25 睨んでる?
仕事から家に帰ると、すぐに茉尋は俺に話しかけてきた。
「千明くん。これ見える?」
そう言う茉尋の手には綺麗な石がひとつあった。
「見える見える」
「よかったぁ。妖の物じゃないんだな。今日ね、すごく久しぶりにサミダレさんに会ったの。なんかね、旅?に出てたみたい」
「そっか。元気だった?」
「うんっ。それでね、この石もらったんだぁ。お守りだって言ってた」
お守り…
俺はそれを手に取りよく見てみた。
アメジストか?その石は紫色で透明度の高いものだった。それにルーン文字のようなものが彫られていた。
俺はお守りやら占いやらをあまり信じない方だったけど、妖からもらったのなら、本当になんかしらの力が込められているのではないかと思った。
「なんでお守り?」
「んーわかんない。でもくれた。旅のお土産かな?」
俺にもサミダレさんの姿が視えればいいのに。そうしたら何か情報を聞き出せるかもしれない。
サミダレさんはただ単に茉尋にお守りを渡したのか、それとも今の茉尋の状況を把握して渡したのか…一体どちらだろう。
人間の俺には何の力もないが、その石を手の中に握り込むと“どうか茉尋のことを守ってくれますように”と念を込めてみた。
守るって…もう茉尋はこの世にいないのに…
わかっていてもそう願ってしまった。
「何してんの?」
「んっとねぇ、こうして…こうして…」
茉尋はその石に何かしていた。
「あ、まだできないや。せっかくお守りもらったからネックレスにしようと思って、今日は動画見ながら紐でコレ編んでみたの」
そう言って差し出されたのは網のようなものだった。どうやらそれに石を包み込みたいようだ。動画には“マクラメポーチの作り方”とテロップが表示されていた。
「これ茉尋が作ったの?」
「まだ途中だけどね」
「器用だな」
「えへへ」
その後2人で夕飯を食べてから、俺は風呂に入った。
やっぱり…あの海には近づかないようにしないと…。
俺はあの日の海を写真に撮っていた。だから今日の昼におもちさんに連絡をしていたけど、まだ返事はきていなかった。
小さいことでもいいから、何かわかることがあればいいんだけど…。
湯船に浸かりながら色々と考えていると、茉尋がドアの外から声をかけてきた。
「千明くーん。開けてもいい?」
「いいよ」
「見て見てー。できたっ」
茉尋は浴室に入ってきた。
「お前足濡れるぞ」
「拭きゃーいいのだよ拭きゃー」
そう言いながら茉尋は俺の目の前に、出来上がったネックレスを見せてきた。
「すごいな。上手だよ」
「えっへんっ」
「俺が風呂上がるまで待てなかったの?」
「うん」
「子どもだな」
「だって早く見て欲しかったんだもん」
「子どもだな」
「子ども心をいつまでも忘れない、素敵な女性と結婚できて千明くんよかったねっ」
茉尋は得意げな顔でそう言った。
本当にそうだよ…。
俺は目頭が熱くなり、それを誤魔化すかのように、湯船のお湯を両手ですくうと顔を洗った。
「風呂出たらちゃんと見るから、もう戻ってな」
「はーい」
嬉しそうにしながら茉尋は浴室から出て行った。
茉尋とせっかく結婚できたのに…。
幸せだったのに…。
茉尋は次の日から早速、そのネックレスをつけ、服の中にしまっていた。
茉尋にも何か思うところがあるのかもしれない。昨日改めて海に近づくなと言ったら、素直に頷いていた。
昼休憩にスマホを確認すると、おもちさんから返事がきていた。
『海の中にいる何かがこちらを睨んでいるように視える。たぶん人間の姿をした妖です。海の沖の方に上半身だけが海から出て小さく写ってます。』
睨んでるってことは、悪い妖なのか?
俺はすぐに返信した。
『この海を守ってる妖とは違うってことですか?』
するとすぐに返事がきた。
『おそらく違うと思います。嫌な感じがするので。画像だけだとそれが限界です。
一ノ瀬さん、気を付けてください。この妖、たぶんカメラ目線です。
一ノ瀬さんはこの時おひとりでしたか?もし誰かと一緒にいたのなら、一ノ瀬さんかお連れの方を見ているんだと思います』
カメラ目線…
俺はその文字を見た時ゾッとした。
俺からすればなんの変哲もない、この穏やかな海の景色が、一瞬にして気味の悪いものになった。
茉尋には見えていなかったのだろうか。
聞きたくてもなんだか怖くて聞けなかった。
俺はおもちさんにお礼の返事をした。
するとすぐにまた返事がきた。
『しばらくは海に近づかないようにしてくださいね。奥様も、一ノ瀬さんも』
俺も…なのか…?
俺も海に飲まれるのか?
もし海に飲まれたとして死んだとしても、茉尋に会えない気がする。なんでか俺はそう思ってしまった。
でもあの海に行かないと解決策は見つからないんじゃないか?解決しないと茉尋はずっと、消えたり戻って来たりを繰り返すんじゃないのか?
