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寄せては返す波のように  作者: ことり おと


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3/6

波に飲まれて



 ある日仕事から帰ると茉尋がいなかった。


「茉尋ー?いないのかー?」


 家の電気はついていた。

何か買い忘れたものでもあったのかな?


「茉尋ー?」


 茉尋からの返事はない。

もう一度呼ぶと茉尋がひょっこりと出てきた。


「なんだよ、いるんじゃん」

「ははっ。ごめんごめん。今妖とかくれんぼしてたんだ。すぐに見つかっちゃったけど」


 楽しそうにしながら茉尋はそう教えてくれた。それから「みんな、今日はもうこれでお終いね。また遊ぼうね」などと、床を見ながら言っていた。


「いつもそんな感じで遊んでるの?」

「ううん。いつもじゃない。なんか今日は買い物に行ったらみんなそのままついてきちゃって、それで遊んでたの」


 そう言う茉尋はやっぱり楽しそうにしていた…かと思えば今度は少し不安な表情になり、俺にこう聞いてきた。


「そういえばさ、台風が近づいてるみたいだけど、お祭り大丈夫かな?」

「祭りの頃には通り過ぎてるんじゃない?今のままのスピードなら」

「よかったぁ。今年は絶対に行くもんねっ。わたあめにりんご飴っ」

「ははっ。去年は風邪ひいてたもんな。今年は体調に気をつけるんだぞ」

「それなら大丈夫。ちゃんと元気だよん」


 今年は一緒に楽しめそうだな。

茉尋が楽しそうにしているのを見て、俺も祭りが早く来ないかと楽しみにしていた。


「今日のご飯はなーに?」

「ハンバーグぅっ」

「やったっ」

「千明くんハンバーグ好きだもんね。あと焼くだけだからお風呂入ってきちゃいな?」

「ほーい」


 今日はハンバーグか。ちょうど食べたかったんだよな。今までも何回かこういうことがあって、俺はその度に嬉しくなった。何だか気持ちが通じ合ってるような感じがするからだ。

 

 風呂から出ると、部屋着に着替えリビングへ向かった。

 肉の焼けるいい匂いが鼻をくすぐる。

 耳に届くジューっという音が、俺の食欲を掻き立てた。


「はいっ。お待たせー。“茉尋ちゃん特製ハンバーグと3種の野菜の付け合わせ、お洒落なお箸を添えて…”です」

「ははっ。なんだそれ。“キャビアを添えて”的な言い方は。それにコレ、いつもの箸だし」

「いいのいいのっ。さっ、食べよ?」


 目の前にあるハンバーグに箸を入れると、ジュワッと肉汁があふれ出した。ひと口に切り分けるとそれを口に運ぶ。


「んー美味い」

「本当?よかったぁ」


 今日のハンバーグもいつも通り美味かった。

 美味い美味いと言いながら食べ進めている俺を見て、茉尋は嬉しそうにしていた。


 お祭りの4日前、台風が接近した。

この調子なら明日には台風は過ぎ、祭りは予定通り開催されるだろう。

 茉尋も今のところ風邪もひかずに元気だし、この前押入れから浴衣を引っ張り出して準備をしていた。そんな姿から茉尋が楽しみにしていることは十分伝わってきた。

 茉尋はいつの間にか俺の分も用意していて、必ず着るようにと念を押して言われていた。


 電車が止まる前に、仕事を早めに切り上げて家に帰ると、ちょうど茉尋が家を出ようとしていた。


「こんな時にどこに行くんだよ」

「琥太郎くんがっ…琥太郎くんがっ…」


 そう言う茉尋は顔面蒼白だった。


「琥太郎がどうした?」

「…シロが…散歩中に物音に驚いて逃げちゃったみたいで…それで琥太郎くん、4時間もひとりで探してたみたいなんだけど、見つからなかったみたいなの。それで一度家に戻ってみたけどやっぱりシロは帰って来てなくて…それで琥太郎くん、家を飛び出してまたシロを探しに行っちゃったって、さっき琥太郎くんのご両親が…」

