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寄せては返す波のように  作者: ことり おと


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4/7

返して



「あーっ。またピーマン残してっ」

「いやあ、子どもの頃から苦手で…」

「こんなに小さく刻んだのに」

「えへへ?」

「逆によくこんな細く千切りしたピーマンだけを避けられるね」 


 茉尋は呆れた顔をしながら俺にそう言った。

 俺の目の前には、ひき肉となすとピーマンが中華風に炒められた名もなき料理がある。


「才能かな?」

「千明くん…」

「わかったよっ。食えばいいんだろ?食えば」


 俺がそう言うと、茉尋はそうだと言わんばかりにニコリと笑った。

 俺は仕方なしにさっき一所懸命に避けたピーマンを口に運んだ。すると茉尋は子どもにするように“よしよし”と俺の頭を撫でていた。


 茉尋…


 俺はお前と結婚ができて幸せだ…。


 なんたって7回も告白したんだ。


 やっとOKをもらえたんだ。


 このままずっと一緒にいような。


 今まで通り、笑い合って過ごしていこうな…。


 ぼんやりと目が覚めた。

 チラリと窓に目をやると晴れていた。


 台風一過…


 あ…


 海…


 海に行かないと…


 茉尋が待っているかもしれない…。


 俺はそう思い、朝の支度もままならないまま外へ出て海へと向かった。

 タラタラと歩みを進めていた足は気づけば早足になり、そのうちに走りだしていた。


 茉尋…


 茉尋…


 俺は急いで海へと向かった。

 いつもは近いと思っていた海が、今日はやけに遠くに感じた。


 茉尋…


 茉尋っ…


 砂浜に着くと波打ち際に沿ってゆっくりと歩いた。ずっとずっと歩いた。

 

 昨日のあの嵐だ。


 きっともう…茉尋は生きていない。


 それならせめて亡骸を…

茉尋の体を見つけてやりたかった。


 ちくしょう…


 この町の海には守り神のような妖がいるんじゃなかったのかよ…。


 琥太郎を抱きしめていたはずの茉尋だけが、なんで海に飲まれなきゃなんないんだよ…。なんで…浜に打ち上げられたのが琥太郎とシロだけなんだよ…。


 なんで…人を助けようとした茉尋がこんな目に遭うんだよ…。


「茉尋…ちゃんと見つけてあげるから帰っておいで…」


 俺はそう呟きながら、ひたすら波打ち際を歩き続けた。


 夕方になり家に帰ると、インターホンが鳴った。モニターを確認すると俺はすぐに出た。

 ドアを開けると、泣きじゃくっている琥太郎と、目に涙を溜めている琥太郎のお母さんの真由美まゆみさん。それから俺のことを憐れむように、それから申し訳ないというような複雑な表情をした琥太郎のお父さんの宗太郎そうたろうさんがいた。


「…っ…ちー兄っ…ごめっ…ごめんなさいぃぃっ」


 琥太郎の第一声はこうだった。

 “ちーにい”とは俺のことだ。ちなみに茉尋のことは“まーちゃん”と琥太郎は呼ぶ。

 別に琥太郎が悪いわけではないのに、琥太郎は自分を責めていた。

 俺はとりあえず3人を部屋に上げた。

 この時の俺は、お茶を出すような気遣いなんかをする余裕はなく、3人を部屋に通すと座布団を用意した。それだけでいっぱいいっぱいだった。

 でも、琥太郎の両親はそこへは座らず、畳に直接座ると、土下座をするように頭を下げた。琥太郎もそれを見て、同じように俺に頭を下げていた。

 

 やめろ。やめてくれ…


「顔を上げてください、お二人とも…琥太郎…お前もそんなことしなくていいから」


 俺がそう言っても、3人とも頭を下げ続けていた。


「本当にやめてください。顔を上げてください」


 そこでようやく2人は頭を上げた。顔は下を向いたままだったが、悔恨の表情をしていることはわかった。琥太郎はそのまま畳に突っ伏していた。


「…っ…茉尋ちゃんは琥太郎をっ…守ってくれてっ…」


 宗太郎さんはそこで言葉を詰まらせ嗚咽を漏らしていた。

 

「感謝してもっ…しきれないっ…」


 そこでまた、宗太郎さんは言葉を詰まらせた。

 次は何を言う気だ?もしかして謝罪の言葉か?

