…だな…」


 俺はシンちゃんに促されるままに従い、帰路についた。


「ただいま茉尋…」


ー「千明くんっ、おかえりっ」ー


 脳内でそんな茉尋の声が響く。

それと同時に茉尋の笑顔が頭に浮かんだ。


 なあ茉尋…


 俺もそっちに行っていいか…?

俺…お前がいないとつまんないんだよ…。お前がいないと寂しくて仕方がないんだよ。


 もう寒くて凍えてしまいそうだ。


 いいか…?


 俺もそっちに行って…。


 そんなことを考えていると涙が出てきた。


 なあ茉尋…


 お前はどれだけ俺を泣かせれば気が済むんだ?

いつもみたいに俺を笑わせてくれよ。なんでお前は出てきてくれないんだ?

俺は毎日お前に会いに行ってるというのに…なんでお前はいないんだよ…


 あの時…

もっと強く言って引き止めておくんだった…

茉尋は家で待ってろと強く言っておくべきだった…

そうしてたらこんなことにはならなかったのに…


 クソッ…


 後悔ばかりが頭の中を駆け巡る…


 茉尋…


 俺もお前がいるところに行きたい…


 俺はお前と一緒にいたい…


 茉尋…


 いやだめだ。

そんなことをしたら琥太郎が傷つく。きっとまた自分を責めてしまう。

琥太郎にあんなことを言った手前、俺がこんなんじゃだめだよな。琥太郎のためにもしっかりしないと。

 俺は弱気になる度に琥太郎のことを思い出して、自分を奮い立たせるようにした。


 でも…やっぱり茉尋がいない現実をなかなか受け入れられなくて、弱気になる日が多くなっていった。


 茉尋を探し続けて3ヶ月が経った。


 もういいか?お前のところに行っても…。

早く会いたいんだよ。

“千明くん”て…茉尋からそう呼ばれたいんだよ。

 俺頑張っただろ?もういいよな?そっちに行っても。お前がいない世界で生きていたって、なんの意味もないんだよ。だってそうだろ?だから7回も告白したんだ。俺が茉尋の世界に入りたくて、茉尋を俺の世界に引きずり込みたくて…だから諦めずに告白し続けたんだ。

 

 なのにお前はもういない。


 だったらもういいよな?

この物語を終わりにしたっていいよな?


 なあ…


 そう言ってくれよ茉尋…


 俺はそんなことを考えながら眠りについた。


 だからだろうか…


 俺は茉尋との思い出を夢に見た。


「ねえねえ千明くん知ってたあ?」

「主語を言え。主語を」

「河童って本当はいないんだってっ」


 この前川で見たって茉尋は言ってたのに…。


「今日ね、また河童を見かけたのよ。んで話しかけてみたの」


 本当に茉尋らしいな。


「河童って実在したんだねって声かけたらさあ、“いないよ”って言われちゃったぁ」


 茉尋は終始楽しそうにしていた。何がそんなに楽しいんだ?そう思いながらも俺は茉尋の話を聞いていた。


「あのね、その子ね、捨てられてた絵本を見たらしいの。んでね、その絵本は河童の絵本だったんだって。どうやらその子はその絵本の河童に魅了されたみたいで、気がついたら“河童”の姿になってたらしいの」

「なんだそりゃ」

「でしょでしょ?だからあの子は人間が作り出した産物なんだよ」


 こんな感じでいつも茉尋は妖のことを教えてくれた。


 ……。


 …なんだよ。

 もっと続きを見せてくれよ。俺はここで目が覚めてしまった。

 

 時間を確認するとまだ午前5時だった。今日は休みだからまた海に行こう。

 食べたくもない朝食を無理やり胃に詰め込み、俺は早速海へと向かった。

 

 季節はもうすっかりと秋になっていた。

 

 茉尋がいないのに時間はどんどんと進んでいく。

 茉尋がいないのに毎日太陽は昇り沈んでいく。

 茉尋がいないのに1日1日が過ぎていく。

 茉尋がいないのに季節は移りゆく。


 俺の時間は止まったままだっていうのに…。

 