「こんな天候の中を?」


 茉尋は心配そうな顔をしながら頷いた。


「だから私探しに行ってくる」

「いや、いい。茉尋はここで待ってろ。俺が行く。風が強くなってて危ないから」

「ううん。私なら妖に話を聞ける。だから早く琥太郎くんを見つけられるかもしれないっ」


 茉尋の言っていることもわかる。妖の情報があれば俺なんかが探すよりもよっぽと早く見つかるかもしれない。


 でも…


「やっぱりだめ。茉尋はここで待ってて」

「千明くんっ。お願いっ」


 茉尋の顔は真剣だった。


「…わかった。それじゃあ一緒に行こう」


 俺は茉尋に悲願されてそう言った。

 2人で家を出ると茉尋は俺に視えないモノに色々と話しかけているようだった。


「千明くんこっちっ」


 俺は茉尋のあとをついていくことしかできなかった。茉尋が向かっているのは海の方だった。


「茉尋危ないっ。そっちは海だっ」

「でもこっちにいるってっ」


 風が強い。雨も強くなってきた。こんな中、海に近づくのは大人だって危ない。俺は前を歩く茉尋の腕を掴もうとした。


「見てっ、千明くんっ。あそこに琥太郎くんがっ」


 茉尋が指差しをした先には琥太郎がいた。砂浜を歩き、波の近くにいた。琥太郎の歩く先にはシロがうずくまっていた。茉尋はすぐに走りだした。


「待て茉尋っ。俺が行くからっ」


 風と雨の音で俺の声が届かなかったらしく、茉尋はどんどんと進んでいく。俺はそれを必死に追いかけた。

 波が高い。こんな状態で近づくのは危険だ。


「茉尋っ。俺が行くから止まれっ」


 やっぱり俺の声は茉尋に届いていないようだった。

 走り続けていると、少し先にいた茉尋は琥太郎を抱きしめた。


 すると…


 大きな波が茉尋たちを目掛けて一直線に迫ってきた。


「茉尋ーっ!」


 俺は声の限りそう叫んだ。

 

 その波は琥太郎を抱きしめた茉尋を暗い海の中へとさらって行った。


 え…?


 は…?


 茉尋は…?


 琥太郎は…?


 俺はそう思いながらも海へと向かった。


「茉尋ーっ!」


 俺はもう一度そう叫んだ。

 すると、押し寄せられた波に揉まれながら、琥太郎とシロだけが砂浜に打ち上げられた。


 茉尋は?

 茉尋はどこだ?


 暗くて見えない。


 横殴りの雨で見えない。

 

 琥太郎とシロを抱き上げながら俺は必死に目を凝らした。


「千明っ。大丈夫かっ?」


 琥太郎のことを探していたシンちゃんや近所の人たちが俺のところに来た。俺は琥太郎とシロを近所の人たちに任せると、海へと入った。


「茉尋ーっ!」


 俺は何度もそう叫んだ。


「千明っ。危ないからこっちに来いっ」

「茉尋がっ、茉尋が海に飲まれたんだよっ」


 俺はそう言って波に揉まれながら海の中へと入って行った。

 するとシンちゃんが俺の体にしがみついた。


「こんな波じゃ千明まで飲まれるよっ。これ以上はもう先に行ったらダメだっ」

「だから茉尋が波に攫われたんだよっ」

「このままじゃ千明も飲まれるからっ」

「じゃあどうすりゃいいんだよっ。茉尋を見捨てろって言うのかよっ」

「こんな波じゃどうしようもないよっ」


 俺が暴れていると、他の近所の人たちも俺を海から引きずり上げた。

 

「茉尋っ、茉尋ーっ」


 俺は引きずられながらずっと海に向かってそう叫んでいた。

 それからそのまま家へと連れ帰られた。


「…千明…台風が去ったら捜索してもらうから…」

「…それって…茉尋の遺体を…?」

「…」

「…まだ茉尋は生きているかもしれないのに…」

「…気の毒だけど、あの波に飲まれれば数分ももたないよ…」

「まだ…茉尋は諦めていないかもしれないだろ?やっぱりもう一度海に行ってくるっ。琥太郎のように打ち上げられているかもしれないっ」


 俺は家を出て行こうとした。

 するとシンちゃんが怒鳴った。


「今はさっきよりも状況が酷くなっているっ。もっと波が高くなっているっ。千明もこの地で育ったんだからわかってるだろ?海の怖さを」

「だからって…茉尋を見殺しにしていい理由にはならないっ。今頃助けを待っているかもしれないのに…」

「千明…」

「行かせてくれ」

「…だめだ」


 俺はその言葉を無視して玄関へと向かったけど、また近所の人たちに体を引き止められた。

 そのあとも俺は近所の人たちを暴れながら説得し続けた。でも結局、シンちゃんは俺の体にしがみつき離れようとはしなかった。


 台風がさっきより近づいたようで、外はすごい暴風雨だった。窓がガタガタと揺れ、雨が屋根を強く打ち付けている。


 俺は平静を装い「もう落ち着いたから」と言って嘘をついた。

 シンちゃんたちを含む近所の人たちに帰ってもらったあと、透明のビニール袋に懐中電灯を入れたものを手にし、俺はまた海の方へと向かった。


 風が強くてなかなか前に進めない。

バケツをひっくり返したような雨で前が見えない。それでも俺は飛来物に気をつけながらなんとか海へと向かった。

 海が近くなると俺は絶望した。


 嘘だろ…?


 目の前の光景は、もう砂浜を覆うような波になっていて、とても近づけるような状況ではなかった。


 茉尋…


 もう…こんな嵐の中じゃ茉尋は…


 茉尋は…


 茉尋…


 まひろ…



 まひろ……



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