26 情けない
仕事に行く前に、また海の写真を撮って田宮さんに送った。
今回の写真に人の姿をした妖が写ってるかどうかはわからない。
でももし写っていたら、また新しい情報が得られるかもしれない。少しでもいいから多くの情報が欲しい。俺ができることは限られているから。
俺は…視えないから…。
お昼に田宮さんから返事がきた。
内容は『問題ありません。』だった。
情報が欲しい。進展したい。
このままでいいわけがないことはもうわかっていた。
俺としてはこのままでもいいと、どこかでまだ思っているところはある。
でもいいはずがないんだ。
こんなおかしなことは繰り返してちゃいけないんだ。
茉尋が現れるたびに五里霧中になっていた。
茉尋が消えるたびに暗中模索していた。
自分ではもう…どうすればいいか、わからなくなっていた…。
サミダレさん…章司さんを介してサミダレさんと話すことはできないだろうか。
「なあ茉尋、サミダレさんていつもどこにいるの?」
「んー?サミダレさん?たまに商店街で会う程度だから、どこにいるさまではわかんないなぁ。どうして?」
理由なんていえない。
「俺も少し話してみたかっただけ。」
「なら今度会った時に話してみるよ。なにか聞きたいことでもあるの?」
あるけど…こんなこと茉尋に頼めない。
「ううん。俺からもお守りのお礼を言いたかっただけ」
「そっか。んじゃ今度会えた時に伝えておくね」
「ありがと」
どこにいるかはわからないのか。それじゃあ章司さんにお願いしても、サミダレさんに会えるかはわならないよな。
近所に視える人がいれば頼みやすいんだけどな。そんな話は聞いたことがないし…。
「この近所にさ、視える人っているの?」
「それは千明くんの方が詳しいはずでしょ?地元なんだから」
そりゃそうだ。
「さっきからなに?」
「いや、ほら…そういう人がもし身近にいたらさ、俺も話を聞いてみたいと思って」
「そういえば最近、千明くん妖大好きだよね」
あ…絵があるじゃん。茉尋が描いたサミダレさんの似顔絵。あれをあとでスマホで撮って、章司さんに送ってみよう。それでサミダレさんのことを知っているか聞いてみよう。
でもな…章司さんはうちとほぼ反対側に住んでるからな。それにサミダレさんの行動範囲も知らないし。
それでもやっぱり聞いてみる価値はあるか。
俺はそう思い、このあとこっそりとその絵の写真を撮って章司さんに送った。
すぐに返事がきたけど、その内容は“会ったことがない”というものだった。でもこうも付け足されていた。『こっちにいるかはわからないけど、これから外を歩く時は、このサミダレさんて人がいないか気にしてみるよ』と言ってくれた。
そう言ってはくれたものの、結局何も成果はなく日々は過ぎていった。
ある時、茉尋のお風呂の時間が長かった。だから様子を見に行った。
「茉尋?のぼせてない?」
「……大丈夫…」
茉尋から返事があったものの、元気のない声だった。
「本当に大丈夫?」
「…大丈夫…」
とても大丈夫のようには思えない。
「開けるぞ?いいか?」
「だから大丈夫だって」
「開けるぞ」
「…」
茉尋から返事はなかったが、俺は浴室のドアを開けた。
「茉尋?」
「えっち。大丈夫だって言ったのに」
「どうしたの?なにかあったのか?」
「別に何もないよ。勝手に開けないでよね」
「だって出てくるのが遅いから。それにちゃんと声かけただろ?」
「そうだけど…」
「なんだ?どうした?」
「…安心するの…こうやって湯船に浸かってると…」
茉尋はどちらかというと、家風呂はそんなに長くない方だ。2人で一緒に入る時は長風呂もするけど、1人だと退屈なのか、温まるとすぐに出てくる感じだった。
「なんだよ安心って。なにか不安なことがあるの?」
「…」
「茉尋。もう出てきな?それで教えて?なにが不安なのか」
「…うん…」
なんか最近、茉尋が不安そうにしていることが増えたな。何をそんなに不安に思っているんだろう。やっぱり茉尋の中の違和感がそうさせているのか?
