31 そんな約束はしない
あれから俺たちは、しばらくすると2人で色々と調べた。
ネットやSNS、図書館なんかも利用して調べた。
2人の休みが重なると、俺たちはサミダレさんを探すこともした。そうやって2週間が経った頃、やっとサミダレさんに会えた。
茉尋はサミダレさんに色々と聞いていた。
「なんだって?サミダレさんはなんて言ってた?」
「んとね、サミダレさん曰く、海を守ってる妖はずっと、私を捕まえてる妖のことを探してるんだって。でもその妖はずっと隠れてて…」
「見つけることができないのか?」
「そうみたい」
「なんで海の守り神はそいつのことを探してるんだ?」
「…私のことを…まだ捕まえたままだから…?」
茉尋はそう言うと、辛そうな顔をした。
「…辛いか?」
「ううん、違うの。こうやって調べてると、気持ちがざわざわして気持ち悪いの。まるで調べるなって言われてるみたいに…」
そんなふうに感じてたのか…。
「だったらもう茉尋は調べなくていい。俺が調べるから」
「ううん。私のことなんだよ?私も調べるよ。それに千明くんじゃ頼りにならないな。妖のこと視えないんだもん」
茉尋はわざとらしく肩をすくめて笑いながらそう言った。
きっと…いや絶対辛いはずなのに、俺に気を遣っていつもの調子で茉尋は話していた。
俺はサミダレさんにまだ聞きたいことがあったけど、茉尋の様子を見て、今日はもうやめておこうと思った。俺たちはサミダレさんにお礼を言った。それから茉尋はサミダレさんに何かを渡していた。
「何渡したの?」
「種。ネモフィラの種。サミダレさん、お花が好きで自分で育ててるんだって」
「お礼か?」
「そう」
そういえば前にも茉尋は、花に妖力を分けてもらった妖にお菓子でお礼をしてたな。妖の世界でそういう“ことわり”があるのかは知らないけど、少なくとも茉尋はそうしてるんだな。
茉尋の記憶が戻ってから2人でそうやって色々と調べ続けた。
お守りのおかげか、秋深くなっても茉尋がいなくなることはなく、俺のそばにずっといた。
「枯葉集めてまた焼き芋しよっか。慎吾さんと琥太郎くんを誘ってさ」
今日は2人とも休みで、昼ご飯を食べながら茉尋はそう言ってきた。
「そうだな。あとで枯葉でも集めようか」
「だねぇ。」
「ちょっと早いけど、もうコタツも出すか?」
「いいねっ。もう冬支度しちゃおっかっ」
俺たちはそんな話をしていたのに、急に茉尋がしっとりとした声でこんなことを言いだした。
「…この前千明くんさ、私のことを“愛してる”って言ってくれたでしょ?」
「うん。今でもその気持ちは変わってないよ」
「あの時、“ずっと…”って言ってたでしょ?」
「言ったな」
「…ずっとじゃなくていい」
は…?
「なにそれ」
「ずっとじゃなくていい。今だけでいい」
「なんだよそれ」
茉尋は今から何を言おうとしてる?
まさか茉尋以外の人とかって思ってないだろうな?
「私はもういないの。千明くんはまだ若い。これからまだまだ千明くんにはたくさん出会いがあってさーーー」
「やめろっ」
「…」
「茉尋は今ここにいるだろ?」
「……でも私死んでるんだよ?」
「…もしかしたらずっとこのままかもしれないだろ?」
俺がそう言うと、茉尋は哀れむような表情をして俺を見た。
「違うよ?千明くん。私は必ずいなくなる」
「やめてくれよ。なんでそんなこと言うんだよ」
「なんでって…今2人で解決策を模索してるじゃん」
「でも…」
「千明くん」
「…」
「現実を受け入れよう?」
確かにそうだ。茉尋の魂を解放したくて、俺たちは今色々と調べている。
でもやっぱり…俺はどうしたって今のこの現状を維持したがってるんだ。このままでいい。このままがいい。茉尋が今こうやって目の前にいるのに、いなくなった時のことなんて考えたくない。
「話戻すよ?」
「…」
「ずっとじゃなくていい」
「…」
「だから約束して?」
「……何を…?」
「私の後を追わないってことと、私以外に好きな人ができたら、ちゃんとその人と向き合うってこと」
「俺は茉尋以外を好きにならない」
本気だった。本気でそう思っていた。
「あははっ。そんな訳ないじゃんっ。人生まだまだこれからだよ?千明くんにはいい出会いがあるよ。それでちゃんとその人のことを好きになる」
「ならない」
「ふふっ。なるんだよ」
茉尋はなぜか楽しそうにそう言っていた。
そんな訳ないだろ。茉尋は俺がどれだけ茉尋のことを好きなのか知らないだけなんだ。
「だから約束して?」
「…」
「千明くんは幸せになっていいの。だから私がいなくなったらちゃんと前を向いて?」
「約束しない」
「…じゃあじゃんけんで決めよ?私が勝ったら千明くんは私が今言ったことを全うする」
「そんな大事なこと、じゃんけんで決める訳ないだろ?」
「約束して欲しいの」
「しない」
しない。絶対にそんな約束はしない。
例え俺にそんな未来が待っていたとしても、今茉尋とそんな約束はしたくない。
「千明くん」
「…」
「お願い。約束して?」
「しないって言ってんだろ。しつこいぞ」
俺は逃げるようにしてシャワーを浴びに行った。
茉尋が言ってることはわかる。
俺が茉尋の立場ならきっと同じことを思うだろう。茉尋には幸せになって欲しいし、ずっと俺のことを引きずって欲しくない。ずっと笑ってて欲しい。楽しいことが大好きな茉尋。なんとなくの日常をイベントにして楽しむ茉尋。
そんな茉尋にはずっと笑って、幸せでいて欲しい。
わかってる。茉尋の言ってることはわかってるんだ。
でも……約束なんてしたくない。
リビングに戻ると、茉尋は遠慮がちに声をかけてきた。
「…千明くん…」
「ん?」
「怒ってる?」
「怒ってないよ」
「…さっきの話ーーー」
「さっきの話ならもうしない」
ああ…こんな空気にしたかったわけじゃないのに。
このあと、枯葉集めようって言ってたのに。
茉尋は寂しそうな顔をして黙ってしまった。
とにかく茉尋を安心させるためだけに約束するべきか?それで茉尋が納得するならそれでいいんじゃないか?