それともお悔やみの言葉か?俺はそんなの聞きたくない。


「宗太郎さん…別に茉尋は琥太郎のせいで行方不明になったわけではありません。誰のせいでもないんです」

「でもっ…琥太郎は“まーちゃんが助けてくれた”って…それで茉尋ちゃんは海にっ…波に…」


 やめてくれ。

 聞きたくない。


「…茉尋は…まだ生きてるかもしれないですし」


 俺がそう言うと、宗太郎さんの顔はさっきよりも歪んだ。

 まるで“そんなはずはないだろう”とでもいうかのように。


「…千明くん…」

「…とにかくっ…こんなことになったのは琥太郎のせいでも、宗太郎さんたちのせいでもないんです。自然の仕業なんです。だからこんなことはもう…2度としないでくださいっ。琥太郎も可愛そうだ…」


 琥太郎はあのままずっと、畳に突っ伏していた。


「琥太郎…顔を上げてくれ…」

「…っ…だって…まーちゃんは俺を守ってっ…っ…」


 琥太郎が泣きながらそう言った。


「お前のせいじゃない。大人は子どもを守るもんなんだ」


 顔を上げた琥太郎は、鼻水を垂らし、顔を歪ませていた。その顔はもうぐちゃぐちゃだった。

琥太郎のそんな顔は見たくない。子どものお前がそんな暗澹あんたんとした顔をしなくていい。


「っ…ちー兄…っ…まーちゃんっ…まーちゃんっ…」


 琥太郎はそれだけを言うと、また泣き出したから俺はそんな琥太郎を抱きしめた。琥太郎は力強く俺のことを抱きしめ返してきた。

 この日はもう、俺の気持ちの余裕がなく、適当なことを言って3人には帰ってもらった。


 祭りは中止になった。

正確に言うと、供物を捧げ、お祈りをする行事は慎ましく行われたが、茉尋が行方不明になったことで、屋台などのお祭りごとは中止になった。それほどこの町にとっては海での事故が久しぶりだったし、そのことについて重く捉えていた。

 その行事には俺も参加した。

必死になって願った。どうか茉尋を返してくれと…そう何度も願った。


 茉尋が波に飲まれて1週間が経った。

 公的機関による茉尋の捜索は、なんの成果もなく打ち切られた。

 毎日あんなに願ったのに、そんな俺の切なる願いは叶わなかった。

 その頃、琥太郎の両親がうちに来た。

 話の内容は、民間による捜索をさせて欲しいとの申し出だった。それについて調べてみると高額すぎて、とてもじゃないけどお願いをすることはできなかった。

 それに琥太郎のせいじゃない。琥太郎のこともそうだけど、宗太郎さんや真由美さんにも責任を感じて欲しくなかった。だから俺は何度もそう言った。


「でも…琥太郎の体温を感じるたびに、茉尋ちゃんのことが頭によぎるんだ。本来なら親の俺たちが…っ…」


 宗太郎さんはそこまで言うと、言葉を詰まらせた。


「あの時、宗太郎さんたちも探し回ってたじゃないですか。あんな土砂降りの雨の中をずぶ濡れになりながら」


 それからも俺は何とか2人を納得させ、帰ってもらった。宗太郎さんは最後に「何でも協力するから、何かあれば遠慮せずに頼って欲しい」と言ってくれた。


 地元のスキューバダイビングクラブの人たちが俺の家に来た。

 話を聞いてみると、ボランティアで1週間ほどの短い期間にはなってしまうけど、茉尋の捜索をしたいとの申し出だった。俺は藁をも掴む思いでお願いした。何度も何度も深く頭を下げた。

