33 引きずり込まれる
「千明、お祓いを試してみないか?」
ある時シンちゃんがそう提案してきた。
「千明前にお祓いをしようとしたって言ってただろ?そんで祓い屋を探したけど見つからなかったって」
確かにその話はした。
「でもみんな妖は祓えないって…」
「それはそうなんだけど、職場の奴の親戚の人の友人に、妖が視える人がいて、その人祓い屋をやってるらしいんだ。今回このことを話してみたら、祓えるかわからないけど試してみてくれるって言ってくれたんだよ」
シンちゃん…探してくれてたんだ。
「…詐欺かなんかじゃないよな?法外な金額を請求されるとかは…」
「それはない。ボランティアだ。千明の現状を電話で伝えたら、すごく気の毒そうな声をして、試すだけ試してみたいと向こうから申し出てくれたんだよ」
そんな…都合のいい話はあるのだろうか…。
「大丈夫。もし金銭的な要求があったら俺はゴネり倒すし、少しくらいなら払ってもいい。というか、お気持ち程度は払うつもりだ。俺が言い出したことなんだからな。だからお前はそんな心配はしなくていい」
「…なんだよ…シンちゃん、かっこいいじゃんよ」
「はははっ。やっと気づいたか、俺のかっこよさに」
笑いながらシンちゃんはそう言った。
シンちゃんに話してよかった。こんなにシンちゃんのことを心強く思うだなんて思ってもみなかった。
俺はシンちゃんにつられて笑った。
「お前はそうやって笑ってろ。俺も協力するからさ、ひとりで抱え込むんじゃないぞ?」
「…ありがと」
「俺からしたら、お前は子どものままだからな。いつでも俺を頼りなさい」
「俺からしたらシンちゃんも子どもだよ?何かとすぐにムキになるし」
俺がそう言うと、シンちゃんは何やらギャーギャーと否定していた。
こんなふうに軽口を叩いてふざけ合うのは久しぶりだったから、楽しいと思っていた。
この時には茉尋がいなくなってもう、1ヶ月が経とうとしていた。
お祓いの当日。
シンちゃんは北条さんという、50代の男性を連れてきた。
「心中お察しします」
簡単な挨拶をした後、北条さんはそう言った。
「…茉尋の魂を捕まえている妖は視えますか…?」
「今は視えません。きっと隠れているのでしょう」
「妖を祓えますか?」
「祓ったことはありません。祓えるかどうかも私にはわかりません」
北条さんはハッキリとそう言った。
あまりにもハッキリとそう言うもんだから、俺は北条さんのことを信用しつつあった。いつもならこの手の類いのものは胡散臭く感じていたけど、俺はこの人のことは信じられると思った。
北条さんは海に向かって儀式を始めた。
その目は、何かを探るように海を見つめていた。
さっきは何も見えていないと言っていたのに、何かを感じているのだろうか。
北条さんは海を睨み続けていた。
「…っ…あー…だめだ。やっぱり妖には効かないみたい。姿を一瞬現したけど、また隠れてしまったよ」
「どんな?そいつはどんな姿なんですかっ?」
「12〜3歳くらいの男の子のように見えました」
12〜3歳くらいの男の子?
「見た目はそんなんでも、あいつは何百年も生きてる妖です。相当な力を持ってますよ。祓う儀式をしている私を、もの凄い形相で睨んできてましたからね。お祓いの効果はなかったのですが、私が何をしようとしているのかはわかってたみたいです。だから睨んできたんでしょう」
「茉尋の魂をそいつが捕まえてるんですか?」
「恐らくそうでしょうね。私は魂だとかは視えないんですが、彼は何かを必死に引き止めているようでした。時折波でできた大きな手が何かを掴み、海に引きずり込んでいるように視えました」
波でできた大きな手…
それは章司さんも言っていたことだ。
「何かを掴むって、もしかしたらそれは茉尋の魂なんじゃ?」
「…そうかもしれませんね…」
少し話したあと、シンちゃんは北条さんを駅に送りに行った。
俺はそのまま海を眺めていた。
それから波打ち際まで行くと、また前のように海に向かって叫んだ。
「そこにいるんだろっ?いい加減茉尋を返してくれよっ」
俺は人目も気にせず何度も叫んだ。
「おいっ聞いてるのかっ?茉尋を返せっ」
「返してくれよ…茉尋はお前のもんじゃないっ。茉尋はそこにいたくないんだよっ。いい加減解放してくれよっ」
俺がそう言っていると…
急に波が俺を襲ってきた。
波に揉まれながらどんどんと海の奥深くに引きずられるような感覚だった。
まるで…大きな手で掴まれているような…
その大きな手が俺の体をガッチリと掴んでいるような感じだった。
もう上下感覚がわからない。
冷たい海水が、針のように俺の肌を刺す。
どっちだ?どっちが上だ?
