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寄せては返す波のように〜妻は目の前から消えては何度もまた現れる〜  作者: ことり おと


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35/38

35 手紙②


 年末年始があったから、すぐに森の妖に会いに行くことはできなかった。

 章司さんにはすでに相談していて、今回も快く引き受けてくれた。

 こんな面倒くさいことに付き合ってくれるだなんて、本当に感謝してもしきれないな。毎回お礼のお菓子なんかを渡していたけど、今回は少し遠出だ。もっといいお礼を考えておかないと。


 冬休みも最終日。

 俺はシンちゃんと琥太郎の3人で花札をやっていた。

 琥太郎はやっぱり大まかなルールはすぐに覚え「俺、猪鹿蝶っ」と言いながら、誇らしげに札を見せてきた。

 

 クソッ。

 また負けた。


 これだから子どもは…

 すぐに覚えて強くなりやがる。


 それでもやっぱり最下位はシンちゃんだった。


 ここに茉尋がいればな…もっと楽しかったのに。


 そうやって楽しんでいると、インターホンが鳴った。モニターを確認してみると、小百合さんだった。

 俺は新年の挨拶を済ませると、家の中へ上がってもらった。

 みんなとも軽く挨拶を済ませると、俺は別室へ小百合さんを案内した。


「すみません、新年早々に」

「いえいえ。ただ遊んでただけなんで、全然大丈夫ですよ。それでどうしたんです?」

「実は、これをお見せしたくて…」


 小百合さんは1冊のノートを俺に差し出した。

 小百合さんが茉尋のためにつけていたあの日記だ。


「お見せするか迷ったんですが、やっぱり見てもらった方がいいかと思って」


 小百合さんの話し方で、俺の胸はざわついた。

 

 何が書いてあるんだ?


 俺がなかなかノートを手に取れないでいると、小百合さんは微笑んだ。


「すみません。少し含みのある言い方をしてしまいましたね。怖いことは書いてません。茉尋ちゃんの愛がたくさん詰まっているだけです」


 茉尋の愛…?


 俺はそれを聞いてノートを手に取りページを巡った。


【小百合さんへ】


私が消えちゃったら、小百合さんの記憶もどうやら消えてしまうようなので、ここに書き留めておきます。


 そんな感じで小百合さんへの手紙が始まった。

 最初の方は小百合さんへの感謝の気持ちが綴られていた。

 “お花のことを色々とご丁寧に教えてくださってありがとうございます”とか、“あの時は面白かったですよね”とか、思い出話を交えながら、そんなことが書かれていた。


 読み進めていると、内容がガラリと変わった。


 それはこんな感じだった。


私はたぶん、もうすぐ消えます。

今回は戻ってこれないかもしれない。私を捕まえている妖を怒らせてしまったから。

もしそうなったら、しばらくの間だけ…最初の1年だけでもいいので、千明くんのことを気にかけてもらえませんか?月に1回だけ連絡をするとかでもいいです。


 …茉尋…

 そんなこと、小百合さんに頼んでたのか。


千明くんの気持ちが一瞬でも紛れる瞬間があるだけでいいんです。千明くんのことを気にしている誰かがいるってことをわかってもらいたいんです。こんなこと、小百合さんの負担になることは重々承知しています。

でも、私がいなくなった後の、千明くんのことが心配で仕方がないんです。


 ああ…だめだ。

 涙で視界がぼやけてしまって、もう読めない。


 こんなに俺のことを心配して…それで小百合さんにまでこんなことを託して…


 茉尋…もうやめてくれよ。

 真面目なのは…茉尋に似合わないんだよ。

 いつもみたいにふざけろよ。


 俺との交換日記では、あんなに軽い感じで“さよなら”を書いてたのに。

 俺はそれに少し救われてたのに。

 

 なんで小百合さんのノートには、こんなバカ真面目なこと書いてんだよ…。

 

 それから最後にはこう書いてあった。


気が向いたらでいいんで、たまにピーマンの差し入れでもしてやってください。


 あー…茉尋っぽいな。


 最後は冗談で終わらせてる。


「読み終わりましたか?」

「はい」

「茉尋ちゃんの想いが詰まってますよね」

「…はい」

「ここ…ここも読みましたか?」


 小百合さんがノートの下の方に指を差した。

 1番下に追記のようにひと言書かれていた。


“千明くんにはこのこと、内緒にしててくださいね”


 遠慮がちにそう書かれていた。


「だから千明さんにお伝えするか迷ってたんですが、ここに茉尋さんの“本音”が書かれているような気がして、千明さんにお見せしようと思いました」

  

