28 今年の夏も
田宮さんから返事がきた。魂を返してもらう方法はあるのか聞いた時の返事だ。結果は“わからない”とのことだった。その返事を見た時、情けないことにまた俺はホッとしてしまった。
ついでに海の写真も送って見てもらったら、返事はこうだった。
『以前よりも力が弱くなってるように感じます。』
“力が弱くなってる”?その間に何かできることはないのか?今なら茉尋の魂を解放させることはできるんじゃないか?
でもどうやって?祓い屋…とか?ああいう人たちは幽霊以外にも祓うことはできるのだろうか。今度はそっち方面にもあたってみるか。
そういえば茉尋は今回長くいる気がする。
サミダレさんのお守りが本当に効いているようだった。
あの石のおかげ…それで茉尋は守られて、でも茉尋の魂を握っている妖が必死になって自分の元に連れ戻そうとしてるかるから、それで妖の力が弱まってるんじゃないのか?
確かサミダレさんそう言ってたもんな。妖が茉尋を連れ戻そうとしてるって…。
でもそれを阻止できたからといって、一体どうなるんだ?根本的な解決にはならないじゃないか。やっぱり妖の考えることはよくわからないな。ただ茉尋のことを不憫に思ってそうしたのかな。
俺はあの石に刻まれていた、ルーン文字のようなものをネットで調べてみた。
以前、茉尋にその石の写真を撮らせてもらっていたから、その写真とサイトの内容を、スマホの中を行き来しながら照らし合わせてみる。
やっぱりそうだ。これはルーン文字だ。
ええっと…これは…“ソーン”という文字か。
ソーンの意味は…“魔除け”、“庇護”、“防御”などだった。
なるほど。これで茉尋は守られているのか。
ありがたいな。サミダレさんがどう思ってこれを渡したのかはわからない。何か意味があるのかもしれないし、ただたんにお守りを茉尋に渡したかっただけかもしれない。
それでもそのお守りのおかげで、茉尋と少しでも一緒にいられるのはとても嬉しかった。
仕事の休憩中、今度は祓い屋をネットで色々と調べてみた。
元々幽霊とかを信じていない方だったから、何だかどれも胡散臭く見えてしまった。
一応気になったところ数件に、簡単に事情を伝え問い合わせてみたけど、どこも幽霊専門だと言われてしまい、取り合ってもらえなかった。
さて…これからどうするかな。
今後も問い合わせし続けてみるか?
家に帰ると茉尋は楽しそうにしていた。
「ただいま。どしたん?そんな楽しそうにして」
「ふふっ。これ見て」
そう言って茉尋が見せてくれたのは葉っぱに切り絵が施されたものだった。
「おっ、すごいじゃん。茉尋がやったの?」
「ううん。今日スーパーからの帰りにね、妖が何かしてたから覗いてみたの。そしたらこれ作っててさ。思わず“すご…”って声が漏れちゃったんだけど、その妖ね、それが嬉しかったみたいですごく喜んでたの。んで、これをくれたんだ」
「へえ。器用なもんだな」
俺はその葉っぱを手に取ると、まじまじと見てみた。その葉っぱの切り絵は花だった。色んな種類の花がキレイにくり抜かれていた。
いやだな。終わらせたくない。この日常を終わらせたくなんかねえよ。
茉尋の笑顔を見て強くそう思った。
「そういえばもうすぐお祭りだね。今年は初めて千明くんとお祭りに行った時の浴衣にしようかな」
「あーあれか。あれも似合ってたもんな」
「でしょでしょ?あの時の千明くん、あははっ」
「なんだよ」
「私の浴衣姿見て、何度も“かわいい、かわいい”って言ってたよね」
よく覚えてんな…。
「外だったからさ、私もう恥ずかしくって」
「うるせーなぁ。茉尋の浴衣姿を初めて見たんだから仕方がねーだろ。テンション上がんだよ。男はよ」
「ふふっ。千明くんかわいっ」
「言ってろ」
「でも最近はあの頃より言われなくなったな。もしやそなた、釣った魚に餌はやらねーってんじゃないだろうね?」
「かわいいよ。茉尋はかわいい。」
「言われてから言うんじゃ意味ないんだからね?」
「かわいいかわいいかわいいかわいい」