しばらくすると、頭にタオルを乗せた茉尋がリビングに来た。
俺は自分の前に茉尋を座らせると、頭に乗っていたタオルで茉尋の髪の毛の水分を拭き取りながら話を聞いた。
「んで?どうしたの?」
「…あのね、最近怖い夢ばっか見るの」
怖い夢…
「どんな夢?」
「たぶん千明くんが見た夢と同じ。海に飲まれる夢。その海はすごく荒れてて、波に揉まれながらどんどんと海深くに…」
「ハッキリと覚えてるの?」
「ううん。前と同じで断片的」
「たかが夢だろ?俺がそんな話しちゃったから、茉尋もそんな夢見ちゃうようになったのかもな。ごめんな。変なこと言っちゃって」
俺は誤魔化すことにした。
「そうなのかな?」
「きっとそうだよ。気にすんな」
「うん…」
「な?そんなの気にすんな。俺の夢の影響だよ。俺があんなこと言ったから茉尋もそういう夢を見ただけだ。」
「…そうかな?」
「そうだよ。だいたい2人して同じ夢を見るだなんてあり得ないだろ?」
「…」
「なあ茉尋。お前そんな馬鹿げたことをことを本当に信じてるのか?」
「だって…」
「俺の影響だ」
「…」
「俺があんなことを話したから、茉尋もそんなことを考えるようになった。それでそれが夢になった。ただそれだけのこと」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そっか…」
「お前にそんな顔は似合わねーぞ?」
「……そうだよねっ。こんなの私らしくないよねっ」
茉尋は後ろを振り向き、俺の顔を見ながらそう言った。その顔は笑顔だった。無理をしてない笑顔。
この様子なら大丈夫かな?
「じゃあ今日はそんな夢を見なくて済むようにしてあげる」
「どうやって?」
「ぐっすり眠れるように」
「だからどうやって?」
「もう茉尋がぐったりしちゃうくらいまで」
「…なにするの?」
茉尋は怪訝そうな顔をしながら俺を見た。
「疲れてぐっすり眠ったら、もうそんな変な夢は見ないかもよ」
「だからなにするのって聞いてるのっ」
「わかってるくせに」
俺がそう言うと、茉尋は「もうバカなことばっか考えて」と言いながら立ち上がり、ドライヤーで髪を乾かすために洗面所へ向かった。
茉尋のそんな反応を見て“わりと本気だったのにな”と俺は思っていた。
ぐっすり寝たからといって、夢を見ないなんてことはないだろうけど、不安に思いながら眠りにつくよりは何倍もいいだろうと思った。
それにしても怖い夢…か。
たぶんそれは茉尋の記憶だよな?
“波に揉まれながらどんどんと海深くに…”
確か茉尋はそう言ってたな。それを想像しただけで、俺はまた胸が締め付けられる思いになった。
茉尋が波に飲まれてからもう2年が経とうとしていた。
あれ…
もうそんなに経つんだっけか…?
2年も経とうとしてるのに、俺はまだ真相を掴めていないのか?
茉尋が戻ってくるたびにそれを喜び、それでも調べることは続けているはずなのに、未だに俺は茉尋を救うことができていない。
茉尋が死んでしまったことはわかっていた。それはチャッピーが教えてくれたから。
あとわかったことといえば…
波でできた大きな手。それから遠くの方で海から上半身だけを出した“人の姿をした妖”…
どれも俺ひとりではわからなかった情報だ。
やっぱり俺だけでは限界がある。なんとかしないと…。
ああ…俺は今まで何度そう思ったんだ?