 俺は小百合さんの言うことを肯定するかのように、何度も頷いた。


「ありがとうございます。その通りだと思います。茉尋の本音を知れました」


 俺はそう言うと、俺たちの交換日記取りに行き、最後に茉尋が記したページを見せた。


「俺にはこんな感じだったんです。“ちょっくら海に行っている”って…こんな感じに軽かったんです」

「…きっと…千明さんに心配かけたくなかったんですね…でも字が…」

「はい。内容は軽いけど、必死に書いたんだと思います」


 そこへシンちゃんが部屋に入ってきた。


「なになに?深刻な話?」

「…茉尋の話」


 俺がそう言うと、シンちゃんの表情が切なくなった。


「そっか。邪魔しちゃって悪かったな。琥太郎が大貧民やりたがっててさ。よかったら小百合さんもって思ったんだけど…」


 シンちゃんがそう言ったから、俺は小百合さんに聞いてみた。


「小百合さん、大貧民できますか?」

「あー…“大富豪”のこと?」

「そうそう。“都落ち”、“8切り”、“しばり”などのルール有りなんですけど、ご一緒にいかがですか?」

「ふふっ。茉尋ちゃんからよく聞いてました。トランプやゲームをみんなでしてること。それじゃあ何ゲームか、私も参加させていただきます」


 よかった。これ以上茉尋の話をしていたら、俺はきっと落ち込んでいただろう。

 落ち込むのはみんなが帰ったあとでもできる。

 とにかく今は、気を紛らわせたかった。


 この後はみんなでゲームを楽しんだ。 

 小百合さんはなかなか強くて、琥太郎も苦戦しながらも楽しそうにしていた。


 夕方になると、小百合さんと琥太郎は帰って行った。


「大丈夫か?千明」

「ん?なにが?別に大丈夫だよ」

「…小百合さん、なんだって?」


 俺はシンちゃんからそう言われ、小百合さんから預かったノートを見せた。


「…そっか。茉尋ちゃん、小百合さんにも…」


 “小百合さんにも”…?


「どういうこと?」

「茉尋ちゃん、俺にも手紙を残してたんだよ。ポストに入ってた」


 茉尋はシンちゃんにも…


 シンちゃんは「ちょっと待ってて」と言うと、その手紙を取りに行き、すぐに戻ってきた。

 その手紙を見せてもらうと、小百合さんに宛てた手紙と似たような内容であったものの、もっと濃いものであった。


 “私がもしもいなくなったら、ちょこちょこ千明くんの様子を見てあげて”

 “ちゃんとご飯を食べているか気にかけてあげて”

 

 そんなことが書いてあった。


 “慎吾さんは千明くんとの付き合いが長いから、私よりももっと千明くんのことをわかっているかと思います。千明くんのちょっとした変化にも気がつくかと思います。なので、千明くんが変なことを考えないように、変なことをしないように、見守って…いや、見張っていてください”


 見張っていてください…か。


 茉尋から見て、俺はそんな危うく見えていたのか。


 それもそうだよな。

 茉尋が最初、海に飲まれた時、俺は何度も茉尋の元へ行きたいと考えていた。

 茉尋はきっとそんな俺のことを見抜いていたんだな。


「お前のことが心配で仕方がないんだよ。お前にちゃんと生きて欲しいんだよ」

「…うん…そうだな。しっかりしないとだな」


 俺がそう言うと、シンちゃんは俺の肩に腕を回し、「俺もいるからさ。お互いに支え合って生きていこうよ」と言ってくれた。

 それから「じゃないと俺、茉尋ちゃんに怒られちゃう。それだけは絶対に嫌だ。俺は茉尋ちゃんにがっかりされたくないし、嫌われたくもないっ」と、少し小芝居じみた感じで言っていた。

 空気を重くしたくなかったのだろう。

 

 そんなシンちゃんに俺は救われた。



 いよいよ森の妖に会う日が来た。

 章司さんを迎えに行くと、早速車を走らせた。


「いつもすみません。頼ってばかりで」

「いいよいいよ。視える者として、誰かの役に立てたらってずっと思ってたから」

「ははっ。いい人すぎますよ。こんな事にまで嫌な顔ひとつせず、付き合ってくれてるんですもん」

「いやいや。ちょっとした下心も実はあるんだよ?」

「下心?」

「そうそう。こうやって助手席に乗って、のんびりと景色を眺めるの好きなんだ。千明くんには悪いけど、少しだけお出かけ気分なんだよ。ね?下心でしょ?」


 俺はそれを聞いて少し心が軽くなった。


「はははっ。それならよかったです。貴重な休みに付き合わせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだったので…ぜひ景色を楽しんでくださいね」


 もしかしたら章司さんは、俺に気を遣ってそう言っただけかもしれない。

 そうだったとしても、俺の心が軽くなったことには変わりなかった。罪悪感や申し訳なさが少しだけ薄まった。


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