俺はそう言いながら茉尋を捕まえた。
「いやー。くっつかなくていーからっ」
「かわいいかわいい」
「もうわかったからっ」
茉尋の笑い声が耳に響く。
こんなに楽しそうにするならこれから毎日口に出して言わないと。
でもな茉尋、俺は心の中では毎日茉尋のことをかわいいって思ってんだぞ?でも言い過ぎるとお前がそのうち、あしらうんじゃないかと思って控えてたんだ。だけどこれからは毎日言うよ。何度でも何度でも。茉尋がしつこいって言ってくるまで。
また穏やかな日々が続き、今年も茉尋と一緒に祭りに来ることができた。
俺は茉尋の浴衣姿を見て、付き合っていた頃を思い出し、なんだかくすぐったいような気持ちになった。
以前は茉尋がいなくなってしまった時に思い出したから、とても胸が苦しくなった。茉尋の浴衣を抱きしめながら思い出していたから辛かった。
でも今は茉尋がいるからその時のことを楽しく思い出せる。
あの時…初めて茉尋の浴衣姿を見た時、いい年して胸がキュンとしてしまったんだ。
中学生かよ。
俺は心の中で自分にそうつっこんでいたのを今でも覚えている。
すれ違う男たちが茉尋のことを見ているのではないかと思い、俺は周りを見張るようにしていた。茉尋がナンパされないように、ずっと手を繋いでいたし、茉尋がトイレに行きたいと言えば、そのトイレの近くで待っていた。
とにかく茉尋を1人にしたくなかった。見せびらかせたいけど、誰にも見られたくなかった。それほど茉尋の浴衣姿に心を躍らせていたんだ。
そんな細かなことまで思い出していると、心がじんわりと温かくなった。
確か…あの時から始まったんだよな…。茉尋との射的での勝負が。何年前だったかな…あの時茉尋は射的を見つけると、こう言ってきたんだ。
「勝負しよっ。千明くんっ」
「おっ、受けて立つ。ルールは?」
「お菓子なんかの小物は1点。ぬいぐるみなんかは3点」
「よし、じゃあぬいぐるみ狙うか」
「私あの猫のぬいぐるみがいいっ。あれとって?」
「自分で狙えよ」
俺はそう言いながらも、それを“絶対に獲る”と息巻いてその射的に挑んだ。茉尋を喜ばせたかった。“千明くんすごい”って思ってもらいたかった。茉尋の…笑顔が見たかったんだ。
結局1回目では獲れなくて、追加で金を払い、2回目で獲ることができた。
「わあっ。すごいすごいっ。千明くんありがとぉっ」
「ふふんっ。まあ俺にかかればこんなもん、チョロいってもんよ」
「必死に見えたけど?」
あー…恥ず…見抜かれてたか。
「返せ」
「え?」
「そのニャンコ返せ」
「やだよーっ」
あーあ。カッコつけられなかったな。
それでもいっか。茉尋は可愛い笑顔でニコニコとしていた。この笑顔が見たかったから俺は必死になって獲ったんだもんな。
祭りを楽しんだあと、着替えがないからイヤだと言う茉尋を無理やり俺の家に連れ帰ったんだよな。あの時の茉尋、家に帰ったあともベビーカステラやらなんやらを美味しそうに食べてたな。
そのあたりから茉尋はうちに泊まることが増えていって、俺は結婚を意識し始めたんだ。茉尋がそばにいることが普通になって、それが俺にとってはとても自然で…それで気がつけば茉尋は必要不可欠な存在になっていて…
ああ…なんだか久しぶりだな…
こんなふうに当時のことを思い出して心が温まるのは…。
俺は今繋いでる茉尋の左手を見た。
薬指に光る結婚指輪。
一体いつまでこの手を握ることができるのだろうか。
一体いつまでこの手の温もりを感じることができるのだろうか。
一体いつまで…
茉尋と一緒にいることができるのだろうか…。
「千明くん?どったの?」
茉尋が俺の顔を覗き込んできた。
「ううん。なんでもないよ。たこ焼き買うか」
「買う買うっ。食べる食べるぅっ」
茉尋は今年も楽しそうにしていた。
この夏は、シンちゃんや琥太郎と一緒に庭でバーベキューもした。水遊びもしたし、琥太郎の夏休みの宿題なんかも手伝ったりした。
俺にとっても、楽しい夏だった。