俺は田宮さんにも画像付きでDMを送ってみた。
すると、俺は何も言っていないのに田宮さんからも、おもちさんと同じような内容が返ってきた。
でも…田宮さんは俺のことを睨んでいるように視えると言っていた。
もしかしたらそいつは俺を恨んで…?
それで茉尋が犠牲になったのか?
俺は知らない間に、妖の恨みを買うようなことをしてしまったのだろうか…。
もしこれが茉尋の死の筋書きだったとしたら、俺は自分を恨んでも恨みきれない。憎んでも憎みきれない。
どうしよう…茉尋はもしかしたら俺のせいで…
田宮さんは今は海に近づくなと言っていた。その妖の力は今は強いと…
後日、少し遠くからでいいからまた写真を撮って見せて欲しいと言っていた。妖は力を使いすぎると弱まることがあるから、様子を見てみたいと言ってくれた。
仕事が終わり、色々と考えながら家へ向かった。
解決策はあるのだろうか。
妖が視えないこの俺が、この現状を解明することはできるのだろうか。
それに…やっぱり怖い。
もし俺のことで茉尋を巻き込んだかもしれないと思うと、とても怖かった。
家のドアの前に着いた。
家の明かりはついている。
茉尋はちゃんといるはず。
しばらくの間、俺はドアの前にじっと立ち、なかなか中に入ることができなかった。
思ってもみなかった。
もしかしたら自分が蒔いた種かもしれないだなんてこと…思ってもみなかった。
今このドアを開け、俺は冷静でいられるだろうか。平静を装えるだろうか。動揺をちゃんと隠すことはできるだろうか…。
そんな自信はない。でも茉尋に心配はかけたくない。
俺は意を決してドアノブを握った。
「ただいま」
俺がそう言うと、茉尋は「おかえりー」と言いながら俺に交換日記を見せてきた。
「この前描いた海の絵だよ。今日色も全部塗って完成した」
元気な茉尋が、笑顔で玄関まで出迎えてくれた。
「ははっ。帰って早々かよ。まず手洗いをさせてくれ」
「だって早く見て欲しかったんだもん」
「子どもか」
「あれ?このやりとり最近したな?」
「だな」
いつも通り2人でご飯を食べ終わると、俺は茉尋の絵を見た。
…キレイだな…茉尋が見てる世界は…。
茉尋が前に言っていたように、この絵の海はキラキラしていて、とても美しかった。
尾がヒラヒラと長い小さいイルカのようなものが水面を跳ね、大小様々な大きさのクラゲのようなものが水面ギリギリを飛び、また空に向かっているものもいる。背中にたくさんの妖を乗せたクジラのようなものが空を泳ぎ、翼を持った辰ノオトシゴのようなものが、まるでダンスをしているかの様に舞っていた。
その他にも何にも例えられないような妖がいて、とても温かくて美しい海だった。
今日おもちさんと田宮さんから聞いた海の状況とはまるで違った。
そういえばあの2人にも、こんなキラキラとした妖たちが視えているのだろうか。
画像でわかるくらいなんだから、きっと視えているんだろうな。
あれから俺たちはあまり海に近づかなかったし、茉尋も海に行きたいとは言わなかった。
俺はたまに離れた場所から海の写真を撮ると、田宮さんに見てもらっていた。
田宮さんからの返事は怖いものだった。
『前よりも力を強めているようです。』
なんだよ…力を強めてるって…。
なんなんだよ、その妖は…。
石川にお経を読んでもらってもダメだったのに、なんの力もない俺が何とかできるのかよ。
姿も視えない相手に、俺が何できるっていうんだよ。
結局何もできないままに、日々は過ぎて行った。
俺はモヤモヤを抱えながらも、茉尋との生活を大事に過ごしていた。
図書館へ行っては妖について調べ、ネットやSNSでも調べることも続けていた。
今日の昼食はナポリタンだった。
俺は茉尋がフライパンを洗っている隙に、自分の分のナポリタンから、ピーマンを何切れか茉尋の皿へと移した。
戻ってきた茉尋が自分の皿を見てから俺を見て口を開いた。
「千明くん…」
「ん?早く食おうぜ。腹減った」
「わかってんだからね」
「ナンノコトカナ?」
「もーっ。千明くんの分はピーマン少なめに盛りつけてるのに」
「ナニモシテナイヨ?」
「まったくもう、子どもなんだから」
茉尋はそう言いながらも、ピーマンを俺の皿に戻すことはなかった。
「このあと琥太郎来るんだっけ?」
「うん。大貧民やりたいんだって。学校の友達は弱いからつまんないって言ってたよ」
「俺ら琥太郎相手に本気でやってるからな」
「ははっ。だねっ」
「今日はルールに“都落ち”入れるか?」
「だったら慎吾さん呼んで4人でしようよ。慎吾さんいつも大貧民だから、都落ちルールが追加されたら、繰り上がりで貧民になれるかもだし」
俺たちはそんなことを話していた。
ああ…やっぱりこの何気ない会話、すごく楽しいな。
このあと、琥太郎とシンちゃんもうちに来て大貧民をやったけど、茉尋の1人勝ちで、結局シンちゃんが貧民になることはなかった。