でも…茉尋の死を未だに受け入れられていない俺にとっては、とても残酷な約束だ。
茉尋のことを諦めきれない。頭では色々とわかってきているけど、気持ちがどうしたって追いついていかないんだ。
俺はまた茉尋を見てみた。まだ落ち込んでいる様子のままだった。
「はぁ…」
思わずため息が漏れてしまう。
「…わかったよ。じゃんけんで決めよう。茉尋が勝ったら約束するよ」
俺は空気を変えるためにそう言った。
茉尋が顔を上げた。
「本当?」
「うん」
「じゃあいくよ?最初はグー、じゃんけんーーー」
…は?
なんで?
「じゃあ千明くん、約束して?」
なんで茉尋、“パー”出してんだよ。
いつも“チョキ”を出すだろ?だから俺は今、茉尋に勝つために“グー”を出したのに。
「3回勝負な」
「だーめ。私の勝ちだから」
俺は予想外の展開に黙った。
「千明くんてさ、いつもわざと私に負けてたでしょ。本当に私に甘いんだから」
なんだ…気づいてたのか…。
「ずりーぞ」
「ははっ。これも作戦の内なのだ。さっ、約束して?」
「…しない」
「じゃんけんは絶対なんだよ?」
「ほらもう枯葉集めんぞ。前にお前、集めたがってただろ?」
「千明くんっ」
「もうこの話はお終い。茉尋が来ないなら俺ひとりで集めちゃうからな」
俺はそう言うと立ち上がり、庭へと向かった。
そのすぐ後に茉尋も来たけど、もう茉尋はその話はしなくなった。
「ねえ千明くん、見て見てっ?この枯葉、ハートの形してるよ?」
茉尋はいつものようにそう言って、俺にその枯葉を見せてきた。
「おっ、いいの見つけたじゃん」
「でしょでしょ?まぁ、燃やしちゃうんだけどね」
本当はモヤモヤしてるだろうな。子どものように意地を張る俺に、呆れているかもしれない。もしかしたらそんな俺に怒りすら覚えているかもしれない。
腹ん中では俺のことをけちょんけちょんに毒づいているかもしれない。
いや…それはないか。
“千明くんのわからずや。ばーかばーか”
…このくらいには思ってるかもしれないな。
茉尋は優しいもんな。
今だってほら…
「あ、君たちまた来たの?…ん?これ?これはね、今度この枯葉で焼き芋をするの」
庭に来た妖と楽しそうに話して、枯葉を集めている理由を教えてあげている。
「え?食べてみたい?いーよいーよ。そしたらまたおいで?いつやるかはまだ決まってないけど」
そんな感じで妖たちと話していた。
「えー、それはどうかな。ねえねえ千明くん。この子たちが今日焼き芋食べたいって」
「今日か。ちょっとシンちゃんと琥太郎に聞いてみるよ」
俺は2人に連絡をしてみると、即答で来ると言っていた。
その後、茉尋と2人でスーパーへ行くと、さつまいもやりんごを買った。
「りんごも焼くの?」
「焼きりんご美味いぞー?」
「そうなんだっ。楽しみっ」
茉尋ごめんな。
約束してやれなくてごめん。
安心させてやれなくてごめん。
隣で楽しそうに笑っている茉尋を見て、俺は心の中で何度も謝った。
家に帰ってしばらくすると、シンちゃんや琥太郎が来て、みんなで焼き芋を楽しんだ。
茉尋は庭の隅にしゃがみこみ、どうやら妖たちに焼き芋をわけていたようだった。
そうやって、茉尋と順調に日常を過ごしていたのに…
ある日家に帰ると部屋は暗かった。
仕事帰りに茉尋に連絡をしても、返事がこなかったから覚悟はしていた。電気をつけると、テーブルの上には交換日記が広げられていた。
それとノートの隣には、サミダレさんからもらったお守りの石が置かれていた。
その石は…割れていた。
なんだよこれ…
茉尋になにがあったんだよ。
それからノートを確認してみた。
“ごめんなさい。海に帰ります。茉尋”
茉尋の字でそう書かれていた。
一体なんなんだよ帰りますって…
茉尋の家はここだろ…?
俺は指を手の中に握り込むと、その手で思いきりテーブルを叩いた。