 俺は砂浜に座り海を眺めていた。

 茉尋と一緒に見た時はあんなにもキレイに見えていた海が、今ではもうすっかりと色を失ってしまった。

 茉尋が海を好きだから俺も好きになった。茉尋が裸足になり、楽しそうに浅瀬ではしゃぐから海を好きになった。茉尋がチャッピーと無邪気に遊んでいる姿がかわいいから海を好きになった。

 

 でも…今は嫌いだ。


 茉尋を攫ったこの海が大嫌いだ。

 茉尋を俺から取り上げたこの海が大嫌いだ。

 茉尋の未来を奪ったこの海が大嫌いだ。

 茉尋との未来を奪ったこの海が大嫌いだ。


 俺は…この海が大嫌いだ。


 そんな海を見ることができなくなり、俺は下を向いた。

 一体何時間くらいそうしていたのだろう。

早朝からここへ来ていたはずなのに、もう日が暮れようとしていた。

 

 さすがに腹が減ったな…。

俺はそんな自分に腹が立った。茉尋のところに行きたいと思いながら、今朝も無理やり胃に食べ物を詰め込んだ。そんな自分に嫌気がさす。


 もうこのままずっと…ここにいようかな…。


「千明くんっ。もう暗くなってきたよ?早く帰ろう?」


 …え…?


 なんだ今の声は…


 まさか…な…


 俺は少しだけ目線を上げた。

そこには足が見えた。見慣れた足だった。裸足だ。何度も見てきた愛する人の足だった。


「千明くん?どうしたの?」


 さっきと同じ声が耳に届く。


 俺の愛する人の声だ。


 また目線を少し上げると見慣れたワンピースの裾が見えた。


 本当に…?


 今度は一気に上を向いた。


 そこには…茉尋がいた。

 脱いだ靴を手に持った茉尋が立っていた。


 もしかして俺を迎えに来たのか?このまま俺は海に連れて行かれるのか?茉尋が…連れて行ってくれるのか…?

俺が何度も願ったから、茉尋は迎えに来てくれたのか?


「茉尋…俺を迎えに来たのか?」

「え?何言ってんの?一緒に散歩しに来たんじゃん。もうお腹減ったから早く帰ろうよ」


 茉尋はいつもの調子でそう言った。


 一体…何が起こってるんだ?

 これは現実か?

 それとも幻覚か?

 俺は頭がおかしくなったのか?


「千明くん?もしかして具合悪いの?」

「…お前は誰だ」

「誰だって何言ってるの?これ何の遊び?」


 茉尋はわけがわからないという表情でそう言っていた。


 俺は目の前にいる茉尋の手を握ってみた。


 温かい…


 ちゃんと生きてるのか…?


「茉尋?お前は海に飲まれたんだぞ?」

「やだもう、怖いこと言わないでよ。私はちゃんとここにいるよ?」

「じゃあ今までどこにいってたんだよ…何ヶ月も…」

「だからさっきから何言ってるの?仕事以外毎日一緒にいるじゃん」


 頭が混乱する。

 目の前の茉尋の格好はあの時海に飲まれたままの格好だ。半袖のワンピース姿。しかもちゃんとスカートの下に茉尋が高校の時のジャージを履いていた。

 あの日の茉尋は強い風の中、琥太郎を探しに行くためにとりあえず履いたと思われるジャージを今もちゃんと履いていた。あの時のヘンテコな格好のままだ。


「だったらなんでそんな格好してるんだよ。今はもう秋だぞ?」


 俺がそう聞くと茉尋は困った顔をした。


「…本当だ。なんでだろ…しかもワンピースにジャージって…」

 

 本当に茉尋なのか?

 俺は膝立ちすると、握っていた茉尋の手をそのまま引っ張り抱きしめた。


 温かい。やっぱりちゃんと温かい…。


 茉尋…


 茉尋だ…


 俺は人目も憚らず、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくった。「え?なに?いきなりどうしたの?」と、戸惑いながらも茉尋は俺を抱きしめ返してくれた。


「ほんとうにっ…茉尋なのかっ…?」

「もうホントどうしちゃったの?」


 茉尋は動揺しながらも、俺の涙が落ち着くまでずっと抱きしめ、頭を撫でてくれていた。


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