 その人たちに茉尋の写真と、その日に着ていた洋服の写真を提供し、また何度も頭を下げた。


 俺はしばらくは仕事を休み、毎日のように海へ来ていた。茉尋の名前を呼びながら何度も砂浜を歩いた。

 でも結局、2週間経っても茉尋の姿はなかった。

 ボランティアの人たちからも、いい知らせはないまま捜索は打ち切りになった。


 もう…わかってる…。


 茉尋はこの世にはいない…。


 それならせめて俺の元に茉尋を返してくれ。

亡骸でいい。茉尋を返してくれ…。


 返して…

なあ…返してくれよ…俺の愛する人を…


 頼む…


 頼むから俺に返してくれ…


 砂浜に座り、海を眺めながら何度もそう願った。


 家に帰り、少しするとインターホンが鳴った。確認してみるとシンちゃんだった。シンちゃんはあれからちょくちょく俺の様子を見に来てはご飯を持って来てくれている。


「千明、ちゃんと食べろよ」


 食えるわけないだろ。こんな時に。


 せっかくのシンちゃんの厚意に対して俺はそう思ってしまった。


「千明…辛いだろうけど、気をしっかりと持てよ」

 

 俺は頷いて返事をした。


 もう帰ってくれ。

 頼むから放っておいてくれ。


 ある日海に向かおうと商店街を歩いていると、主婦たちの井戸端会議が聞こえてきた。


向井むかいさんとこの琥太郎くん、あの台風の一件以来、学校に行けてないんですって。本当に気の毒よね」

「ご近所の若い奥さんが琥太郎くんを助けて、そのまま行方不明になっちゃったんでしょ?」

「そうそう。どうやら普段から仲良かったみたいでーーー」


 そんな内容だった。

 琥太郎…学校休んでるのか…?

あいつ、茉尋に懐いてたもんな…。

どうにかしてやりたいけど、俺も今はそんな余裕はない。


 海に着くと、砂浜に座り海を眺めた。

普段はこんなに穏やかな海なのに…

今目に映る海はとても人を攫うようには見えない。太陽の光がキラキラと反射していて、とても綺麗だった。


 茉尋…お前は今、この海のどこかに沈んでいるのか…?もう打ち上がってくることはないのか?


 茉尋のことを想い、俺は気が済むまで海を眺め続けた。


 家に帰り着替えていると、ふと目の端に捉えたものがあった。それはハンガーにかけられた茉尋の浴衣だった。

 俺はそれを手に取ると胸に抱きしめた。


「茉尋…」


 そのまま崩れるように座り込むと、さらにその浴衣を抱きしめた。それからこの前のことを思い出していた。

 茉尋はこの浴衣を引っ張り出したあと、試しに着たいから着させろと騒いだ。その浴衣は去年買ったもので、羽織っただけでまだ1回も着たことがなかった。

 

 俺は昔、着物好きのばあちゃんから着付けを叩き込まれていた。

 “千明、着物や浴衣はとてもいいよ。背筋がスッと伸びるし、気持ちもシャキッとするからね。普段から着ろとは言わないけど、着方だけでも覚えておきな?将来彼女ができた時に、着せてあげることもできるしね”

 そう言われて、イヤイヤながら覚えたんだ。

 

 俺は簡単に浴衣を着付けると、茉尋はすごく喜んでいた。


「わーい。どう?似合ってる?」

「似合ってるよ」

「かわいい?」

「かわいいよ」


 そんな会話をしたことを覚えている。

 別に茉尋の浴衣姿を初めて見たわけではない。付き合ってる時にも見たことはあった。

 初めて茉尋の浴衣姿を見た時、俺のテンションは上がった。すごく可愛くてときめいた。

 俺はこの前のことと、付き合ってる時のことを色々と思い出して胸が苦しくなった。


「…っ…茉尋っ…っ…」


 俺は鼻を啜りながら声に出して何度も茉尋の名前を口にした。

 目からあふれ出てくるものが茉尋の浴衣に染み込んでいく。


 ああ…もしかしたらシミになってしまうかも…


 俺は涙で濡れた浴衣を見てそう思った。もしそんなことになったら茉尋に怒られるな。俺はそう思い、ふらふらと立ち上がると茉尋の浴衣を丁寧に手洗いした。


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