早く上がらないと。
…っ…息がもうもたないっ…
酸素を求め、思わず大きく息を吸ってしまい、大量の海水が俺の中に流れ込んできた。
あ……
俺、このまま死ぬのかな…
そう思ってると、誰かにふわっと抱きしめられる感覚があった。かと思えば腕を強く引っ張られるように感じた。
次に見た景色は砂浜だった。俺は咳き込み、海水を吐き出した。
そんな俺の背中を撫でる人がいた。
「千明くんっ、大丈夫っ?」
それは…
茉尋の声だった。
「ここからすぐに離れるよっ。あいつが狙ってるっ」
茉尋はそう言うと、俺の腕を掴んだ。
「茉尋…っ」
「走るよっ」
俺と茉尋は走り続けた。
商店街を抜けると、茉尋の足は止まった。
「ここまで来れば大丈夫」
息を切らした茉尋がそう言った。
俺は呼吸が整わないまま、茉尋のことを強く抱きしめた。
…温かい…ちゃんと茉尋だ。
「茉尋…会いたかった…」
「私もだよっ?私も会いたかったっ」
「…茉尋…あったかいな…」
「…うん…千明くんもあったかい…」
茉尋も力強く俺を抱きしめ返してくれた。
「千明くん…私わがまま言ってもいい?」
「いいよ」
「私の気持ち、言ってもいいっ?」
「いいよ」
「恨まないっ?」
「恨まないよ」
「…っ…私っ…」
茉尋が何を言おうとしているのかわかった。
だから茉尋よりも先に俺は口を開いた。
「茉尋…大好きだよ。俺とずっと一緒にいて?」
「っ…なんで先に言っちゃうのぉっ」
「好き」
「ばかっ」
「大好き」
「ホントばかっ」
「世界で1番大好き」
「っ…っっ…私もっ千明くん大好きぃぃ」
そう言う茉尋を俺は抱きしめ続けた。
こんなふうに、茉尋が感情をぶつけてくれたのは初めてだった。
帰ろう。一緒に帰ろう。
あの温かい家に帰ろう。
「守ってくれてありがとな」
「千明くんには生きてて欲しいもん」
茉尋…
俺も…茉尋の魂を解放してやりたい。
家に着くと2人でゆっくりと風呂に浸かり温まった。
「なあ茉尋…引っ越そうか」
物理的にもう少し海から離れた方がいいんじゃないかと思った。
でも俺がそう言うと、茉尋は眉尻を下げ、悲しそうな顔をした。
「それはできないよ。千明くんもわかってるでしょ?」
…わかってる。
茉尋と少し遠出をしようとした時、毎回茉尋は体調を崩す。
前に水族館に行こうとした時みたいに、家から…あの海から離れようとするたびに、茉尋の具合は悪くなった。
だから薄々わかっていたんだ。
「…だよな…」
「もうっ、そんな顔しないで?」
茉尋はそう言いながら、両手で作った水鉄砲で、俺の顔に湯船のお湯を飛ばしてきた。
「あっ、なんだよっ、目に入ったじゃねーか」
俺はそう言いながら茉尋に仕返しをした。
浴室に茉尋の笑い声が響く。
俺はそれを聞いて胸がいっぱいになった。
風呂から出ると2人でコタツに入り、色々と話した。
外はもう、日が暮れつつあった。
「なあ茉尋。どうやって俺のことを助けたの?俺のことが見えてたの?」
「それがよくわかんないんだよね。私のことを捕まえてるヤツから怒りを感じて、それで千明くんのことを襲おうとしてるって直感的に思ったの。だから千明くんのこと助けなきゃって必死になってたら、ああなってた」
「そっか…助けてくれてありがとな」
俺は改めてお礼を言った。
「千明くんはなんで海に来てたの?」
「お祓いが妖に効くか試してた」
「それでか…それで怒ってたんだな」
「さっきも“怒りを感じて”って言ってたけど、アイツのそういう感情がわかるのか?」
「うん。なんか感情が流れ込んでくる感じ?」
俺にはわからない感覚だな。
茉尋はおもむろに立ち上がると、キッチンに向かい、冷蔵庫の中を見た。
「私がいなくなってからどのくらい経った?」
「1ヶ月くらいかな」
「ふふっ。千明くんえらいっ。ちゃんと自炊してたんだね」
ああ…よかった。
やさぐれることなく、ちゃんとした生活をしていてよかった。
「部屋もキレイだし、洗濯もしてある」
「茉尋がまた帰って来ると思って」
「…千明くん?もうその考えは捨てた方がいいかも」
「なんで…?」
「いつか必ず終わりはくるから」
「…そうだな…」
否定したかった。
だけどこれ以上はもう、茉尋に心配をかけたくなくて、俺はそう答えた。
でも俺は、茉尋がもしまた消えてしまっても、何年でも待ってしまうかもしれない。
茉尋の体が見つからない限り、ずっと待ってしまうかもしれない。
「おっ、ひき肉あんじゃん。今日はハンバーグにでもしますか。おしゃれなお箸を添えて」
「ははっ。どうせいつもの箸だろ?」
キッチンから茉尋の笑い声が聞こえてきた。
もし茉尋が消えてしまって、解決できないまま10年経って、その時に突然姿を現したとしたら、茉尋は若いままなのだろうか。俺だけが歳をとって、茉尋はそんな俺を見たらどう思うんだろ。
深刻にならずに、そんな俺のことを笑って欲しいな。
“あっれー?そんなに時間経ってたの?”
とか言いながら笑い飛ばして欲しいな。
さすがにそれはないか。きっと茉尋は泣いてしまうんだろうな。
俺はふと、そんなことを思ってしまった。
キッチンからは茉尋の歌声が聞こえてくる。
これもきっと自作の歌だろう。歌詞に“ひき肉にくにく”とか“たまたま玉ねぎ”などが入っていたから。
俺はそんな茉尋の歌声を、目をつむりながら聞いていた。