“なんとかしないと”、“なんとかしてやらないと”…と、そう思ってるのに結局何もできていないじゃないか。
情けな…
情けねーよホントに…
とりあえず章司さんにまた会ってみよう。こっちまで来てもらうのは申し訳ないが、サミダレさんと話してみたい。うまいこと会えるかはわからないけど、茉尋が土日のどちらかがバイトの日に、章司さんに会ってみよう。
俺は早速、章司さんに連絡をした。章司さんは快く引き受けてくれた。
茉尋からバイトのシフトを確認すると、ちょうど章司さんと予定が組めそうな日があったから、俺はすぐに約束を交わした。
「あ゛ー…あちー。なんでこんなに暑いの?まだ6月ですぜ?ダンナ」
茉尋は縁側でゴロゴロとしながらそう言った。
「ちょいと奥さん、そんな陽の当たるところにいたらそりゃ暑いってもんだぜ。こっちへ来んしゃい」
俺は茉尋に合わせてそう言った。
「オイラは干物」
「なんだよそれ。設定がわかんねー」
「オイラは鯵の干物」
「干物は陰干しだぞ?」
「え?そうなの?」
「確かそうだったはず」
「じゃあ…オイラは梅干し」
「だからさっきからどんな設定なんだよ」
茉尋とこんな会話をするたびにに、俺は茉尋の頭の中を覗いてみたいなと思っていた。
茉尋は普段から妖が視えているから、俺の何倍も想像力があるんだろうなと思った。それほど色々なもの見てきてるんだ。俺からしたら不思議な世界が茉尋には広がっているんだろうな。
「暑いならこっち来いよ」
「千明くんが影を連れてこっちに来てよ」
「意味わかんねー。んなことできるわけないだろ」
「だったら千明くんが影になってよ」
「そんなことしたら俺、干からびるぞ?」
「ははっ。ミイラになっちゃうねっ」
やっぱり茉尋の笑い声や、楽しそうな声は耳に心地いいな…。
ずっと…このまま聞いていたい。
これからもずっと…
ずっと…
そんなことを考えていたら、胸がきゅっと締め付けられた。
俺はゴロゴロと転がりながら茉尋の元へ行くと、茉尋のことを抱きしめた。
「あちーあちー。くっつくなっ」
「はははっ。茉尋が来いって言ったんだろ?」
「影になってって言ったのーっ。暑いからくっつかないでっ」
「やーだよーっ」
俺はこの時、茉尋の楽しそうな声を鼓膜に刻むかのようにしっかりと聞いていた。
またいついなくなってしまうかわからないから…もう二度とこんな日は訪れないかもしれないから…だから茉尋の声をちゃんと耳に残しておきたかった。
「…ねえ…私ね、この家大好きなんだ」
さっきとは打って変わって、茉尋の声はしっとりとしていた。
「俺もこの家が好きだよ。だから茉尋と一緒に住みたかった」
「うん。嬉しい。この家ってさ、あったかいんだよね」
「古い家がだから冬は寒いけどな」
「そういうんじゃなくって。あったかいの。愛情が詰まってる。だから小さい妖たちも集まってくるんだよ」
俺にはわからない話を茉尋がし始めた。
「この家に妖がたくさんいるってこと?」
「んー…庭によく集まってる。あとよく私についてくる」
「その中に危ない奴はいない?」
「いないいない。言葉を話せない子も多いから強い力を持った子はいないよ。みんなこの庭が心地いいみたい」
茉尋は庭を見ながら呟くようにそう言った。
きっと今も見えているんだろう。小さい妖がこの家の庭に集まっている姿を。
だから茉尋はそれを見るために、陽の当たる縁側でゴロゴロとしてたんだな。
「妖ばっか見てないで、俺のことも見ろよ」
「あっははっ。やだー、ヤキモチ?」
「そ。ヤキモチ」
「しょうがないなぁ、もう。そんな千明くんにはちゅーしたる」
茉尋はそう言うと、俺のほっぺにちゅっとキスした。




